手紙
シャワーを浴び終え、ロアのシャツを着てベッドの上で正座して待っていた。
現在、下着を身に着けておりません。
ぽたっと髪から水滴が落ちる。
乾かしたいけどドライヤーとか無いしなぁ……
がちゃっと扉の鍵が開いた。ロアが帰って来たようだ。
「ロア、お帰り」
ロアは驚いた目でわたしを見た。
「なんでベッドの上!?」
「ここが一番しっくりきて」
「下はどうしたんだ!?」
「渡された服が上だけで」
「着てた服をきればいいだろう!」
「もう一度着る気になれなくて」
ジーパンは、いや服は草原で寝転がっていたためか、結構な事汚れていた。
それに
「あの服はし、下着を付けてないと着たくないというかっ」
「下着を身に着けてないって言ってるように聞こえるが?」
「ああぁあ!! 忘れてください!」
わたしはこの人に何を言っているのだろう。
朝から誘ってるのか? と言われても仕方がない状況にっ。
必死に状況を打開する方向を頭を抱えて考えていた所、ふわっ、といい匂いがした。
目の前に差し出されたのは小麦色の美味しそうなパンだ。
「……腹減ってるだろ」
ロアが普通に接してくれたのに安心してか、美味しい匂いにつられてか、ぐぅ、とお腹が鳴った。
そういや朝食がまだだった。
渡されたパンは小さなフランスパンに切れ込みを入れて、レタス、トマトのような野菜に、ベーコンのような物が挟まっていた。
普通に美味しそうだ。
ロアはわたしの隣に少々乱暴に座り、
「髪濡れてるな」
「洗ったので……」
「ふーん……乾かしてやるから動くなよ」
「え?」
ロアが後ろからわたしの髪をつまむ。
そして、温かな熱風がうなじにあたった。
「え? え?」
ビックリして振り向いてしまった。
「なんだよ」
「あったかい風が」
「魔法だよ、説明したろ」
ああ、そうか魔法か。
「すみません」
「早く乾かさないと風邪ひくだろ」
「はい、すみません」
ロアがそう時間をかけずに髪を乾かし終えてくれた。
わたしの髪の長さは肩にかかるぐらいで、元の世界のドライヤーの方が乾かすのに時間がかかった。
ロアの魔法はドライヤーみたくうるさくないし早い、良い事ばっかりだなあ。
そしてロアが買ってきたばかりの着替えを渡してくれた。
リネン生地の自然な亜麻色。
大きな幾何学模様の刺繍が目立つワンピースだった。
彼シャツ状態のわたしは、早速脱衣所に逃げ込み、着替えた。
サイズも程よくきつくもなくゆるすぎない。
「どうかな、ロア」
「いいんじゃないか? よく似合ってるよ」
照れくさくて少し笑う。
この服はこの国の一般的な服らしい。
その後、先程のパンを一緒に食べた。
結構大きなパンでお腹いっぱいになったが、ロアはぺろりと三つ平らげた。
その細い体のどこに入ったの?
元の世界のフードファイターを思い出した。
そう言えば、
「魔法を使うのに呪文とかいらないの?」
「……呪文?」
「うん、なんかこう、大仰しい感じの」
「大昔にはあったらしい……魔道士って言うのはすごいんだ、って言うのをアピールするのに」
「なくても使える?」
「無くて良い、呪文で何の魔法を使うかばれるからいろいろ不利だしな」
戦いに不利ってことか。
戦いと言えば……
「あと、あの大きな剣は?」
昨日気になってた大剣を指差して問う。
ロアは少し考えた後、
「じゃあ、少し外に出るか」
「えっ」
「魔法の使い方教えてやるよ」
すると、ロアから帽子を渡される。
趣味で農作業をやっていた祖母の日焼け対策帽子のように垂れ幕が付いていた。
垂れ幕部分はロアに貰った目隠しの物と同じだった。
これをかぶれば眼はもちろん鼻辺りまで隠れるかな。
次に、ロアは帽子と同じように大剣をいとも簡単に持ち上げる。
「!?」
「? どうかしたか?」
二の句が継げないわたしの手を取り、ロアと一緒に部屋を出た。
宿屋を出ると人の通りが多い事に再び驚く。
「王都からそう遠くないから商人が多いかな」
「へぇ」
「この町、ストーラには採掘場があって、良質な石や魔鋼鉄が取れるんだ」
魔鋼鉄とは、名前の通り魔力を帯びた金属の事で、色々なものに使われるらしい。
歩いている人を見ると、炭鉱夫っぽい人も多く見かけた。
「ロア、あの人は?」
「ん?」
甲冑を身にまとい剣を腰に差している人だ。
この人通りの中で道の要所要所に立っていた。
「あれは騎兵だよ」
「きへい?」
「この町を守る騎兵隊に所属している人たちだよ」
この世界には騎兵の上に騎士がいるそうで、この町の騎兵の実力は治安もそう悪くない事から並みだそうだ。
治安が悪い場所には実力のある騎兵、もしくは騎士が配置されるらしい。
騎兵には元々魔力に優れていて、剣技にも優れていないとなれないそうで、エリートなのだそうだ。
日本で言う警察の様な物だろうか。
「行くぞ」
「う、うん」
ロアに手を引かれ、石畳を歩いて行く。
心地よい風が吹いて、帽子を押さえた。
飛ばされないように気を付けないと。
ヒュッ、ヒュオ
ロアの大剣が空を切る。
わたし達は初めて出会ったあの草原に来ていた。
この草原はストリア草原、と言うらしい。
それは良いとして……あの大剣は、本当は軽いのだろうか?
素振りを終えたロアに物は試しと持たせてもらった。
「ぐぅう……!」
「言ったろ! 無理だって!」
無理。
持つどころか持ち上げられないし動かすことも困難。
腰を痛めるからやめろ! とロアが叫んだ。
「はー……なんでロアは軽々振り回せるの?」
「魔法を使ってるからさ」
身体強化の魔法があるそうで、結構難しい魔法らしい。
身体能力が上がって重たい物も持ち上げられるし、素早く動けるようになる。
便利な魔法だが、その分制御が難しかったり、上位以上の魔力を持っていないとすぐに魔力が枯渇してしまう。
魔力枯渇状態を魔力欠乏状態と言い、まともに動くことが出来なくなってしまうので魔力量の管理が大切になってくる。
ゲームで能力アップの魔法があったが、あんな感じだろうか。
「ロアは何時もあの剣を振ってるの?」
「この剣が俺の愛剣だからな。毎日訓練してるんだ」
「練習は大切だよね」
なにに置いても練習は大切だ。
運動部に所属経験がないわたしでも分かる。
それにしても毎日素振りしているのか……
「ロアは人と戦った事あるの?」
「……たくさんある、模擬戦だけど」
「ロアは強いの?」
「……強い方かな? 俺より強い人もたくさんいるけど……口で言っても強さは分からないよな」
ロアは、少なくともこの町に居る人間の誰よりも強い自信はある、と言った。
ロアはまだ若いけど、強いのか。
剣を振るロアを見ていると、バサバサッと鳥が羽ばたく音が至近距離から聞こえ、咄嗟に頭をかばった。
「わあ!」
「あ! 悪いミツキ! 伝書鳩だ」
伝書鳩はロアの腕にとまったので恐る恐る近付く。
鳩は日本に居るものと形は同じだったが色が白く、若干緑色を帯びていた。
よく見ると眼も綺麗なエメラルドだった。
「きれい……」
ロアは慣れた手つきで鳩の足から手紙を取り出す。
ちらりと中身が一瞬見えたが、相変わらずこの国の字は全く読めない。
ロアの眉間に皺が寄り、顔が歪む。
「ロア?」
「……ああ、なんでもないよ」
「ぴゃあ!!」
間抜けな声を出す。
と、言うのも手紙がいきなり燃えたからだ。
たぶん魔法だろう。
「ごめん!」
「いきなりはビックリします……」
「ごめん、気を付けるよ」
手紙は、塵も残らなかった。
ロアはベルトのポーチから紙とペンを取り出した。
「誰からの手紙だったんですか?」
「……王都の………」
「王都の?」
ロアは苦虫を噛み潰したような顔をして、絞り出すように言う。
「……父親だよ」
何も言わず、ロアの袖を握る。
父親と折り合いが悪いのだろうか?
わたしは家族ととても仲が良かったから……どう声をかけていいのか分からない。
「……ミツキの事、一応報告しておくから」
「お父さんに、ですか?」
「ああ……王都に着いたら会う事になるから」
ロアのお父さん……きっとメタボ気味なわたしのお父さんよりダンディなんだろうな……
さらさらと手紙を書くロアを見ながら、年を取った姿を想像した。
次に手紙を覗き込み、一文を指差す。
「なんて書いてあるの?」
「魔力持ちの女性を保護したので到着が遅れます」
「へえ」
「読めないのか?」
「読めないよ」
ロアの顔がまた歪む。
「それは……少しまずいな」
ロア曰く、町には要所にマップが置いてあり、もしではぐれた場合に待ち合わせ場所を決めておこうと思っていたらしい。
文字が読めなければ自分がどこに居るのか分からなくなる。
この町はそう大きくないが、この次の町は王都の隣町で、規模もそこそこあるようだ。
「ご、ごめんなさい」
「謝る事はない……そうだな……」
ロアは腕を組み、数秒考える。
「この町には小さいが図書館がある」
「うん」
「文字を最低でも読めるようにしておかないと……俺が心配だ」
「はい……」
申し訳なくて縮こまる。
ロアに余計な事をさせている様な気がする。
心の中で何度も謝った。
「それは置いといて、だ」
顔を上げてロアを見遣る。
「魔法の使い方だろ? 教えてやるよ」
「! うん!」
頷いて笑う。
不安な事だらけだけど、取り敢えず頑張ろう。
魔法を使えるようになったら弟に自慢できるし。
頑張って魔法使いになるぞ。