青い眼
町への道をひたすらに歩く。
草原を抜けて
もうすぐで町に入る、と言う時だった。
「あ、待った」
ロアは太いベルトをしていて、そこに何個かポーチを付けているのだが、そこから黒い布を取り出した。
それを、わたしに手渡した。
「??」
「これで眼を隠せ」
え??
ものすごく不可解な顔をしていたのか、ロアはもう一度、眼を隠せ、と言った。
「どうして?」
「お前の眼が目立つからに決まってる。また攫われるぞ」
ああ、そうか。
ロアの眼はとても綺麗だ。
もしかしたらこの世界の住人はみんなロアの様に赤い眼を持っているのかもしれない。
だとしたら、純日本人の黒っぽい眼を持つ私はとても目立つかもしれない。
ああ納得!
「分かりました。黒い眼ですもんね、わたし」
「……黒い?何を言ってるんだ?」
「……この世界の人はみんな赤い眼を持ってるんですよね?」
ロアの表情が不可解一色に染まる。
小声で伺う。
「違いました?」
「違う」
秒と待たずに答えが返って来た。
ロアは溜息を吐いた。
「分かった、お前の事は記憶喪失で基本的な事も覚えてない女性、として扱う」
「わたしは記憶喪失じゃ、」
ない、と言いかけて口籠る。
この世界の事は何も知らないし、同じようなものだ。
ロアが取り出した布を使って私の眼を覆い、頭の後ろでギュッと縛った。
鉢巻きで眼を覆っている感じで、覆われてはいるが、布は薄いようで視界は良好だ。
つまずいて転ぶ心配はない。
町へ入った。
道は石畳で出来ており、きちんと整備されている。
街灯も木造の家も等間隔で並んでいて、よく見ると街灯は電気では無く火が灯されていた。
夜中と言う事もあり、人の通りは全くないが、建物の数は多くそこそこ広い街なのは遠くで見た時に知っているため、昼間は賑やかな町であることが想像できた。
三階建ての建屋の前でロアが立ち止まる。
看板が立っていたので見遣るが、見た事も無い文字で読めなかった。
やっぱりここ、違う世界なんだ。
また、不安になった。
店の中に入ると、丸い背中が見えロアが声をかけた。
「女将、カギをくれ」
丸い背中が振り向く。
白い頭巾をかぶった白髪交じりの茶髪に茶色い眼の、ふくよかな女性だ。
「まあ、女性を連れ込んでくるだなんて、大胆ねぇ」
「違う」
少し大きな声でロアが威嚇する。
「いいからカギ」
「まあこの子眼はどうしたの? 大丈夫?」
「女将……」
いきなり話しかけられて体が強張る。
「ぁ、う」
「不思議な服装ねぇ、どこの民族の服かしら?」
服は黒いTシャツにジーパン、靴はスニーカー。
民族で言えばアメリカだと思う。
答えられずにいると、ロアが間に割って入った。
「女将、この子さっき保護したんだ。そっとしといてくれないか」
「そう、人さらいにでもあったのかい? 可哀想に、はいカギ」
そう言うと、簡単にぽん、とカギをロアに渡した。
ロアは溜息を吐いていた。
早く渡してくれればいいのに。
小声でそう呟いていた。
ロアが取っている部屋は二階なようで、階段を上って行く。
部屋に入るとまず、木の匂いがした。
部屋は非常に簡素で、小さな机一つ、シングルベッド一つだった。
もう一つ扉があったが、その先はシャワーがあるだけだった。
トイレは?
きょろきょろと探していると、トイレは共同で部屋の外にある事を教えてくれた。
するりと、目隠しを外される。
「さてと、何から話せばいい?」
そう聞かれ、さっきから疑問に思っている事を聞いた。
「……どうして眼を隠さなきゃいけなかったの?」
「ミツキが魔力を持ってるから」
「ひょ?」
思わず変な声が出た。
魔力? って、あの魔力?
ゲームだとMPって言われたり、魔法が使えちゃったりするあれですか?
「身に、覚えが、ありません……」
「魔力を持ってる証が、ちゃんと出てるだろう」
「わ、かりません」
「……ミツキの青い眼が何よりの証拠だろ」
「あお、い?」
「青い、水の魔力」
慌てて、ポケットから手鏡を取り出す。
鏡を覗き込んだ。
「ひっ!」
悲鳴を上げた。
自分の容姿はそのままに、眼の色だけが変わってしまっていた。
「ど、どどどどど、どういう」
「落ち着け」
「お、お、ち、ついて、ます!」
わたし、どうしちゃったの?
怖い……
カラコンじゃないよね?
買った事も入れた事も無いよ。
この世界に来てから恐ろしい事ばかりだ。
家に帰りたいよ……
少し過呼吸気味になったわたしの背中をロアがさすってくれた。
「今日はもう休もう」
ロアの優しい目と目が合う。
どきり。
心臓が変な動きをした。
「ベッドは使って良いから」
「え、ぅ、ロア、は?」
「寝袋があるから大丈夫」
あ、とロアが何かに気が付き、
「俺と同じ部屋が不味いか」
もう一つ部屋を取って来るから、と立ち上がるロアの腰にすがりつくように抱き着く。
「いっ、一緒で良いです……」
「俺は男で、お前は女だ」
「わかっ、てます……」
何が言いたいかはよく分かった。
けど、
「ひっ、ひとりはこわいっ……わたし、床で寝るから、一緒にいてくださ……」
体は震え、嗚咽が漏れる。
一人になりたくない。
わたしはあの時、たった一人で死んでいった。
死にたくなかったのに、死ぬしかなかった。
どうしてこんな目に……
目が覚めたら知らない場所に居て、瞳の色が変わってしまった。
えも言われぬ恐怖に襲われ、体がきしみ、心が蝕まれる。
かたかた震えていると、頭を優しく撫でられた。
「分かった」
「ろ、あ……?」
「隣で寝てるから、安心していい」
ロアの親指がわたしの涙を掬い取っていった。
「あ、りが、とう」
安心して、ふにゃふにゃに笑う。
すると、ロアはそっぽを向いてしまった。
「ろあ?」
話しかけても反応が無い。
「ろあ、ねえ」
ロアの顔を覗き込む。
「っ、なんだよ」
ロアの頬っぺたに赤が入っていた。
気が付く。
必死すぎてロアの腰に抱き着いていた事に。
「わ、あ、あ、ごめんなさい!」
ドキドキが止まらずに、胸のあたりを押さえる。
ロアの横顔を盗み見る。
見間違いでは無く、やっぱり赤かった。
「もう遅いし、疲れたろ?」
「う、ん」
「先に寝てていいから。おやすみ、ミツキ」
「はい……おやすみなさい、ロア」
そっぽを向いたまま、ロアが早口で言い終える。
わたしは布団の中に潜り込んだ。
ロアの腰、細かった……わたしより細いのではなかろうか。
その割に筋肉はしっかりついていて、わたしがいきなり抱き着いてもびくともしなかった。細マッチョかぁ。
じっとしていられず足を少しバタつかせる。そこで気が付いた。
って、わたしったら助けてもらってるのに!
ロアの後ろ姿によこしまな考えを巡らせていると、寝袋を取り出しているのかリュックを探り始めた。
そしてその隣に、腰に差していたのとはまた違う剣が壁に立てかけてあることに気が付いた。
大剣。
太く大きい、そして重たそうだ。
とても人間が振れる様な代物では無い事は確かだ。
わたしでは持ち上がら無いかも知れない。
ゲーム好きの弟が見たら興奮しそうだ。
弟へのいい土産話になるかもしれない。
明日になったら、聞いてみよう。
そう思い、目を閉じた。