高級料亭……?
街へ入った。
雑多とした雰囲気、沢山の人々、面積の小さい土地に建てられた細長いビル状の建物。
此処は、一言で例えるなら首都東京。
城壁で囲まれた人口の多い街。
コンクリートでは無く木造の建物が隙間無く等間隔で並び、太い石畳の道を馬車がゆっくり走る。
「あ、ミツキ……こっち」
ロアに手を引かれ、付いて行く。
見えてきたのは沢山の馬小屋に色んな毛並みの馬だ。
あ……そうか。
ロアは変わらず白馬の手綱を握っている。
この白馬とはここでお別れか。
「確かに受け取りました」
馬貸し家店主とロアが手続きを済ませて、多く支払った分のお金が戻ってくる。
悲しい気持ちで馬を見つめる。
「ミツキ」
「……ロア」
わたしは何度かロアと馬を見返した。
「こいつとは此処でお別れだ」
「……うん」
手を伸ばし、何度か馬を撫でた。
「バイバイ、元気でね」
店主が手綱を持ち、小屋へと向かって行く。
わたしはその白い後ろ姿をぼんやりと眺めた。
多分、もう会う事は無いだろう。
馬貸し家を後にして人が多いので手を繋いで道を歩く。
「ここから王都へはどうやって行くの?」
「ここから馬車が出てるんだ」
馬より時間はかかるが相乗りすれば安くて良い様だ。
ここから王都まで一日とかからない。
「取り敢えず……何か食べるか」
ロアがお腹をさすった。
「何か食べたい物はあるか?」
「う~ん……ロアが食べたい物で良いよ」
そう答えると、ロアの足が止まる。
「カナトラと言えば……やっぱりあれか」
「ロア?」
「よし、決めた!」
今までより強く手を引かれる。
「ロア! 何処に行くの!?」
「ちょっと良い所」
「良い所ってなに!?」
「美味しい食べ物屋!」
「お店?」
食べ物屋さん?
定食屋さんかな?
って、
「早いよ待ってっ!」
足早なロアに急かされて混んでいる道を、人を掻き分けながら前に進む。
*****
わたしは店の前で硬直していた。
「こ……此処?」
その店は一目見ただけで、一般人が入ってはいけない店だと直ぐに分かる。
そう、明らかに……貴族用の……
周りを確認する。
今までの人は何処へやら。人通りも極端に少なくなった。
その周りを歩いてる人達も、普通とは違う……気品あふれる人達だ。
対してわたしの服装は……?
今までの苦労がにじみ出ている薄汚れた服装だ。
「! ロアっ」
そんな服装で構わず店内に入って行こうとするロアにしがみ付く。
「何だよ」
「駄目だよこんな所! 自分の服装見て!」
「此処の店主はそんな事気にする様な人では」
「わたしが気にするから!!」
だからやめて! と訴えると、ロアはしょんぼりした顔で、
「……ミツキが何でも良いって言ったんだろ」
小声でぽつりと呟かれた。
ぐう、と言葉に詰まる。
確かに言った、言ったけども!
「お金は!?」
「ある」
「服は良いの!?」
「この店は平気」
「わたし貴族じゃないよ!?」
「俺が貴族だろ……」
「えぇ? でもぉ、でもお……」
煮え切らないわたしの態度に痺れを切らしたのか、ロアの小脇に抱えられた。
「ええっ!? ロア! 待って!」
心の準備が出来ないまま、引きずられつつ入店。
中からは綺麗な奥様が出て来た。
わたし達の服装に少し眉を寄せた気がしたが、
「まあ、ロア様?」
ロアを確認した途端、にこやかに挨拶しだした。
「いらっしゃいませ、ようこそおいで下さいました」
「久しいな、悪いこんな格好で」
「いえいえとんでもございません……主人を呼んでまいりますわ」
「いい、仕事の邪魔になる」
「ですが、主人もロア様に会いたいと思うのです」
「俺は此処に食事に来たんだが……」
「承知しました、こちらへどうぞ」
奥さんと目が合った気がした。
帽子の垂れ幕越しだったから気のせいかもだけど……
小脇に抱えられていたが、ロアに下ろしてもらって後を付いて行く。
店構えもそうとう立派だったが、中も……一言で言えば高級料亭だろうか。
現実世界では一生縁が無いと思っていたが……異世界にもこう言った場所があるんだなあ。
感心していると、奥さんがロアに言葉をかける。
「ロア様はますますお父様に似ていらしてますわね」
「……そうか」
「ええ、最初はロゼ様かと思ったぐらいですわ」
「………」
黙ってしまったロアの横顔を盗み見る。
やはり少し眉を寄せていた。
ロゼ様、って……ロアのお父さんの名前かな。
親子だからロアとお父さんは似てるのか。
名前もよく似てる。
「こちらへどうぞ」
一部屋に通される。
この店は個室しかない様で、カウンター席などは無いようだ。
高級料亭だから当たり前か。
部屋の中は高級そうな家具が揃っていた。
机も椅子も、置かれている棚も花瓶も……絶対高いやつだ。
「何時もの二人分、頼む」
「かしこまりました。ロア様の分はいつもと同じで?」
「ああ、多めで頼む」
奥さんは一つ頭を下げて部屋の外に出て、ゆっくり扉を閉めた。
何時ものって……
荷を下ろしているロアに問いかける。
「此処にはよく来るの?」
「……此処は王都から近いからな、小旅行にはちょうどいいんだ」
「家族と旅行?」
「うん、そう」
ロアは一度息を吐いてから椅子に座った。
疑問に思ったことを聞いていく。
「どんな料理が出てくるの?」
「肉」
「……に、肉……?」
「後は……この辺りでは珍しい海の魚とか」
へえ、と感心しながら聞く。
この世界にも海があるのか。
同じくしょっぱいのだろうか。
ロアの言う此処の肉、とは霜降り肉の様だ。
今まで食べていた野生の鹿ではなく、人間が育てた脂肪たっぷりの口に入れたら溶けちゃうような牛肉だ。
聞いてるだけでよだれが出てきそうだ。
でも……少し不安になったので小声で聞いてみる。
「お金は……」
「ミツキ」
「あ、はい」
「俺ってさ……高給取りなんだぜ?」
気取ったように笑うロアを見て、何にも問題ない事を悟る。
ロアの職業は王都騎士隊の1番隊隊員。
王都を守るかなめなわけだ。
お給料も弾むのか。
やっぱりロアってすごいのか。
ぼんやりそう考えている時、おもむろに扉が開いた。
「……ぅん?」
視線を投げるとそこには十歳ぐらいだろうか。年端も行かない少女が居た。
茶色い髪に茶色の目、そばかすが目立つ少女はわたしを睨んだ気がした。
「ロア様!」
確実にわたしを視界に入れたのに、私を無視して満面の笑みをロアに向ける。
ロアに向かって走り寄る少女を呆然と見つめる。
「ずっと、ずっとお待ちしておりました!」
「あ、ああ……そうか」
可愛らしい仕草で少女は遠慮なくロアの膝の上に座る。
……こうして見ると兄妹の様だが、違うのだろう。
少女はロアにくっ付いて甘えた声を出す。
「あなたに会えない夜を何度も数えましたの……」
「……うん」
「あの情熱的な日を忘れたりできませんでしたの」
えぇええ?
開いた口が塞がらない。
ロアってロリコンだったの?
こんな少女と?
疑惑を持った目でロアを見ると、ロアは必死に首を横に振っていた。
口元が、ち、が、う、と何度も動いた。
「あまり大人をからかうものではないよ」
あくまでも紳士的にロアは少女を膝から降ろす。
少女はその言葉にご立腹のようで、頬を膨らませた。
「からかってなどいません! わたくし、あなたの妻になりたいのです!」
ロアは言いたい言葉を飲み込んだようで、ひどい顔をしていた。
改めてそばかす少女を見る。
頭には大きなリボン、可愛いフリルが付いたドレス……ああ、なるほど。
この子貴族か。
「君はまだ子供だろう……これからいい人が」
「ロア様より良い人など、何処にもおりません!」
「年が離れすぎているだろう」
「このぐらい離れているのは普通です!」
ロアは頭を痛そうにしている。
わたしは助け船を出してみた。
「ロア、その子……知り合い?」
「無礼者!!」
びくっ!
突然の大声に体が跳ねる。
「ロア様を呼び捨てとは何様だ!」
ああ……助けにと出した船は泥船だったよ。
矛先がわたしに向いて、ロアはますます眉を寄せる。
「あなた一体何者なの!? ロア様と食事を共にしていい身分なの!?」
「えー……?」
身分? う~ん……私は貴族じゃないし、ロアと一緒に食事しちゃ駄目な気がする。
まあ、もう散々してるけど。
「そう言うあなたは?」
「わたくしは由緒ある子爵家の娘ですの!」
ちらりとロアを見る。
「この子は此処のオーナーの娘だ」
話によると、この店は子爵家当主が趣味が高じて大きくなった店らしい。
だからさっきの奥さんもどことなく高貴な雰囲気があったのか。
どうしよう、と大立ち回りをする少女を眺めながら、二人で考える。
その時、トントン、とノックの音。
「ロア様、いかがなされましたか?」
声の主は奥さん、つまり少女の母親だろう。
大きな声が聞こえてきて様子を見に来たようだ。
「入ってくれ」
「……失礼いたします」
扉を開け、状況を確認した母親の目つきが変わる。
「どうしてあなたは!」
「ひゃう」
「言いつけを守れないの!?」
「だ、だってロア様が」
「ロア様のせいにするつもりですか!」
「会いたかったんだもの!」
母は深い溜息を吐いた。
娘は母を見上げ涙をためている。
「ロア様、お嬢様……誠に申し訳ございません」
「いや! いやよお母様! あんな人に謝ったりしないで!!」
あんな人、ってわたしの事かい。
すごい物言いだな……わたしも少しは見習おう……
「いい加減になさい! あなたのその振る舞いが店の、子爵家の品位を落とすのです! 何故分からないのですか!」
「お、お母様……」
母は娘にきつく当たった。
娘はボロボロと涙をこぼし始める。
もう見ていられなくて声をかける。
「あ、あの……気にしてないです……どうか怒りを収めてはいただけないでしょうか?」
わたしは気にしてないし、ロアも心が広いから気にはしていないだろう。
目の吊り上がった母親と目が合った。怒るととっても怖い人だ。
「そういう訳には参りません」
子爵夫人は根っからの貴族と見た。
品の無い行動が大嫌いなのだろう。
「お? おう……何か取り込み中かな?」
男性の声が聞こえて、扉を見た。
開けっ放しの扉の向こうに白いシェフの服装をした男性が立っていた。
「お父様!」
娘は父親に助けを求めた。
母親は、怒りの矛先を夫へと向ける。
「あなたがそうやって甘やかすから……」
「まあまあ、お客様の前で喧嘩する事もないだろう、それもロア様の前で」
シェフはロアと向き合う。
「ロア様、お久しぶりでございます」
「ああ、たまたま近くに来たから寄ったが……迷惑だったか?」
「いえいえ、とんでもございません! ご迷惑をお掛けしたのはこちらの方です。申し訳ございません」
会話をしている間に少女は母親に引っ張られて部屋を出て行った。
もしかするとお仕置きされるのかもしれない。少女の顔は真っ青だった。
何故少女があの様な行動を取ったのか、ロアが聞いた。
前に会った時から積極的ではあったが周りに当たり散らす事は無かったようだ。
被害者はわたしだ。
「実は……娘に婚約者ができまして」
え? あんな幼い子に?
と思ったが此の世界、特に貴族の世界では普通な事のようだ。
少女は婚約を良しとしなかった様で、一番の想い人であるロアが店に来たと聞いていてもたってもいられなくなってしまった、と言う事だ。
貴族では当たり前なのだろうけど……少し哀れに思った。
「お嬢様も、申し訳ございません」
「あ、いえ……大丈夫です」
「……して、お嬢様はロア様とどういったご関係で?」
男性の目が細くなる。
ああ、これは……値踏みされているな。
男性はきっちり貴族であるようだ。
どう答えよう……迷っているとロアから助け舟が出た。
「旅の同行者だ、王都までのな」
「そうでしたか……」
男性はそう言い、引き下がった。
「お食事はもう少しで出来上がります、それまでごゆっくり……」
最後にそう言って部屋を後にした。
扉がゆっくりと閉まるまで見届けて、少し時間をおいてからロアに聞く。
「ロアが苦手な貴族女性って……あんな感じ?」
ロアは再び眉を寄せる。
何かを思い出したようで、苦々し気な表情になる。
「あれはまだ可愛い方かな」
モテモテなロアが貴族女性にされた事を軽くまとめると……
取り合いは当たり前、女のドロドロとした愛憎劇に巻き込まれる……本人にその気は全くない。
パーティー中、ロアと親しく話していた、と言う理由で傷害事件発生……犯人は逮捕された。
パーティーの休憩室で一人休んでいたら乗っかられて既成事実を作らされそうになった……未遂。
位の高い貴族のご令嬢がロアと婚約したと言う噂を流がし、外堀を埋めにかかった……無事に誤解を解いた。
騎士隊で訓練中に顔見知りのご令嬢が登場し、あなたの子供ができたの! と叫ばれた……想像妊娠だったらしい。
パーティー途中でベランダから飛び降りようとするご令嬢、私と結婚して! と叫んだ……無事に身柄を確保した。
「あとは……」
「まだあるの!? もういいよ!」
まだ何も食べてないけどお腹一杯だよ……
昼ドラを思い出した……昼ドラでもこんなに立て続けに起きないから……
「俺はまだいい方……らしい」
「……え?」
「いや、その……父親とか、祖父とか……」
「ロアの一族ってモテるの?」
「……うーん、古い家だからかな」
血筋は良いかもしれない、とロアはぼんやり呟いた。




