旅の途中
草原の真中に太い土の道が続く。
この世界にはアスファルトは無いようだ。
白馬が走る。
「そろそろ休憩するか」
ロアがそう言って、馬を減速させる。
「この辺りに水辺はないか?」
「あ、ちょっと待って」
私は妖精の眼を使う。
妖精たちはすぐに教えてくれた。
「左、あの森あたりにあるみたい」
「割と近いか?」
「うん、入ってすぐみたい」
町を飛び出して五日。
ロアとの旅も慣れてきた。
最初野宿に慣れなかったが、キャンプだと思えばなんて事は無い。
妖精の眼は別名、探し物の眼とも言われるらしい。
会話が出来なくても身振り手振りで探している物を教えてくれる。
とても優れた存在なのだ。
「ミツキは大丈夫か?」
「わたしは、大丈夫だよ」
そう言って笑顔を作る。
本当は大丈夫かと言われれば微妙だ。
ロアの事は変わらず意識してしまうし、夜は家族の事ばかりで眠れない。
最近は足元がおぼつかない時もあれば、めまいがする時もある。
ロアにこれ以上、迷惑かけたくない。
その一心だった。
森に入った。
妖精に道を聞きつつ進んで行く。
「わあ……」
綺麗な小さな湖だった。
ロアに手伝ってもらい、馬から下りる。
馬は水を飲み始めた。
わたしは最近、妖精のスパルタレッスンもあって魔法が安定して使えるようになっていた。
ロアとわたしの分の飲み水は確保できるぐらいには。
馬にも与えられる魔力はあるのだ。
だが、まだまだわたしは未熟で、魔力をロストしてしまっているようだ。
ようは燃費も効率も悪いのだ。
馬には水辺を探すから無理をするなと言われ、妖精の眼を使う事となった。
「水浴びしてくるか?」
「えっ」
「タオルで拭く位はしてるけど、たまには水に入りたいよな」
ちらりと湖を見る。
綺麗な水だった。
入りたい……体を綺麗にしたい……
毎日お風呂が当たり前だったのに、今じゃ野宿生活……
帰りたい……家に……
「あの……ロアは?」
「俺は見張ってるから安心して入ってくると良い」
「あっ、ありがとう」
ロアの言葉に甘えて水に入る事にした。
指先で水の温度を確かめる。
うん、ちょっと冷たい。
ゆっくりと水に入り、冷たさに体を震わせる。
埃だらけだった体を清める。
「……はぁ………」
気持ちいい。
旅に出て五日。
水浴びは二回目だ。
最初の水浴びの時は大変だった。
蛭が出たのだ。
血を吸われることになってしまった。
たまらず悲鳴を上げてしまい、ロアが駆けつけてしまった。
そう、わたしはずぶ濡れで服を着ていなかった。
あの時ほど恥ずかしい思いをした事は無い。
幸い蛭に食われた痕は綺麗に無くなるとは言われたが、それどころでは無かった。
穴があったら入りたい……!
この歳になって男性に裸を見せたことなんて一度もなかったのに……!
この水浴び二回目でも一回目の事が頭をかすめる。
今回は大丈夫だと信じたい。
水浴びを終え、服を着た。
今回は大丈夫だった。
この湖に蛭は居ないようだ。
「ロア、終わったよ」
「ああ、ミツキ」
「ど、うしたの? それ?」
「たまたま目の前を通ったから……捕まえた。今日の夕食にしようと思って」
ロアの手には息絶えた兎が握られていた。
残酷、かとも思うが、わたしだって牛や豚を食べた事がある。同じことだ。
牛や豚は良くて兎は駄目なんて言うのは、おかしな話なのだ。
それに、わたしはこの光景に慣れてしまっていた。
ロアが突然、待っててなんて言って飛び出していって、小鹿を仕留めてきたことがある。
その後、さばいてお肉になって行った。
わたしに配慮してか、さばく時は離れた場所でやっていた。
残酷、そう思った。
でも、この世界では普通なのだ。
逆に日本ってすごく平和ボケしてるよね、とも言える。
お肉になった小鹿を食べたら、ものすごく美味しかった。
子供の鹿の方が柔らかくって美味しいんだ。
ロアが言うので何度も頷く。
ロアの言うとおり柔らかくって獣臭さも無かった。
とても美味しかった。
……お父さん、お母さん。娘はたくましく育っています。
「俺も入って来るからちょっと待ってて」
「うん」
ロアが草むらを掻き分けて泉に向かう。
わたしはさっきまでロアが座っていた場所に腰を落ち着ける。
馬が近くにやって来て、座り込んだ。
「あなたも、お疲れ様」
たてがみの辺りをゆっくり撫でる。
馬が目を細める。
この白馬はオスで、体力があり長く走る事が出来るとロアは言った。
魔力は持ってはいないが、良い馬であると重ねて言う。
確かに走りには力強さがあった。
見た目はとても繊細そうなのに……見かけにはよらないと言う事だろう。
次の街カナトラまではすでに半分を過ぎている。
予定ではあと三日ほどで到着する予定だ。
着いたら取り敢えず石鹸で体を洗いたいなあ……
「へっくし」
鼻をすする。
何だか悪寒がするような気がする。
ロアの水浴びの時間は短い。
「悪い、待ったか?」
「ううん、大丈夫……行こう」
馬に乗りこみ、来た道を戻って行く。
異変があったのは夕食を取っている時だった。
ロアが取った兎をさばいて、焚き木で焼いた。
日は落ち始め、辺りは暗くなり始めていた。
この辺りは街灯も何もない。
日が落ちたら真っ暗だ。
日が落ちてからの移動は危険なので夕方になるとテントを張り始める。
そのため、旅に出てから日没には寝て、日の出とともに起きるを繰り返している。
早寝早起きだ。
「ほら、焼けたぞ」
木を削り出して簡単に作った串に兎の肉が刺さっている。
それをぼおっと眺める。
「ミツキ? 大丈夫か?」
「あっ、ごめん……美味しそう、いただきます」
受け取って、食べる。
「……?」
食感は感じる。
でも、味が全くしなかった。
再び、ぼおっと肉を眺める。
「ミツキ?」
「……」
「ミツキ、大丈夫か」
「……ぇ? あ、ごめん……なんかあんまりお腹空いてなくて」
「本当に大丈夫か?」
わたしは、ロアに迷惑をかけたくなかった。
体調は悪い、なんかふらふらするし、ロアが二重に見え始めた。
そんな事を言ったらロアはきっと心配する。
お腹は空いてないし、早いけど先に寝ようかな。
寝れば多少は良くなるだろう。
「大丈夫、でも先に休むね」
既に設置してあったテントに潜り込む。
テントは二つ。
わたしのとロアの分。
「おやすみ、ロア」
「……おやすみ」
よほど疲れていたのだろう。
わたしはまだ明るいうちに眠りに落ちた。
*****
体が熱い、熱くて寒い。
浅い呼吸を繰り返す。
脳が熱にやられ、まともな思考が出来なくなる。
誰か、助けて。
「ろ、あ……」
声が上手く出ない。
か細い声でロアを呼ぶ。
体が動かせない。
視界はぐらぐらと揺れる。
今、わたしはどこに居るんだっけ?
テント? どうしてこんな場所に?
強い頭痛が襲ってくる。
「ミツキ?」
外から声がかかる。
誰? わたしを呼ぶのは、誰?
ここは、どこなの。
「朝だぞ、まだ寝てるのか?」
声の主はわたしに気を使ってテントを開けようとはしない。
つらい、苦しい、頭が痛い。
「ミツキ? 開けるぞ」
テント入口が開いた。
「ミツキ!」
ああ、そうだ、ロア。
ここは異世界。
大きな手が、安心する大きな手がわたしの額に触れる。
「ひどい熱だ」
「……ふぅ、ふぅ」
落ち着かない呼吸。
かすむ視界でロアを見る。
「なんでもっと早く言わなかったんだ」
「は、は、……ごめん、なさい」
「っ、違う、俺は……謝って欲しいんじゃなくてっ」
ロアの顔が歪む。
どう歪んだのかは見えず、分からない。
毛布にくるまれて、抱き上げられる。
元気だったらお姫様抱っこな状況に無駄に感情を高ぶらせていた事だろう。
今のわたしに、そんな余裕はない。
ロアは手際よくテントなどを片づけて、荷物を詰める。
「ミツキ、ごめん」
「………」
「気が付いてやれなくて……」
「ろ……あ……?」
馬に乗せられ、わたしが落ちないようにロアとロープで体を縛る。
「今、すぐに町に行くから」
走り出す。
上手く思考できない頭はぼおっと前を見つめる。
馬の走る振動がなぜか心地よくて、
「……ろあ………」
わたしは再び眠りに落ちた。




