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1対4


早朝、暗かった空が段々と明るくなっていく。

朝が来た。

でも、何もかもが重たい。

気分も、体も、心も、瞼も。

昨日の事が忘れられない。


「ミツキ……?」


ロアの優しい手が、忘れられない。


「おはよう、ロア」


そっとしまい込む。

忘れられない、それでいい。

ロアの為に、忘れたふりをすればいいだけだ。


「大丈夫か……?」

「……ぇ?」

「顔色が良くないと……思って」


昨日、眠れたかって?

まったく、寝れてない。

心配そうにわたしを見るロアに、微笑む。


「大丈夫、低血圧なの、わたし」

「無理するな。今日は一日休もう」

「大丈夫!」

「ミツキ」

「大丈夫だから……ね? ロア……」


一緒に居るのがつらい。

元の世界に帰れれば、もうつらい思いをしなくてすむもの。

忘れようって言ったのは、そう言う事でしょう? ロア。


「……分かった」

「……」

「本当に駄目だったら言えよ」

「うん、約束」

「……約束な」


ロアの大きな手がわたしの頭に乗る。

ごめんな。

撫でられながら、視線を逸らす。

その言葉は、聞かなかったことにした。




*****




宿に別れを告げ、通りを歩く。

まだ早い時間と言う事で、人通りはほとんどない。

朝の少し冷たい空気が頬を撫でる。


「ちょっと待ってて」


そう言ってロアは馬貸し家に入って行く。

すぐに昨日の白い馬を連れて帰って来た。

そのまま歩き始めたので聞く。


「乗らないの?」


折角馬を借りたのに。

ロアはすぐに教えてくれた。

町で馬に乗れるのは騎兵、騎士のみ。

治安などの理由からのようだ。

馬車は大丈夫なので、大きな街だと馬車が沢山走っているようだ。

この町でも馬車は見かけた。

取れた石を運んでいたのが印象的だった。

町の外に出たら乗り始めるようだ。


「わたし、馬に乗るの初めてで……」

「二人で乗るから大丈夫……そばに居るから」

「……うん」


こんな、ドキッとするようなセリフは、そう言う意味じゃない。

わたしを安心させるために言っているだけ。

頭ではそう理解しているのに、体温が上がる。

早朝のとても静かな時間。

それが、壊れた。


「ミツキ」


ロアが鋭くわたしを呼ぶ。

なに、と問う前にロアの背中に隠された。


「誰だ、出て来い!」


静かな町にロアの澄んだ声が響く。

しばらくして、物陰から物音がした。


「チッ、どうしてばれた? 気配は消してたってのによぉ」


顔に傷がある人相の悪い男。


「……仲間がいるだろ」

「あ? いねーよ」

「あと四人、右と左の道の陰に一人づつ、屋根に一人、そこに一人!」


ロアが作った火球が物陰に真っ直ぐ飛んでいく。

そして、


「きゃっ!」


その物陰から物を勢いよく弾き飛ばし、体の大きいスキンヘッドの男が勢いよく現れた。


「おうおうどういうことだ? 何で分かった?」

「隠れても無駄か……全員出て来い!」


ロアが言い当てた場所から男が出てきた。

五人とも人相が悪く、普通ではないと見ただけで分かる。

最初に出てきた傷がある男が見下しながら話し始める。


「よぉ兄ちゃん」


ロアはそれを睨みつける。


「悪いこたあ言わねえ。その嬢ちゃん置いてきな」


ロアの体に力が入る。


「一応聞くが、何故」

「魔力持ってるからに決まってんだろお? なあ?」


ゲラゲラと下品な声で五人は笑う。

ロアの後ろで縮こまる。

見られてたんだ!


「兄ちゃんまだ五体満足でいたいだろ?」

「……」

「五人に勝てるわけないって、な?」


それを聞いたロアが大胆不敵に笑う。


「試してみるか?」

「……兄ちゃんあんた、」

「俺が、あんたらみたいなのに手足もがれるって? 冗談きついぜ」


耐えきれずに、ロアは笑う。


「テメエ!」


怒りの沸点が一番低い男がロアに掴みかかる。

しかし、それは叶わなかった。


ぱちん!


大きく、高く響いた音。


ドゴン!


真横の建物に男がめり込む。

何が起きたか分からずに、ロアの背中とピクリとも動かない男を、何度も繰り返し見る。


「……ほお、兄ちゃん。なかなか手練れだねえ」

「褒められても嬉しくないなあ」


ロアはぼやいた。


「退却するか挑むか、選べ。見逃してやらん事も無い」

「ハッ! 金のなる木見つけておいそれと帰れってか? 分かってんだろ?」

「………」

「そいつを売っぱらえば一生遊んで暮らせる金が手に入るんだぞ?」

「……」

「むしろお前が俺達の仲間になるべきだ、そうだろ?」

「……残念だよ」


ロアは荷物を降ろしてわたしの隣に置いた。


「ロア……」

「大丈夫だよ、ミツキ。すぐに終わるから」


身軽になったロアが、腰のあたりから何かを抜いた。


「お前たちにはこれで十分だ」


ナイフだった。

ロアが背中に背負っていた大剣よりも、小さく細く、頼りない。

舐められている。

男たちには十分にそれが伝わったようで、殺気立っていた。


「行くぞ」


ロアがナイフを構え、飛び出した。


まず一人目、足が留守だったようでロアに転ばされ足を切られる。男は悶えながら悲鳴を上げている。しばらくは動けなさそうだ。


二人目、魔法を使ってきた。ロアと同じように火球を飛ばしてくる。ロアも火球を飛ばして相殺、ではなくロアの方が威力が高かったようで貫通。避けるのに夢中になっている間に、ナイフの刃のついていない方で首を思いきり叩いた。気絶したようだ。


三人目、風の刃が飛んでくる。ロアは紙一重で避けて行く。ロアは近づくが、男は逃げる。ロアはナイフを投げた。男の額にナイフの柄の先が気持ちよく当たる。ひるんでる間にロアは男を殴り飛ばした。男は壁に突き刺さって動かなくなった。


四人目、体の大きなスキンヘッドの男。水魔法で顔以外の自分の体をすっぽり包んでいた。これではナイフも魔法も届かない。ロアは遥か上空に飛んだ。そして真下に急降下。男の頭を思いきり踏みつけた。地面にめり込んだ男は断末魔を上げて、動かなくなった。



ものの数十秒の出来事だった。


「準備運動にもならねえ」


ロアが服の埃を叩きながら吐き捨てた。


「おいお前」


投げたナイフを拾ったロアは近づき、一人目、足を切った男に話しかける。


「お前たちのボスは誰だ」

「痛てぇよお! 血がああああ……」


ロアが乱暴に男の髪を掴んで視線を合わせる。


「俺が言ってる事分かってんだろ? なあ?」

「ヒィッ! ボスなんか知らねえ! なあ、助けてくれよお!」


ロアは無言で男を睨みつける。


「っ! お、俺達のボスはセネドの兄貴だ!」

「……セネドだと? あいつは国外追放になったはずだ」

「戻って来たんだよお! なあ、もういいだろ! 回復してくれ! 死んじまうよお!」


ロアは、男から手を離す。

汚いものを見るように男を見る。


「悪いが回復魔法が使えなくてな」

「兄ちゃんぐらい強ええなら使えるんじゃ!?」

「本当だ。騒ぎを聞きつけた騎兵が来るころだ。大人しく捕まっとけ」

「そんなっ! 捕まりたくねえよ!」

「よくよく手当してもらうんだな。そのイカレタ頭もついでにな」


男が無様にも泣き叫び始めた所で、衛兵が複数人急いでやってきた。

良かった、もう大丈夫だ。

ほっとした所でその場に座り込む。


「ミツキっ」

「……ロア」

「大丈夫か?」

「うん、安心したら力が抜けちゃって」


何度も深呼吸する。

思っていたよりも怖かった。

ロアの大丈夫だ、って言葉を疑う訳では無いが、一人対四人だ。

怖かった。ロアに何かあったらって。

わたしはまだ、何も出来ない。ロアを助けられない。

隣に居た白馬が頭を何度も押し付けてくる。

心配してくれてるのかな。

やってきた騎兵は焦っているようにロアに声をかける。


「ロア様!」

「ロア様! 何があったのです!?」

「ご無事ですか!? ロア様!」


その後も騎兵の数は増え続け、ロア様! と呼ばれ続ける。

一人一人がとても心配していることがよく分かった。

が、人数が人数だけに、うるさい。

少し離れているわたしでもすごくうるさいと感じるのに、ロアは大丈夫だろうか?

と、考えていたら、



「うるっせええ!!!」



ロアがキレた。


「何度も同じ事聞くな! 俺は怪我一つない! そこの五人をさっさと拘束しろ!!」

「申し訳ございません!!」


怒鳴られた後は早かった。

五人はあっという間に拘束され、手当てされて連れて行かれた。

この騒ぎで村人たちは起きてしまったようだ。

野次馬の様に家からこちらを見ていた。

折角の爽やかな朝の空気はどこへやら。


「ミツキ、俺ちょっと行ってくる。待ってて」


ロアは小走りで後から来たガタイの良いおじさんへ向かって行く。

おじさんとすれ違った騎兵たちは一様に胸に手を当てている。

もしかして、敬礼みたいなものかな。

雰囲気も偉い人っぽいし……

おじさんは、ロアに会うと胸に手を当てて敬礼した。

ロアが話をし始めると、おじさんは時折驚いた表情を見せる。

対するロアも神妙な顔つきだ。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」

「えっ、あっ! はい……大丈夫です」

「あなたは魔力を持ってるのですね」

「………その、ロアから聞いたんですか?」

「はい。大丈夫です、他の者には言いませんから」

「そうですか……」

「安心して下さい」


そう言って騎兵は微笑む。

綺麗な青い瞳だった。


「ミツキ」


気が付くとロアは後ろに立っていた。


「あっ、ロア」


ロアは、白馬に乗り込む。


「行くぞ」

「えっ! でも、町の中は」

「許可は取った、問題ない」


それならと、ロアの手を借りて、ロアの前に座る。

っ、なんかこれ、近い。

どうしよう体温が……

しばらくこれで移動なんだよね……大丈夫かな、慣れるかな。


「話はもういいの?」

「全て話した。後はあいつらの仕事だ」


ロアが手綱を操り、馬が前に進み、走り始める。

振り落とされないようにしがみ付いた。

その場を離れる事に気が付いた騎兵達がロアを呼ぶ。


「ロア様! どうか御無事で!」

「ご武運を!」

「ロア様! またこの町にいらしてください!」


遠くなっていく声にロアが叫ぶ。


「気が向いたらな!!」


こうして、わたし達は最初の町ストーラを後にすることになった。

家に帰るための旅が、始まった。


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