失恋
読んでいなかった二冊の絵本を読み終えた。
アークバルトの英雄。
これはオーランドと言う風の民の村出身の男性の活躍の記録だった。
三番隊の隊長になり、戦火で活躍した彼は国王陛下から爵位を賜る事となる。
しかし、彼はこれを笑いながら断るのだ。
「俺は風の民! 誰も俺を縛る事などできはしない」
そう言って。
男の子が好きそうな、憧れそうな、そんな話だった。
英雄の娘。
こちらは打って変わって女の子向けの内容だった。
平民ではあるが英雄の娘であるレイチェル。
騎士隊の元帥を代々受け継ぐグラスバルト家、その嫡子ロベルト。
父親同士が友人である彼らは幼少期に出会う。
二人の甘く険しい恋愛物語。
少女漫画が大好きなわたしは、すぐに引き込まれた。
ベタな内容だったけど、むしろそれが良かった。
険しい道を乗り越えて、二人は結ばれる……
あぁっ、良い内容だ。
こんな恋愛してみたいものだ。
それぞれ四冊を読んできたが、少し気になる事がある。
この物語は事実をもとにしたフィクションです。
と書いてあったのは英雄の娘だけだった。
アーク神と四兄弟の話は歴史だからいいとして、英雄って?
実在の人物なのか?
娘だけは実在しない人物なのだろうか。
うーん……
「ただいま……」
「あっロア……おかえり」
丁度良くロアが帰って来た。
ロアはまだ、先程の事を引きずっているようだった。
「あ、の……ロア?」
「……どうした?」
「その……」
ぎくしゃく。
会話が上手く出来ないなんて初めての事だ。
何故かドキドキし始めた。
「これ、読んだんだけど……」
目が合わせられないっ。
「ああ……返しに行ってくるよ」
「あっ、あの」
「ミツキ?」
「聞きたい事が……」
「うん?」
「その……英雄って実際にいるの?」
ロアは頷く。
あ、居るんだ、英雄。
「まだ生きてるよ」
「えっ!?」
「ご高齢だけどね」
絵本になるような生ける伝説がまだご存命なんだ。
「ロアは英雄に憧れてる?」
「もちろん」
ロアは笑顔になった。
もう、さっきの事を気にしなくて大丈夫そうだ。
「英雄に憧れない男は居ないさ」
「そっか、国の英雄だものね」
ロアは私の隣に座った。
良かった、関係を修復できて。
「あと……英雄の娘は?」
「居るし、生きてるよ」
「えーっと……レイチェルさん?」
「あー……」
ロアは言う。
英雄の娘に関しては名前は実際とは違うらしい。
英雄の名前がオーランドである事は確かなようだ。
「英雄の娘に関しては脚色が多くてな」
英雄の娘本人がこれは自分ではないし辞めてくれと訴えたらしい。
苦肉の策で登場人物の名前を変えたと言う事だ。
わたしが憧れたすごい恋愛はしなかったのか。
それを聞いてちょっぴり残念に思ったが、そうだよね……こんな絵にかいたような恋愛なんて実際にはないよね。
「絵本、返しに行ってくる」
「あっ、わたしも」
ロアに静止される。
「ミツキは駄目」
「なんで?」
「心配、だから」
私の眼が、人前にさらされたから……
ロアは心配を隠さない表情で続ける。
「明日にはこの町を出るから、ここに居て」
「……うん」
「此処の方が外より安全だから……」
「……分かった、待ってる」
ロアは一人で部屋を出て行った。
何もできない。
守られてばかりの自分。
悔しかった。
折角魔力も持ってるのに、満足に魔法も使えない。
待ってる事しかできない。
「っ……」
ええいっ!
勢いよく立ち上がり、妖精の眼を使う。
「妖精さん! わたしに魔法を教えて!」
ロアが帰って来るまで、何もしないよりはマシだ。
ちょっとでも役に立てるように。
ロアの足を引っ張らない様に。
『おねーちゃん』
『いいよー!』
『やる気になったあ?』
向こうに帰ったら魔法は使えなくなっちゃうかも知れないけど。
今を、この世界を精一杯生きるのだ。
*****
「ミツキ……」
「あい……」
「あまり無理するな」
「……う、」
「ほんとに心配するから」
申し訳ない。
妖精に魔法を教えてもらいながら魔法を使った。
結果、また倒れました。
でも成長してる。今回は三回も使えたのだ。
それに、ぎりぎり話せるし……
まだ魔力を放出しすぎてしまう様だった。
「魔法に関しては焦る事は無い」
「ぅん……」
「少しづつ覚えて行けばいいから、な?」
ロア……ロアは優しいよ。
また明日、頑張れる。
明日も魔法を練習しよう。
ロアの魔力はあったかくて気持ちいい。
火属性だからかな?
「ごめん、なさい」
「気にするな」
「……迷惑、かけないように……するから」
「………」
せめて倒れないようにしよう。
そう思っているとロアの大きな手がわたしの目を掩った。
「っ、ロア?」
ロアの手はふわふわと温かい。
……寝ちゃいそう。
ロアが、ぽつりと小さな声で言う。
「俺は……ミツキになら迷惑かけられたい」
「っ!?」
「かも……」
な、な、な、っ!
体が、心がざわついて、居てもたっても居られなくなる。
暴れたい気分だ。
その取って付けたような『かも』って!?
わあああっ!
嬉しいのか恥ずかしいのかわからない!
ドキドキする!
汗掻いてきたっ。
「ロ、ア……今のっ」
「! なんでも、ない」
ロアの手に力が入る。
心臓が、さっきからうるさい。
ロアの手が、離れて行く。
「夕飯にしよう」
外を見ると、町並みが赤く染まっていた。
ロアはさっさと先に行ってしまう。
「あ、待って」
ドアを開けたところで待っててくれた。
階段を下りて行く。
さっきから、ずっと目を合わせてくれない。
「ロア……」
不安になって声をかけるが、
「どうした?」
背中を向けたままだ。
食堂について女将が出てきた。
「あんた、どうしたんだい」
「なにが」
ロアがぶっきらぼうに答える。
女将は続ける。
「顔真っ赤だよ? お嬢ちゃんもだけど」
ギクッ! と体に力が入る。
そんなわたし達を見て、何かを察したらしく。
ははあ、と女将は納得したように、
「昼間からかい? お盛んだねえ」
「なにがだ」
「なあに大丈夫さ、私も若い時は、」
「聞きたくない」
「優しくしてやったのかい?」
「だから! 何を!?」
「大人の階段を上ったんだろう? 私には分かる」
「上ってないし何もしてない! いいから仕事してくれ!」
「なあんだ、つまらないねえ」
好きな席に座りな、と言って女将はその場を後にした。
適当な席に座る。正面に座ったロアの顔を盗み見た。
確かに、赤かった。
わたしの頬が、さらに熱を持つ。
ロアをあまり見ないように食事をとった。
味は、まったく分からなかった。
*****
今日は明日に備えて早めに就寝する事になった。
シャワー後に髪を乾かしてもらったのだが、これがまた大変だった。
お互いにぎくしゃくしているし、無駄に意識してしまっているので、首筋にロアの手が当たるたびに体が跳ねそうになるのだ。
明日からどうしよう……どーしよお!
ベッドの中で熱を持った体を持て余しながらぐるぐる考える。
いつも寝れないけど、いつも以上に寝れないよお!
そんな時、ロアから声がかかった。
「……ミツキ」
「っ! は、い。なんですか」
布団の中に籠ったまま、返事をする。
顔が見れない!
「今日の事、忘れよう……お互い」
「……えっ?」
「俺はミツキを元の世界に帰す、ただそれだけ考えるよ」
「ロア……?」
布団から顔を出す。
ロアと目が合った。
「俺は、ミツキを傷つけたくないんだ」
「まっ、て」
「勝手だったし、軽率だった。ごめんな、ミツキ」
「ロア……」
わたしは……言いかけて、やめる。
何を、言ったらいいの。
何を言っても、正しい答えは出てこないのに。
忘れたくない。
ロアに抱きしめられた事。
恥ずかしかった、でもそれ以上に……嬉しかった。
好きな人に好きって言ってもらえたみたいで、嬉しかった。
でも……
「分かった……忘れる」
「ありがとう、ミツキ」
わたしにはそれは言えない。
この世界の人間でないわたしは、言う資格がない。
言ったら、わたしもロアも、二人で苦しむ。
再び布団にもぐりこむ。
涙がポロポロと零れた。
久しぶりに失恋をしたような状態だ。
「おやすみ……また明日」
ロアがそう言った後、ごそごそと言う音がして、何も聞こえなくなった。
わたしは、中々寝つけなかった。




