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エピローグ 下


部屋の扉をノックした。

中から母の声で、


「どうぞ」


と聞こえて来たので、遠慮なく入室した。

部屋は薄いカーテンがしてあり落ち着くほどよい明るさで、窓が開いていた為カーテンが揺れていた。

母はベッドの上に座っていた。


「えっ、ロウガ?」


母は恥ずかしそうに俯いて膝の上を見た。

膝の上で父がうずくまっていた。

母のおなかに顔をうずめて両腕で母を抱き込んでいる。

甘えている時のツキトとよく似ている姿だ。

今日、父は休暇で午後に剣術を教えてくれる予定だ。

午前中は母の元でゆっくり休んでいたようだ。


「ロア、起きて! ロア!」

「いいです、お休み中のようですし……母上に用があるので」


寝ている父を揺すり起こそうとした母を制止してベッドの近くまで歩み寄った。

父は良く寝ているようだ。


「ごめん、サラだと思って」

「声をかけてから入ればよかったですね」

「……それで、用ってなあに?」


持ってきた手帳を広げて、ペンを持った。

午前中に座学があった。その宿題みたいなものだ。


「座学の教師が宿題を出したんです」

「へえ、宿題かぁ」

「内容は自分の名前の由来について。俺の名前は母が付けたものだと聞いたので……」

「うん、そうだよ。お母さんが最初に案を出したの」

「どんな意味を込めたのですか?」

「……う~ん、ちょっと紙とペン貸して」


口では説明しにくいと言うので、持っていた手帳とペンを渡す。

大丈夫かな……母は字を書くのが恐ろしく下手だ。

異世界の文字の方に馴染みがあるらしく、読む事は出来るが書く事が難しいそうだ。


「はい」


すぐに書き終わり渡された手帳には、『狼牙』と書いてあった。


「……………なにこれ」

「あなたの名前よ。そう書いてロウガって読むの」

「異世界の、文字……?」

「漢字って言うの。お母さんの名前も漢字で書けるよ」


また母に手帳を渡すと今度は『美月』と書いた。

これでミツキって読むのか……ふ~ん。


「ロウガって名前ね……ちょっとした思い込みと言うか、勘違いがあって……」


母は俺の名前の頭文字を『ロ』にしないといけないと思い込んでいたらしい。

曽祖父からロナント、ロゼ、ロア、と来ているからと『ロ』から始まる名前を考えた。

そこで思いついたのがロウガと言う名だった。

思いついた後、父に相談したら別に頭文字を合せなくてもいいと言われ、また考え始めた時、


「レッドさんが……気に入ってしまって……」

「ロウガって名前をですか?」

「うん、意味がカッコイイ感じだから……」

「どんな意味ですか?」

「オオカミのキバって意味だよ」

「……ひいおばあ様が好きそうな名前ですね」

「ね。……中二病だよね」

「チュウニビョウ?」

「あ、ごめん……なんでもない、忘れて」


俺の名前はオオカミのキバと言う意味らしい。

グラスバルトらしい名前だなあと思いつつ、母から聞いた事を書きとめる。

決め手が曾祖母が気に入ったからなのは少し意外だった。


「母上は俺の名前、気に入ってますか」

「うん、案を出したのお母さんだし……お父さんも気に入ってたよ」

「そうですか……あ、もしかしてヒカリとツキトも異世界文字で書けるんですか?」

「書けるよ、貸して」


純粋に気になって母にまた書いてもらう。

ヒカリは『ひかり』、ツキトは『月斗』と書いてあった。


「ヒカリの方はひらがなって言うの。あえて漢字にしなかったの」

「ふぅん……確かにちょっと違いますね」


ヒカリは母が名づけて、ツキトは父が母の名を残したいと言って決まったそうだ。

確かに『美月』と『月斗』……『月』と同じ物が使われている。


「母上、ありがとうございました」


父がいるし、長居したら悪い。手帳を閉じてお礼を言うと、母はゆっくりと微笑んだ。

……あ、そう言えば。


「昨日サラが手紙を持ってましたけど、ご覧になりました?」


家出の騒ぎで忘れられてなければいいけど。

聞くと母は頷いた。


「もう返事を書いて送ったから大丈夫」

「手紙の相手って……セレナですか?」

「うん」


母付きのメイドだったセレナ。

俺がまだ生まれたばかりの時に結婚してここを出て行った。

字が下手な母と文通できる人物は限られている為、セレナじゃないかとは思っていた。

セレナは貴族と結婚し今では子供もいる立派な母親だ。


「嫁ぎ先のメイドとグラスバルトのメイドを比べてストレスが溜まってるみたい」

「えー……仕事人間が抜けてないのか」


当家のメイドと他家のメイドを比べ質の違いに落胆しているのか。

自分だったらもっと出来るのに、とストレスを溜めているのだろう。


「そう言えば、どうして家出を?」

「えっ」

「喧嘩が原因なのは分かりますけど」


難しい顔をした母と眼が合った。

本当に綺麗な青い眼をしている。


「それは……ロアが……お父さんが家を出る事を許してくれなかったから」

「いまさらその話題で喧嘩ですか?」

「だぁって、ミレイラにいっつも来てもらってて悪いなあって思ったの!」


母の外出は基本的に禁じられている。

外に出るには近くに父が居なくてはならない。

でないと父は……サラの言うように情緒不安定になるから。


「来てもらってばかりじゃ申し訳ないでしょ? だからミレイラの所に遊びに行きたいって言ったの」

「絶対に無理じゃないですか」

「酷い……これでも譲歩したんだよ? 護衛を付けて良いからって言ったのにさぁ」


母が昨日と同じく唇を尖らせている。

護衛を付けるのが駄目、と言うより……母と護衛で付くであろう騎士を同じ空間に置きたくなかったのではないだろうか。

父はすごく……母に関しては用心深い人だから。


「それで誰にも言わずに家出ですか……脱走と同じですよ」

「脱走って……わたし囚人なの……?」

「父上に捕まった囚人。無期懲役刑です」

「やめて……当てはまりすぎて怖い」


真っ青になって頭を抱えた母を見て思わず笑った。

囚人は言い過ぎだけど、セキュリティ万全なグラスバルトの敷地からよく出て行けたなと感心する。


「ミレイラ姉さんの家はどうでしたか?」


母が難しい顔をして少し黙った。

何かあったのだろうか。


「悪くは無かったよ……だけど……」

「だけど?」

「もう……行かないかも……」

「どうして?」

「う~ん……何て言うか、仰々しいって言うのかな」


馬車に隠れてそのまま外に出た母は、ミレイラ姉さんが嫁いだストレーム家に無事に辿り着けたそうだ。

そこで母は恭しく歓待されたそうだ。


「ちょっと気を使い過ぎと言うか……元帥の妻が来たー! って大騒ぎで……普通にもてなしてくれればいいのに」

「元帥の妻ともなれば仰々しいのも当たり前では?」

「そう言うものなのかな……なんかヤダ、王族じゃないんだから」

「グラスバルトは王族と近しい一族ですよ」


最近当家から王妃を輩出したし……血は近いと思う。

グラスバルトは三大貴族、他の貴族とは違うのだけど……母に自覚がないだけだ。


「他に宿題があるのでこれで」

「早めに終わらしちゃいなさい」

「午後の訓練までに終わらせまーす」


部屋から出て、手帳を胸ポケットに入れた。

最後まで父はピクリとも動かなかった。

本当に父は母の事が好きなんだなあ……

やっぱり元帥って大変なのかな。俺、元帥になれるかな。


「………」


まあいいや。考えたって不安になるだけだ。

深く考えないで日々学んでいけばきっと……




*****




自分の膝の上で寝ているロアの体を揺さぶる。

起きない。何度揺すっても起きない。


「起きてるでしょ! 分からないとでも思ってるの!?」

「……………」

「ロア?」

「……………」

「………」

「……………ちぇっ」


ちぇってそんな子供みたいな……

ロウガが部屋に入って来た時、すでにロアは起きていた。

寝たふりをして少しでも長くわたしとくっ付いていたかったんだと思う。

自分より子供を優先してほしい……

いつも仕事頑張ってるみたいだから強くは言えないのだけど。

仕事と言えば……今日は久しぶりの休暇だ。

早急に片づけないといけない案件があるって言ってた。


「重要な案件が片付いたからお休みもらえたんだよね?」

「滅茶苦茶時間がかかる上にめんどくさいやつ」

「へぇ……前にもそんな事言ってなかった?」

「地方の騎兵隊を内部からぶっ壊して再編成。編成完了するまでまともに機能しないから騎士を派遣しないといけない上に、汚職を働いた騎兵を処罰しないといけない」

「……それって、ロゼさん……?」

「他に誰が居るんだ」


わたしのお腹に顔をうずめたまま、ロアが溜息を吐いた。

ロゼは数年前に元帥を辞してこの家を出て行った。

きっかけはナタリアの死だった。

まだヒカリがお腹に居た時、ナタリアが亡くなった。

ロゼはナタリアの死を受け入れられなかったのだと思う。

あっという間に元帥を辞めて、ロアに全てを押し付けて王都から出て行った。

元帥になったばかりのロアはものすごく苦労した様で、ロゼに対して恨み言を吐いていた。

ロナントやライトの支えがあって今では立派に職務を全うしている。

ロアが元帥として一人でやっていけるようになった時、ロゼから手紙が届いた。


『騎兵長が横領をしていた。牢に入れておいた、後はよろしく頼む』


そんな内容が書いてあり、慌ててロアは現地に向かったがすでにロゼの姿は無く混乱を極めた現場だけが残っていた。

周りの人間から話を聞きまとめると、ロゼは若いふりをして騎兵隊に新兵として入隊、騎兵長が横領していると知り証拠を集めて全員の前で暴露。

騎兵長に剣を向けられたロゼは逆に相手を失神させ、自分が元帥だった事を告白し、騎士が来る少し前にに去って行った。

どうしてそんな事を? と思うが、ロゼなりの正義感に乗っ取った行動なのだろう。

少しでも気を紛らわせるためにやってるのではないかと思う。

それが一回なら良いのだけど……王都から離れるほど騎兵の質が悪いみたいで、ロゼに見つかっては壊されている。

修復するのはロアの仕事で、その度に恨み言を吐いている。


「潰す前に手紙を書いてもらうようにしてもらった。事前準備も出来るし、バタバタしないで済む」

「そう、ロゼさん元気そうだね」

「元気すぎだろ……もう少し落ち着いて欲しいよ全く」

「ふふ、良かった」

「そう言えば、近々帰って来るって言ってたな」

「えっ? そうなの? いつ?」

「母上の命日に」

「あ……そっか、もうすぐだね」


王都を逃げるように出て行ったロゼは、ナタリアの命日には必ず帰って来る。

三人の子供は可愛がってくれる。

特にヒカリはわたしに似ているけれど、ナタリアの面影が残っているので特に可愛がってくれている。

ヒカリは甘やかしてくれるロゼが大好きだ。


「……ロア?」


起き上がったロアに首を傾げる。

ロアはまだ眠そうな顔をしている。


「今度は膝に乗せたい」

「わたしを?」

「そう」

「えぇ? やだなあ、恥ずかしっわあ!」


二本の腕に捕まって、強制的に膝の上に乗った。

ロウガが言っていた囚人の二文字が浮かんだ。懲役刑……

ロアは膝の上に納まったわたしの髪に顔をうずめている。

髪切ったら駄目って言われた時は驚いたけど……これがしたかったのかな、よくやってくるし。


「……あれ? ミツキ、ペンダントは?」

「ん? あ、机の上」


リリアに貰った風の民のペンダント。

……ではなく、ロアが作った似た物だ。

最初にしていたペンダントはロゼに渡したのだけど、それ以降ロアの手元にある。

風の民は結婚の際、ペンダントを交換するなんて……

結婚指輪みたいな意味があるとは知らなかった。

ロアがやけにペンダントに固執していたから何かあるとは思っていたけれど……


「もうどこにも行くな」

「行かないよ。行っても良い事無かったから」

「もう少し仕事が落ち着いたら家族で旅行に行こう。どこに行きたい?」

「子供達にも聞かないとね」

「ミツキは?」

「わたし? わたしは……」


行きたい所、と言われて地名が思いつくはずもなく少し沈黙。

でも行きたい場所がある。


「海に行きたい」

「海? どうして?」

「わたしは島国生まれだから、海が身近だったの」

「へえ、知らなかった」

「言ってなかった?」

「うん、俺の知らないミツキが知れて嬉しい」


頬にキスされて恥ずかしくて俯く。いつまで経っても慣れない。

もう子供三人産んだのになあ。


「港町として有名な場所があるんだ。少し遠いけどとても綺麗なエメラルドグリーンの海が見れるらしい」

「わあ、綺麗だろうなあ」


沖縄の海みたいなのかな? 写真でしか見た事無いけど。


「旅行楽しみ?」

「うん! 楽しみ!」

「そっか、良かった」


ロアに体重を預ける。

窓から柔らかな風が入りカーテンを大きく揺らした。

隙間から覗いた青空に眼を細めていると、よそ見していた事を指摘された。

少しだけ不機嫌になったロアに自分から唇を重ねた。






以上で本編完結です。

ここまで読んで下さってありがとうございます。

次回から本編に入りきらなかった話を番外編として投稿していきます。

全てを投稿して本当の完結とさせていただきます。

よければお付き合いください。


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