蓋をする
町に出た。
帽子を深くかぶりなおす。
こんな目立った帽子をかぶっていても誰も気に留めないのは、同じような目隠し帽子を町の人がかぶっているからだ。
恐らくだが、日焼け防止だろう。
ロアに手を引かれ、大通りに面したお店に着いた。
お店に置いてある物で察しがついた。
女性ものの服を売っているお店だ。
「ミツキ、好きな物を買ってきていいから」
「うん」
「下着とか俺……分からないから」
何度もうなずく。
下着は何枚か余計に欲しい。
元の世界から着ている下着一枚だと不便なのだ。
今までは……その一枚を夜に洗濯して乾かし、毎日着ていた。
そう、寝る時は履いてなかったのだ。
ぅん?
あれ? なんだか……そこはかとなく、ふしだらでは?
隣にロアが寝てたのに?
いや、でも……
仕方なかったんだよ……ばれてないから問題ないし……
わたしは、何処か遠くを見た。
ロアから銅貨数枚に銀貨を一枚渡される。
「足りなかったら言って」
「うん」
「店の外で待ってるから」
「分かった、ありがとう」
店の中に入った。
真っ直ぐ下着売り場に直行する。
下着の形は元の世界の物とそう大差なかった。
よかった。付け方分からなくて混乱せずにすみそう。
こればっかりはロアに聞けないから。
服はロアが買って来てくれたものと似たようなものを追加で数枚買った。
この服の着心地が良かったからだ。
全部で銀貨一枚ほどだった。
店を出る。
これで下着をつけて寝る事が出来る。
「ロア、ただいま」
「おかえり……なんだか嬉しそうだな」
「えへへ……うん」
ロアに使わなかった銅貨を返し、次の店に向かう。
魔法具のお店だ。
ロアは品物を物色し、よさげなものを数点買っていた。
何に使われるのか形状からは想像がつかない。
取り敢えず便利な物なのだろう。
次に保存食を買いに食品を扱うお店へ。
干し肉など日持ちする物数点を沢山購入。
途中、お昼になったのでパンを買って部屋に戻って食べた。
話し合いで出発は明日早朝に決まった。
「馬を借りに行こう」
「馬って……借りられるんですか?」
「ああ」
馬貸し家と言うのがあるらしい。
次の街に着くまで馬を貸してくれるサービスのようだ。
買うよりは安いので利用する人は多い。
早速宿を出て、向かう。
大きな馬小屋が有って、沢山の馬たちが干し草を食べていた。
「ちょっと待ってて」
「うん」
ロアが奥に行ってしまった。
暇なので馬たちを観察する。
黒、茶、白、と綺麗な毛並みの馬。
瞳は茶色、黒が多かったが、赤緑青のものもいた。
多分、魔力を持ってる馬の方が借りるのに多くお金がかかるのだろう。
馬って、テレビか動物園でしか見た事なかったけど……案外可愛い顔してるな。
馬をじっと観察する。
「ミツキ」
ロアが手招きするので駆け寄る。
「なに?」
「この馬なんかどうかな」
白い毛並みの茶色の眼の馬だ。
立ち姿はどこか気品漂う。
「綺麗な子だね」
首のあたりを撫でる。馬は気持ちよさそうに目を細めた。
その様子を見ていたロアは、店員にこの子にする旨を伝えた。
「カナトラまでですね、えー料金は……こちらになります」
料金は前払いなようだ。
それに借りる時に少し多く払い、返す時に戻ってくるシステム。
じゃないと乗り逃げされてしまうからのようだ。
ロアは納得して料金を支払っていた。
店員に早朝に馬を取りに行くことを伝え、来た道を戻って行く。
ちゃくちゃくと旅に出る準備を整えていく。
「あとやる事と言えば……」
「うーん……あっ、ロア!」
絵本返さなきゃ!
あれは図書館からの借り物だったはずだ。
「あー……そっかそっか」
「残りの二冊、今日中に読むね」
絵本だし、それほど時間はかからないだろう。
大通りを宿に向かって歩いていると、
「あ……いい匂い」
肉を串で刺して焼いているものだ。
美味しそうだ。
何も言わずに見ていると、ロアが察してか買ってくれた。
ちゃっかり自分の分も買っている。
「ありがとう、ロア」
「俺も食べてみたかったし、大丈夫」
味付けは塩と胡椒。
シンプルな味付けで肉本来のうまみを強く感じる。
これ、多分鹿肉だ。野性味が強い。じっくり味わう。
「おいひい」
「美味いな」
ロアと一緒に舌鼓を打っている時だった。
強い風が、通りを駆け抜けた。
草原の風と同じ、心地よい風だ。
「……あ!」
目隠し兼帽子が風に攫われてしまった。
咄嗟に押さえようとしたが遅かった。
まずい! 眼が!
前方に飛んで行ってしまった帽子を、あわててロアが空中で掴む。
すごい反射神経だ。
「ロアっ」
ぼふりと大分乱暴に帽子をかぶらされる。
ロア……怒ってるのかな。
ちらりとロアを見ると、周りを警戒しているようだった。
いつもと違う、険しい表情だ。
「行くぞ」
強めに手を引かれ、早足にその場を後にする。
ロア、やっぱり怒ってるのかな。
わたしがどんくさいばっかりに。
泣きたくなってきた。
ロアに見放されたらわたし……っ、どうしたら。
ぐるぐるぐる、悪い事ばかりが頭をよぎる。
宿に戻ってきた。
「ごめんなさい、ロア」
部屋で二人きりになったが、ロアの表情は硬い。
「大丈夫だ、誰にも見られてなければいいが」
目に涙が滲んできた。
体が震える。
「ぅっ、ごめんなさい……」
眼を晒すのは自殺と同じだって、言ってたし。
とても危なかったのだろう。
「ミツキ……!」
泣いているわたしに気が付いたロアがすまなそうな顔をして、わたしの隣に来る。
「泣く事ないだろ」
「だってロア、怖い顔してる」
「それは、ミツキに対してじゃないから、な?」
ロアの指先がわたしの涙を拭う。
「ごめんな」
「……ロア」
「もし何かあっても、俺が守るから」
ドキ。
心臓が高鳴る。
そんなの、漫画でしか見た事ない、言われてみたい女の子憧れのセリフ……
まさか、片思い中の人に言われるだなんて。
ロアが近付いてくる。
えっ!? えぇっ!?
「ろ、ろあっ」
「ごめん、ミツキ」
な、何!? 何が起きてるの!?
パニックを起こしつつあるわたしの脳は、ロアに抱きしめられている事にしばらく気が付かなかった。
熱で脳がおかしくなる。
涙はすっかり引っ込んでいる。
「ろあっ」
非難するようにロアを呼ぶと、ばつが悪そうに離れて行く。
「ごめん、嫌だったよな……もうしないから」
「……ロア?」
「ごめんミツキ」
わたしは聞きたかった。
なんで、こんなことしたの?
抱きしめたりしたの?
もしかして、わたしの事……
……いや、それはない。
あれはただ、わたしを落ち着かせるためにやった事だ。
身の程をわきまえろ。
別の世界の人間であるわたしが、この人とどうにかなる訳がない。
どうにもならないのだ。
「俺、買い忘れたものがあるから……」
ロアはそう言って踵を返し、部屋を出て行ってしまった。
ぽつりと一人、部屋に残る。
別に嫌ではなかった。
むしろ、嬉しかった。
そう言えば良かっただろうか。
ロア、大好きだよって……言えば良かったのだろうか。
冷静になって思い出す。
あの時のロアの顔は、赤かった。
言えば良かった?
でもわたしは、ここにずっといられないから。
気持ちに蓋をして、紛らわすように絵本を手に取った。




