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エピローグ 中


曾祖母の訓練を受け終えて屋敷に向かう。

ためになる事ばかりだった……教え方もすごく上手い、さすが元教官。

少し気になるのは魔法の訓練なのに剣を思いっきり振らされた事だろうか。

持って行った木刀は二本とも壊れてしまうぐらいハードだった。

疲れたし汗もかいた……午後は座学だったはずだから、体は休めるだろう。

曾祖母は訓練が終わった後、用事があるとかですぐに出て行った。

ひいおばあ様もひいおじい様も二人して忙しいのか。


「ふぅ」


屋敷の中に入って息を吐いた。

外の日差しが遮られて心地よい。


「あ、おじさん」


話が終わったのか、スーリアおじさんと母が玄関に向かってくる。

母の目尻が上がった。


「コラ! おじさんはないでしょう!」

「あぁあ、いいよいいよ……おじさんだし……」

「すみません」


母は言いながら俺の頭を掴んで無理矢理頭を下げさせた。

母を前におじさん発言は駄目だったか……覚えておこう。


「今日はありがとう、突然来ちゃって……おかげでいい案が出そうだよ」

「それは良かったです」

「ミツキちゃんの世界は長距離移動となると車が必須ってことだよね」

「本当に遠いと電車とか飛行機とかが一般的ですね」

「な、なんだいそれは……! 車よりすごいのかい!?」

「す……すごいのかなあ……?」


滅茶苦茶食い付いて来たおじさんに、母が困った顔を浮かべる。

デンシャ? ヒコウキ? 聞き慣れない単語だ。


「ごめん、詳しく聞きたいけど予定があって……」

「いつでもいらして下さい。わたしはいつでもここに居ますから」

「今度来る時は手紙を出すよ。いきなりは来ないようにする……今日は本当にごめん」


おじさんは慌てながら外に出て馬車に乗って去って行った。

ああ見えておじさんは忙しい人だ。

母と二人で見送った後、昼食を取るために食堂に向かう。

食堂にはすでにヒカリとツキトの姿があった。


「むむむ……」

「ヒカリ様、違います。以前教えたはずです」

「こう……だったかしら」

「違います」


ヒカリは礼儀作法の教師監修の元、食事を取っていた。

物凄く食べずらそうだ。

ツキトはと言うと、作法も何も無い……ぐちゃぐちゃにして食べている。

まだフォークが上手く使えないようで汚れた手で服に触り、メリエールが小さな悲鳴を上げた。

そろそろ礼儀作法を教えないといけないだろう。

母が溜息を吐いた。


「ツキト……またそんな風に食べて……」

「ははうえー」

「ちょっ、手を洗って!」

「えー? ……めりー」

「手を洗いに行きましょう、坊ちゃ……ちょ、まっ……あぁー!」


汚れたツキトの手がメリエールのメイド服をしっかりと掴んだ。

メリエールが真っ青になった。

確か……メリエールはまだ下級メイド扱いで服は自分で洗うんだったかな……


「ごめんなさいメリエール」

「いえ……だい、じょうぶ、です……お気になさらず、奥様……」

「めりー、おててあらう」

「お食事は、もうだいじょうぶ……ですか……?」

「んー、おなかいっぱい!」

「それは良かったです……よかった、です……」


意気消沈したメリエールと一緒にツキトが部屋を出て行った。

ツキトの食べ残しは他のメイドが片づけた。


「思い出したっ! こうでしょう!」

「思い出されたのですね、お嬢様」


食事のマナーを思い出したヒカリが胸を張った。

最初からそうしろよとは誰も言わない。

席は大体決まっているので座る。

少し離れた席に母が座ると、サラが母に箸を渡した。

箸で食事ができるのは母だけだ。

よくあれで食べられるなあとつくづく思う。


「ロウガ、一緒に食べようか」

「はい、母上」


天からの恵みに感謝して、母と一緒に食事を取った。

珍しく父と喧嘩をしている母は少しだけ元気がなさそうだった。




*****




午後の座学の授業を終えて、廊下を歩いていた。

外を見ると日が傾き始めていた。

庭に出て背筋を伸ばし一息ついた。

木刀でも振ってようかな……魔法は大人が居ないと使っちゃ駄目だし。

倉庫に向かっていると母が誰かとお茶を楽しんでいるのが遠くに見えた。

小さな丸テーブルを挟み、対面に女性が座っている。


「こんにちは」


気になって挨拶をすると、女性はにこやかな笑みを浮かべた。


「なんだ、ミレイラ姉さんだったか」

「こんにちはロウガ。日に日に立派に成長していくわね」

「成長期ですから」


ミレイラ姉さんは父の従姉妹にあたり、母の数少ない友人だ。

魔力を持っていて碌に抵抗できない母はこの屋敷から出る事を父が禁じている。

ミレイラ姉さんも魔力を持っているけど……この人は抵抗出来てしまう人だから自由に出かけているみたいだ。


「本当に立派だわ……それに比べてうちの子達は……」

「そうですか? 比べるものでは無いと思いますけど……」


ミレイラ姉さんは結婚していて子供もいる。

俺とそう年は変わらないが……比べるものでも無い気がする。

適当に話を切り上げて自己練習するために倉庫に向かった。


「……?」


母の表情が少し暗い気がしたが、この時は全く気にも止めなかった。




*****




一心不乱に木刀を振っていると、サラが慌てた様子で駆け寄って来た。

その手には手紙を持っている。


「坊ちゃま、ミツキ様をご存じありませんか?」

「母上ならミレイラ姉さんとお茶をしていましたけど」

「ミレイラ様は先程お帰りになられました。お部屋を探したのですがいらっしゃらないので困ってしまって……」

「ヒカリかツキトと一緒に居ませんか?」

「それがいらっしゃらなくて……」


俺の所に来るまでに二人の所に行ったが居なかったようだ。

部屋にも居なかった……う~ん……


「父の部屋は?」

「めぼしい所は確認したのですが……」

「居ないのか……う~ん……分かった、俺も一緒に探すよ」


母が居なくなるなんて今まで無かった。

もしかしたら連れ去られたのかもしれないとサラが顔を青くしている。

当家の防犯対策は万全だから、誰かが侵入してきたとは考えにくいけど……

屋敷に戻ってまずはいつもいる部屋を巡る。

母の部屋、居ない。父の部屋、居ない。ヒカリの部屋、居ない。ツキトの部屋、居ない……俺の部屋にも居ない。

サラに手伝ってもらい多すぎる部屋を一つずつ確認して行く事にした。


「居ましたか?」

「いや……どこにも」


探す事に疲れて外を見るとすでに夕方。

二人で探すのに限界を感じ、メイドと執事総出で母を探す。

しかし、どこにもいない。

サラが青い顔で夕陽を見上げる。


「サラ、大丈夫か」

「旦那様が帰って来る……でもミツキ様が居ない……」


母はいつも父が帰って来る時にお出迎えをしている。

よほど遅い帰りでもない限り、母は玄関で父と再会するのだ。


「今日は父上の帰宅が遅いかもしれないし、もう少し探そう」

「………」


青い顔のまま母の名を呼びながらサラが走る。


「ミツキさまー!!!」

「母上! どこですか!!!」

「ミツキさま! 旦那様がお帰りです! 出て来てください!」


返事は無い。

使用人達を巻き込んで母を大声で探した為、ヒカリとツキトも母が居ない事に気が付いた。


「おかあさまー! あかあさまー! ……どこに行ってしまったのでしょう?」

「めりー、ははうえどこ?」

「えーと……きっとかくれんぼしていらっしゃるんです。一緒に探しましょう」

「うん! さがす!」


ツキトだけがニコニコしているが、他は青い顔をしている。

特に当家に勤めて長い使用人ほど焦った顔をしている。


「坊ちゃま!!!」

「っ! なんだ、驚かせるなよ」

「す、すみません……」


サラの表情がどんどん壊れていく。

今は泣きそうな表情を浮かべている。


「魔力可視でミツキ様を探してもらえないでしょうか」

「でも……勝手に使う事は禁止されているから……」

「緊急事態です! 責任は私が持ちます! お願いします坊ちゃま!!!」


勝手に使うと怒られるんだよね……子供の頃は眼に負担がかかるとかで。

だけどサラの言うとおり緊急事態だから……仕方ない。


「分かった、ちょっと待って」

「ありがとうございます!」


サラが眼に涙を浮かべて感激している。

そんなに? 母が敷地内から出た形跡はない。出るには門を通らなくちゃいけないから門番が見ているはず。

そのうち出てくるんじゃないかと思ってるんだけど。


「サラが最後に母上を見たのってどこ?」

「えーと……ミレイラ様とお茶をしていた時ですね」

「じゃあそこから辿ろう」


早速二人で外に出て、茶会を開催していた場所へ。

出されてあった机も椅子も片づけあってすでに無い。

魔力可視で魔力痕を見る。


「んー……」


この青いのが母で……こっちの強い緑がミレイラ姉さん。

二人はここで会話をしていて……玄関へ向かって行く。

きっと母はミレイラ姉さんを見送ったはず。

玄関まで戻って来た。

母の魔力は……屋敷の中に入った形跡が無い。


「……はあ?」


玄関の真ん前、さっきまでよりも高い位置に母とミレイラ姉さんの魔力がある。

その魔力はスー、っと森へ……門の方へ向かっている。


「………」

「坊ちゃま? いかがですか?」

「連れ去られた……? いや、でも……」


母の魔力はミレイラ姉さんの魔力と一緒に移動している。

少し高い位置に魔力があるって事は……


「坊ちゃま? 何か分かりましたか?」


森の方を指差した。


「ミレイラ姉さんと馬車に乗って出て行った」


少し高い位置に居るのは馬車に乗ったからだろう。

姉さんの馬車の中を門番が調べるはずもない。

母は馬車の中に身を隠し、そのまま出て行ったんだと思う。

サラが今日一番の強張った顔を晒す。


「じゃあ、今ミツキ様は屋敷に居ない……?」

「多分ミレイラ姉さんと一緒に居ると思う」

「なんてこと……! は、早く迎えに行かないと…………あっ!」


サラが耳に手を当てた。

メイド達は耳に魔法具を付けている。

対でベル型の魔法具があって、耳に装着している魔法具はその音を拾う。

この時間帯にベルの音が聞こえた……と、言う事は……


「旦那様が帰って来る……!」


門番のベルの音が聞こえたようでサラの顔色が一層悪くなる。

父が馬車に乗る事は少ない。空を鳥のように飛んでいくのを門番が見てベルを鳴らす事が多い。

つまり父は……


「ロウガ? 玄関で何してるんだ」

「あっ、父上……おかえりなさい」

「……? ただいま」


空から無事に着地した父が、震え始めたサラを見て首を傾げる。

母は恐らくミレイラ姉さんに頼んで家出をした。

原因はやっぱり……今日の喧嘩だろう。

喧嘩の内容は知らないが、母はつんとして機嫌が悪かった。

父も喧嘩を思い出したのか溜息を吐いた。


「父上、母上と喧嘩しましたか?」

「ん? ……まあ、そうだな」

「何が原因ですか?」

「………」


父が渋い顔をして黙った。

じっと見上げていると、仕方なく言った感じで答えてくれた。


「大人の事情だ」

「………」


絶対、父が我が儘を言った。

無理を言われたから母は出て行ったのだ。

父が玄関の扉を開け、母が居ない事に肩を落とした。


「ミツキ……まだ怒ってるのか……」


サラに視線を送る。

まだ父は母が居ない事に気が付いていない。

この場は何とかごまかして、少し時間を作り母を連れ戻しに行こう。

当家の敷地にある森の一部だけ若い木だけが生えている場所がある。

父と母が結婚前、母が突然居なくなった際に吹き飛ばしたそうだ。

同じことをするとは思えないが、父には母が必要だ。


「サラ、ミツキはどこに居る」

「えっ! あっ、あ……」

「……サラ?」

「えっと……ミツキ様はまだ旦那様に会いたくないそうで……」

「はあ……謝りに行く、どこに」

「ち、父上!」

「なんだ」

「今日、ひいおばあ様に魔法の訓練をつけてもらいました! 今度成果を見てもらってもいいでしょうか!」

「ああ、また今度な。それでミツキは」

「座学で分からない所があるんです! 教えてくれませんか!?」

「………少しだけなら時間を取るが」


玄関から中に入ろうとする父を尻目にサラに目配せする。

『なんとかして時間を稼ぐ、サラは迎えに行く準備を』

サラは右手を握りしめ、力強く頷いた。

『承知しました! お任せを!』

しかし甘かった。

俺達の計画は穴だらけだった。


「っ! なんだ……?」

「お父様!」

「ヒカリ、廊下は走ってはいけないと何度も言っているだろう」


ヒカリが父に突撃して来た。

父は難なくヒカリを受け止めて忠告するが、ヒカリは必死な顔で訴えた。


「お母様がどこにもいないの! さっきからずっと探してるのに!」

「………は?」


まずいと飛び出し、父とヒカリの間に割って入る。


「母上はきっとお手洗いか何かです! ちょっと姿が見えないだけで」

「何を言うのお兄様! くたくたになるぐらいずっと探しているのに! 使用人皆で探してもどこにも」

「やめろヒカリ! それ以上……」


ふと、父を見ると呆気にとられた表情をしていた。

俺とヒカリを一度だけ視界に居れた後、


「ミツキが居ない……ミツキが……」

「父上……?」

「屋敷に居ない……どこに……」

「父上」

「迎えに行かないと……連れ去られる……ミツキ!」

「落ち着いてください!」


父は母の名を叫んでまた外に出た。その後を付いて行くと、宙に視線を彷徨わせている父の姿があった。

俺と同じく、魔力を見ているようだ。

父が一点を見つめ始めた。

母の魔力が続いている方向を見て、固まっている。

父の行動を固唾をのんで見守っていると、愉快な鼻歌が聞こえてきた。


「ふふんふーん……あ! ちちうえー! おかえりなしゃい!」

「旦那様、お帰りなさいませ」


ツキトとメリエールが玄関から顔を出した。

ニコニコ笑顔のツキトが笑いながら話し続ける。


「ははうえ、いないいないーしてるの」

「……」

「どっかいっちゃった! えへへへ」

「おい、ツキト……」

「みつかんないのー。かみさま、つれていっちゃった?」


かくれんぼで見つからない人の事を神隠しに合うなんて表現を使う事がある。

神様に気に入られて連れて行かれた、と。

ツキトがそう言った瞬間、父が叫んだ。

悲鳴交じりの絶叫に手で耳を塞ぐ。空気の振動でびりびりと体が痺れる。

咆哮の途中、突風が吹いて思わず眼を閉じた。


「うっ……………え?」


眼を開けると、父の姿が無かった。

父が居た場所にクレーターが残っていた。

どんな力で跳べばこんな事になるのか想像もつかない。

父は母を迎えに行ったのだろう。


「……取り敢えず、何にも壊されなくて良かったです」

「サラ……父上はもうそんな事しないと思うが」

「あれから10年以上経ちますが……私は未だに怖いですよ。凄かったんですから!」


父が森を吹き飛ばし焼き払った時、サラは屋敷に居た。

強力な魔法が放たれ、屋敷が大きく揺れ、爆音が聞こえた。

母に会えない、それだけで壊れる父がとても恐ろしいとサラが言った。

逆に言えば母さえ居れば父は何も恐ろしい事などしないのだが。


「あー……」


父が飛んだであろう空を見上げた。

真っ赤な空を鳥が数羽飛んでいる。

父なら母をたやすく見つけて帰って来るだろうと玄関に集まった皆に言って別れた。

先に子供だけで食事を取って、自分の部屋からぼんやりと玄関の方を眺めた。

もうすぐ太陽が沈む。

僅かな光源の中、ようやく父と母が帰って来た。

父は母の事を抱きかかえて悠々と歩いている。

家出をした母の事が気になって玄関に向かったが、すでに姿は無く後を追いかけると途中でサラに捕まった。


「この先はしばらく立ち入り禁止です」

「母上に会いたいだけなんだが……どうして?」

「……大人の事情です!」

「?」


サラが何故か赤い顔をしている。

大人の事情か……俺にはまだ早いって事か。

仕方ない、部屋に戻るか。

戻る途中、ヒカリとすれ違ったので母とはまだ会えないと伝えたら残念そうな表情になった。

ヒカリなりに母を心配していたようだ。

結局、その日のうちに母とは会えなかったが、次の日に母は何食わぬ顔で父と一緒に朝食を取っていた。

昨日の家出など無かったかのようだった。

父と無事に仲直り出来たのだろうと安心して息を吐いた。


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