拒絶
夕方、黙々と魔法の練習をしていた。
セレナがあまり外に出るのは良くないと助言をくれたが、それを隣で聞いていたルクスが、一緒に練習しようと言ってくれた。
ワイドナ家に来て四日。
すでにロナントは帰って来ており、現在はサインが偽物であると証明するために忙しく動いている。
具体的に言うと眷属協議が行われなかった事やその場にロナントが居なかった証明をする事、らしい。
もうすぐ帰れるよ、とライトが優しい笑顔で言ってくれた。
ルクスの話ではもうすぐミレイラが学園から帰って来るそうだ。
わたしがここに来てから護衛にとずっとミレイラが学園を休んで付いていてくれた。
ミレイラは風の高位魔力保持者で攻撃魔法をバンバン使う実力者。
保守派に何かされるかもしれないとそばに居てくれた。
学園の方はいいの? と聞くと、繋がりを作る場であって学ぶ物は何も無いと冷たく言われた。数日休むぐらいなんてこと無いようだ。
今日はルクスが休暇の日だったので、行きたくない! と言いながらミレイラは渋々学園に向かった。
「えいっ!」
野球のボールぐらいの大きさの水球を複数、木に向かってばちゃばちゃぶつける。
大きさは思った通りに変えられるし、複数個作って勢いよくぶつける事も出来るようになった。
ぐっしょりと濡れてしまった一本の木を眺めながら、これでも自分の事を守る事は出来ないんだろうな……どうしたら守れるようになるだろうか……と、ぼんやり考える。
水球をぶつけるだけじゃただの目くらましだしなあ。
「ルクスさん」
隣で型の練習をしていたルクスに声をかける。
ちなみにセレナは屋敷の方でワイドナ家のメイドと話をしているのでここには居ない。
「どうした?」
「あの、水魔力を持った騎士っていますよね……?」
「いるけど、それがどうかしたのか?」
「水の攻撃魔法って、どんな感じですか?」
火は燃やす事が出来るし、風は切り裂く事が出来るし……じゃあ、水は?
わたしだと一度に沢山の量の水を作るのにも苦労する……
「水の攻撃魔法か……なんと説明すればいいか……」
説明が難しいものなの?
考え込み始めたルクスを見つめる。
「水って寒い所に持って行くと氷になるだろ」
「冷えて氷になりますね」
「応用魔法に近いのだけど……」
魔力で作った水の温度を変え、氷にして敵に飛ばす。
水魔力を持っている人達の基本的な戦い方だそうだ。
「温度を変えるって……そんなこと出来るんですか?」
「中には熱湯を水球にしてぶつけるとか」
「ひぃ……想像したら鳥肌が……」
「頭使うし応用が多い属性さ、回復魔法と相性が一番良いのも特徴で」
「回復魔法! わたしも使えるようになるかな……?」
「えっ、う~ん………難しいかもね……」
相性は良いけど回復魔法は沢山の魔力を使うから魔力量が中位だと無理みたいだ。
自分の怪我ぐらいロアの手を借りずに治したいのだけど……難しいのか。
「ありがとうルクスさん。氷か熱湯を作ってみるよ!」
「得意な方を練習しておくといいよ」
「分かった!」
先に熱湯を作ろうと水球を作り、魔力を練っていく。
う~ん……温度をあげるにはどうすればいいかな……?
すぐに沸騰させるには火にかけるのが一般的だけど……う~ん。
あっそうだ。母はよくポットのお湯が少し足りないって言ってコップに水を入れて電子レンジで沸騰させてた。
電子レンジって今思うとすごかったんだなあ……すぐに温まるし、火は使わないから安全だし。
そうだ! 電子レンジみたいに細かく振動させれば魔法でも熱湯が作れるかな?
よし、試しにやってみよう!
「えっと……こう……」
しばらく魔力を送り続けると、水球からぼこぼこと泡が出始めた。
やがて湯気が出始めた。沸騰……してるんだよね? 今、水温何度だろう?
気になって人差し指で触れてみた。
「………あっつ!!!」
熱さに驚いて魔力が途切れてしまい、沸騰させた水球が地面に落ちた。
火傷をしたであろう人差し指に何度も息を吹いて、ひりひりがおさまらないので口に含んだ。
それから思いついたように水球を作ってその中に人差し指を入れた。
「……大丈夫か?」
「うん……大丈夫、ちょっと火傷しただけ」
「ちょっと見せて」
ルクスに濡れている指を見せた。
「痛むか?」
「ひりひりするだけ。痛くないよ」
「火傷は痕が残りやすいんだ。回復魔法をかけるから」
「えっ! そんな大げさだよ」
「……ミツキさんに傷をつけてロアに返す事が大げさではないと?」
それ以上、何も言えなくなった。
素直にお願いしますと頷いておく。
確かに怪我をしていたらロアがうるさそうだ。
「そう言えばロアは元気にしてる?」
騎士隊には出てるからルクスは会っているだろうと気まぐれに聞く。
ルクスの瞼がぴくりと動いた。
火傷をした指先が温かくなった。回復魔法をかけてくれているようだ。
「ロアは………元気だと思うけど」
「騎士隊で会ってないの?」
「い、いやその……1番隊と3番隊って距離があるしそこまで頻繁には……」
部隊が違うからあんまり会ったりしないのか。
まだこっちに来てからそこまで日が経った訳では無いし、元気に決まってるよね。
「ひゃっ!」
強い突風が吹いて、よろめくとルクスが支えてくれた。
「大丈夫?」
「……うん、ごめんありがとう」
支えられた関係でルクスとの距離が近い。
見上げると金の髪が風に揺られていてとっても綺麗だった。
父親のライトに似ているから、ロアよりも綺麗顔立ちをしている。
王子様っぽいって言ったらいいの? まあ、実際ルクスの従兄弟は王子様なんだろうけど。
そう言えば、さっきの風は何だったんだろう?
あんなに強い風、こっちに来てから感じた事無かった。
ただのつむじ風だったんだろうか。
「………」
「……? ルクスさん、どうしました?」
ルクスが何度も体を短く引きつらせ、林の方を見つめている。
「嫌な予感がする……ミツキさん俺から離れないで」
「う、うん……分かった」
保守派の人? だとしたら怖い。ルクスに密着する。
さっきの突風は前触れだったのかな? それとも……
やがてガサガサと落ち葉を踏みしめ走る音が聞こえた。どんどん近付いてくる!
滅茶苦茶怖い! ホラーとか大っ嫌い! ルクスにしがみ付いた。
「ひぃ」
ルクスも剣を抜いて臨戦態勢。
何が来るって言うの!?
やがて、木々の間から一人の人間が顔を出した。
その人物と完全に眼が合った。
「ロア!」
なんだ良かった、ロアだったのか! 怯えて損した!
さっきの突風はロアが魔法で飛んできた際の余波だったのかな?
「……? ロア?」
ロアは唖然とした表情でわたしの方を見ている。
その場から動く気配がない。
「うわっ、やば!」
ルクスが飛び退いて、わたしから離れた。
……あ………そうか、抱き合っているように見えていたのだろう。
実際、抱き合ってたみたいなものだし。
「ロア! 良かった、元気そうで」
久しぶりに逢えた喜びから笑顔で、動かず険しい顔つきのロアに駆け寄る。
「ロア……?」
なんの反応も示さないロアに不安になって足が止まる。
瞳を覗き込んだ。何も映さない虚ろな瞳だった。
「ロア、どうしたの……?」
「………」
「ねえ、ロア」
少しずつ近付いて、いつもと同じように手に触れた。
「……え?」
気が付くと尻餅をついていた。
状況が理解できなくてロアを見上げる。
わたし……ロアに振り払われた……?
今までそんな事、無かったのに。
「ミツキさん! 大丈夫?」
「………あ……うん……」
茫然とロアを見上げていると、ルクスが慌てて背中を支えてくれた。
ロアは自分のしたことが信じられなかったようで何度も振り払った手とわたしを見た。
戸惑うロアをルクスが睨んだ。
「ロア、どういうつもりだ! 怪我をしたらどうするつもりだったんだ!」
「違う……そんな、つもりは……」
「ならどういうつもりだったんだ!」
ルクスがロアの肩を強く押し、ロアは後ろによろめいた。
ロアは何も言わなかった。
ただずっと、ルクスでは無くわたしを見ていた。
「お前が色々と抱え込んでるのは知ってる。庭と森を焼いた事も」
「………」
「お前が出て来たって事は問題は解決したって事なんだろ」
「……そうだ……だから……迎えに来たんだ……」
「今のお前にミツキさんは預けられない。もう少し預かる」
静かにわたしを見つめていたロアがルクスを睨んだ。
「女性に暴力を振る奴は信用できない」
「俺の邪魔をするのか!」
「鏡で自分の顔を見ろ! 飢えた獣だ、そんな奴に預けられるか!」
ルクスに行こうと言われ、手を借りて立ち上がる。
屋敷に戻る為、ルクスが離れていく。わたしは迷った。
確かに今のロアの状態は普通では無い。眼は虚ろだし、ピリピリした空気を纏っている。
ロアが落ち着くのを待った方が良いと思う……だけど……
「ロア」
「………ミツキ」
「もう帰っても大丈夫なんだよね?」
「ああ……あいつらは追い出したから……」
「じゃあ、帰ろう。一緒に」
意識して笑顔を作る。
理由は知らないけどロアがつらいなら一緒に居てあげたい。
振り払われてびっくりしたけど、ロアはロアだから不安は無い。
「……許してくれるのか」
「なにを?」
「お前に暴力を……」
「怪我もないし、そもそも怒ってないよ」
暴力を振るわれたとは思ってない。振り払われた、とは思ったけど。
改めて手を繋いだ。今度は振り払われなかった。
「いつも……思うんだ……」
ロアが俯きながら語り始めた。
小さな声だったので耳を澄ます。
「ミツキは……他の奴と一緒になった方がいいんじゃないか、って……」
「……え……?」
なに? どういう意味……?
困惑しながら見上げる。
「ワイドナ家は楽しかったか……?」
「え? うん、楽しかったよ。ミレイラとお喋りしたり、ルクスさんもライトさんも良くしてくれたから」
「そうか……ああ……分かった」
ロアは今度はゆっくりわたしの手を引きはがした。
「ロア……?」
ロアは何も言わない。だた苦しそうな表情を浮かべて、耐えていた。
「もう俺が居なくても大丈夫なんだな……」
「え……?」
背を向けてロアが走り出す。
困惑して名前を呼ぶが、返事は無い。
慌てて追いかけるけど、追いつけるはずもなかった。
「待って! 待ってロア!」
落ち葉に足を取られ、なかなか前に進めない。
転びそうになった時、一度だけ振り向いたから名前を呼んだ。
でも再び離れていく。
「ロア! お願い待って!」
「付いて来るな!」
「ロア、どうして……!」
「もう……考えたくないんだ!」
「待って……!」
落ち葉を巻き上げながらロアが飛んだ。
吹いた突風に思わず眼を閉じた。
「……ロア、どうしちゃったの……?」
眼を開けるとすでにロアの姿は無かった。
舞い上がった落ち葉がふわふわと落ちて来るだけだった。
「ミツキさん!」
「……ロア……なんで……」
ロアに拒否された。今までそんな事無かったのに。
勝手に涙が溢れて来た。ロアに嫌われちゃったのかな……ルクスと仲良くしてたから? いつもは間に入って来て睨むだけだったのに……
一緒に帰ろうって言ったのに。
「ロア……うっ、うぅ……」
「ミツキさん……? 大丈夫……?」
「うわぁああぁん!」
久しぶりに逢えたのに! 嬉しかったのに! 酷いよ!
ルクスがわたしの泣き声にぎょっとしている。
「ロアのバカ! バカバカバカ!」
「ミツキさん落ち着いて」
「付いて来るなってなに!? 考えたくないってなに!? いみわかんない! ちゃんと説明してよお! わたしバカなんだからわかんないよお!」
手ごろな木をぽこぽこ殴った。木は微動だにしない上に手だけが痛い。
大声で騒いで泣き続けて、最終的にはルクスに引っ張って屋敷の方に連れて行かれた。
「ミツキさん、その……」
「ぐす……ずびっ」
「取り敢えずハンカチ……はい」
ハンカチで涙を拭って縁側に二人で座った。
わたしが少し落ち着くのを待ってからルクスが話し始めた。
「ロアの奴さ……ミツキさんがこっちに来てから様子がおかしいんだ」
「だからってあんなの酷いよ……」
「地震、覚えてる? 家に来て最初の日、地面が揺れただろ」
「……うん、覚えてる、けど」
「あれ、ロアが原因なんだ」
……え? ロアが地震の原因?
人間が地震なんて……と思ったが、魔法を使えば出来ちゃうのかな……
「ミツキさんを外に出す事を決めた元帥に反発して強力な魔法を放ったらしくて……」
「それ……ロゼさんは大丈夫だったんですか?」
「元帥は無事だったよ。ただ……ロアは王都を破壊するつもりで放ったらしくって、問題が解決するまで家で謹慎だったんだ」
「王都を破壊……!? 謹慎……!?」
わたしを外に出したロゼに剣を向けて王都を破壊しようとした。
ドラゴンみたいな生き物を作ったらしいとルクスが言って、まさかあのドラゴンをロゼに向けたのか!? どうしてそこまで……とロアを問いただしたい気持ちになる。
魔法を受け止めたロゼがドラゴンを押し留めて、被害はグラスバルト家の敷地の中におさまったみたいだけど……
「わたしが何も言わずに出て行ったから……?」
「ミツキさん……」
「わたしのせいで多くの人が傷ついてしまったかも知れないんですよね……?」
「違う! ミツキさんじゃない! ロアが……あいつが……!」
「わたしが、悪いんです……ロアの性格を知っているはずだったのに……あの時だってきちんと話していれば……」
ワイドナ家に行くってきちんと言っていれば、ロアは街を破壊しようとしなかったはず。それに謹慎だってされずにすんだ。
きっとロアは悲しい思いをしたんだ。
「ロア……ごめんね……」
直接謝りたいのに、ロアは今ここには居ない。
ルクスが不安な表情を浮かべている。
「今晩は泊まって、頭を冷やした方が良い……良くない方に向かってしまうかもしれないから」
「………」
「ロアだって明日になれば謝りに来るさ。ね?」
「……うん、ルクスさん、ありがとう」
空に浮かぶ夕陽を見上げた。
ロア……ロアは一体、何を考えていたの?
もう考えたくない、って……何を考えたくないのだろう……?
わたしをそばに置いておきたいっていつも言ってたのに、どうして突き放したの?
ロアの気持ちが知りたい……そばに居たいよ……
ボロボロと泣いていると、ミレイラが馬車で帰って来た。
「たっだいまあ! ……あら?」
明るい笑顔でそう言ったものの、わたしとルクスが暗い表情をしているので首を傾げた。
ルクスがミレイラに状況を説明。問題が解決してロアが来た事を伝えた。
「まあ、ロア様……一体どうなさったのかしら……」
「………」
「きっと考えがあるのよ! 何の考えも無く行動するお人では無いわ! だから、そんな顔はやめてミツキ……ね?」
「わたし……ロアの気持ちが分からない……」
泣きそうな声で言うと、ミレイラがきょとんとした顔になった。
「当たり前よ! 自分以外の人間の気持ちを全て理解できる人間なんて居ないわ!」
「……ぇ?」
「わたくしはお兄様とミツキの気持ちなんて分からない! ミツキだって全部は分からないでしょう?」
「………うん」
「だからね、気持ちを確かめる事が重要なの。ミツキとロア様は少しすれ違っただけよ! お話すればすぐに元に戻るわ!」
「気持ちを、確かめる……?」
今のロアはよく分からない。けど……確かめる事は出来るのかもしれない。
ロアはどんな気持ちで、あんな事をしたのだろう。
「ミレイラ」
「なあに?」
「ありがとう……逢ったらちゃんと、話してみるよ」
ミレイラがにっこりと微笑んだ。
ちゃんと話して、ロアの気持ちを知って、わたしの気持ちを知ってもらおう。
「お夕飯にしましょ! わたくしお腹が空いてしまったわ」
「うん」
「お兄様も!」
「……お前、あんなことが言えるようになったんだな」
「失礼ね! わたくしにだって考えぐらいあるわ!」
ミレイラは表裏の無い性格で思った事を言ってしまう事が多く、勘違いされやすいから理解できるまで話し合う方法を考え付いた、それだけだと言った。
玄関から屋敷に入った。
扉が閉まる直前、振り向いた。
「………」
誰も居なかった。
扉が閉まって、赤い日差しが遮られてしまった。




