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作られた子


ミツキを部屋に送り届けた後、話を聞くため母の元に向かっていた。

状況が把握できていない。決議書を盾に女が入り込んだと言うが、最近眷属協議は行われていない。確か来月に入ってから行う予定だったはず。

それが何故……今なのだろう。


「母上! ロアです! 失礼します」


部屋には母と母付きの侍女のリファ、それからミツキ付きのセレナが居た。

母の顔色が悪い。今朝、体調がすぐれないと話は聞いている。こんな事になってしまい悪化させまいとリファが気を使っていた。


「ロア、大変なの、ミツキさんが……」

「ミツキから聞いています、ベッドに針が仕込まれていたとか」

「ああ、私のせいだわ……私が生家を捨てさえしなければ……あなたはきちんとした貴族の子供だったのに……!」


母が元は貴族で、理由は知らないが訳あって貴族の名を捨てたとは聞いていた。

事情を知らない貴族は、俺や姉に流れる血はもはや貴族ではないと直接言い放った奴もいる。

血が何だと言うのだろう。そんなものに俺は価値を見いだせない。

自分の価値はそんなもので決まらない。

邪魔をするならばミツキを連れて二人でどこかに行ってもいい。話を聞いてそんな思考になった。

……出て行く事は出来ればもう、したくないんだけどな。


「坊ちゃま」


セレナが細長い小さな箱を持っていた。

中を覗くと、細長い銀の針が入っていた。


「ミツキ様のベッドに仕込まれていました」

「これが……」

「毒が検出されるか、スガナバルト家に依頼しようとしていた所です」


成分を検出する魔法具が研究施設にある。そこならば適切に検査してくれるだろう。


「今日来た女は、どこの誰だ?」

「カリスタ・ヘルコヴァーラ・ハルトメイヤ様です」

「ヘルコヴァーラ? ああ……成る程な」


カリスタと言う名に覚えはないが、ヘルコヴァーラなら記憶している。

ヘルコヴァーラ家は、保守派筆頭であるティレット家の分家、つまり操り人形だ。

都合よく風の魔力を持った女が居たため、送って来たと言う事だろう。

最悪、おじい様の逆鱗に触れてもティレット家には痛手が無い。

まだおじい様が元帥だった頃、ティレット家とは上手くやっていたと聞いていたが……この変わりようにおじい様も頭を悩ませている。


「カリスタとやらに会いに行って来る」


母の部屋を出て、カリスタが入れられた部屋に行く事にする。

場所は道中すれ違ったメイドに聞いた。

中央館の教えられた部屋の前で立ち止まった。どうやら、一番良い部屋を与えたようだ。

礼儀に従って、取り敢えずノックすると力の入っていない女の声で返事が帰って来た。


「は~い? どなたぁ?」

「ロア・グラスバルトだ。客人に挨拶に来た」


客人、を強調する。俺はミツキ以外と結婚する気がない。

今日初めて会った女と結婚するなんてありえない話だ。

ほどなくして扉が開いた。

開いた瞬間、思わず鼻と口を覆うぐらい甘ったるい匂いがした。

香をたいているのか……それにこの香りは……


「どうぞ、ロア様」


感情を全く感じない平坦な声でメイドが誘う。

カリスタが連れて来たメイドの一人だろうと服装から察する。

顔を思いきりしかめ、仕方なく入室する。


「いらっしゃい、待ってたのよ」


カリスタはベッドの上で自宅に居るかのようにくつろいでいた。

横になって片方の肘を付いて枕にして、近くに果物が乗った大皿を置きぶどうを口に含んでいた。

カリスタの顔を見るが、見覚えはない。


「……名前を聞いても?」

「カリスタよ。自己紹介したのはもう何度目になるかしら? あなたは女性の名前を覚えるのが苦手ね」


顔を突き合わせたのは初めてでは無いのか……確かに若い女性に限って言えば名前と顔を覚えるのが苦手だ。

どうでもいい存在を記憶に留めておけないだけだが……元帥になるのだから直さなければいけない点だ。


「まあいいわ。あなたはわたくしの夫になるのだから、細かい事は忘れてあげる」

「お前は誰の命令で屋敷に来たんだ」

「誰だっていいでしょ? わたくしは決議書の通りに動いているだけ。ご覧になる?」


メイドが紙を俺の眼の前で広げた。

報告に合った通りの内容と……おじい様の……


「……ん?」


違和感に気が付いて紙に手を伸ばすと、さっと避けられてしまった。


「分かった? ロナント様がお決めになった事よ」

「違う、今のサインは……」


おじい様の物にとても良く似ていたが、偽物だ。

だが今俺が騒いだ所でなにも解決できない、それどころか悪化する可能性もある。


「当主のサインがあるんだもの。有効でしょう?」

「今の当主は父、ロゼ・グラスバルトだ。ロナント・グラスバルトは当主では無い」

「知らないわ。当家はあなたのお父上を当主と認めていないもの」

「父が当主となったのは眷属協議で決まった事だ。意に反しているのはそちらだろう」


ほんの一握りの保守派を除き、殆どの貴族が父を当主として認めている。

そう説明した所でカリスタが出て行く気があるはずもない。


「結婚した所で俺はお前を愛す事は絶対にない」

「政略結婚なんてそんなものよ。愛なんて本当にくだらない、野良犬の餌にしてやればいいのよ」

「邪険に扱われてもいいのか? おまえにも幸せになる権利ぐらいあるだろう」


すると、カリスタがくすくす笑い始めた。

眼をにやっと歪ませて、口元を引きつらせて。思わずぞっとする。

普通の人間とは違う邪悪な瞳を歪ませて、笑い続ける。


「くすくす……そうね、グラスバルトに嫁ぐのが唯一の幸福だわ」

「三大貴族に嫁ぐのが幸せだと?」

「いいえ、グラスバルトじゃなきゃダメよ。わたくしはね、」


起き上がり、ベッドに腰掛け変わらずに笑うカリスタ。

そして、貴族界に潜む闇を垣間見ることになる。


「あなたの妻になるためにわざわざ作られた子なのよ。ティレット家に望まれて風の魔力を持った女児が必要になったの。分かる? わたくしがこの場に存在しているのはあなたが存在しているからよ」


話を鵜呑みにするならば、カリスタは俺に宛がう為に作られた存在だと言う事なのか。

本当だとしたら、背筋の凍る話だ。

人の命を人の人生を、何だと思っているのだろう。


「お前は自分の人生に疑問は無かったのか? 何の為に生きるのか自身では決める事が出来なかったのか?」

「意味が分からない。全部お父様とお母様の言うとおりにすればいいんだわ。無事にこうして婚約も出来たのだから」

「俺はお前と婚約などした事は無い! 有り得ない!」

「あははははっ! あははは!!」


突然高笑いを始めたカリスタを睨みつける。


「恋人が出来たのでしょ? それってわたくしのことよね」

「……は? 名前も知らないのに恋人などと」

「ようやく結婚する気になったんだと思ったわ。だって、グラスバルトに嫁ぐのはわたくし以外有り得ないもの! 家にいる黒髪の女は早く追い出して頂戴、すごく目障りなのよ」


俺に恋人が出来たと言う噂を、相手はカリスタだとすり替えようとしているのか?

だとしたらこのタイミングで突撃してくる理由も分かる気がするが……

それでも穴だらけだ。おじい様のサインが偽物なのを本人に確認してもらえれば全て意味の無い事になるのに。


「本当、素晴らしい屋敷よね。どれほど裕福なのかしら? 楽しみで仕方ないわ!」


俺に興味の無いカリスタは、やはりグラスバルトの財産が目当てのようだ。

これ以上は時間の無駄だと、踵を返し部屋を出た。

すっかり服に付いてしまった甘ったるい香り。

この香は魔力のある男性を誘う、夜に使うものだ。

いつだったか使われて意味を知って嫌悪していた香だ。

適当に服をはらう。やはり話しても無駄だったか。

ミツキの安全だけは確保しておかなければ。


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