予習1:夕暮れ時の邂逅
18/04/10
その日も、普段と変わりない平々凡々とした一日になるはずであった。朝起きて、一時間ほど電車に揺られ職場である私立の高等学校に出勤し、真面目な生徒たち相手にこれまた真面目に授業を行う。他の先生方と生徒を話題にあれこれ喋り、夕方になるとまた朝と同じ道を帰っていく。
しかし、この日だけはいつもと違うイベントが発生してしまった。
「これはこれは初めまして、三島純一さん」
それは自宅最寄りの駅を降り歩いて数分、自宅まであと300mほどの距離の場所で俺の前に現れた。
一目で日本人ではないだろうと判別のできる、彫の深いハリウッド俳優のような顔に夕日に輝く見事な金髪。背は、日本人としては高いほうである俺よりも幾分か高いと思われる。しかしこの男、今俺の名前を呼ばなかったか?生まれてこの方、外人の知り合いを作った記憶など微塵もない。
「何故私の名前を?どこかでお会いしましたでしょうか?」
「いえいえ、お会いするのは初めてですよ三島純一さん。年齢29歳、身長183cm、体重74kg、職業国語科教師、好きな食べ物はオムライスでしたか?いやー、あなたのことは色々調べさせていただきましてね、今日はお話があってお会いしに来たのですよ」
ヤバい、本当にヤバい。普段生徒たちに不審者には気を付けるように口酸っぱく言っているが、まさか自分が遭遇するとは思わなかった。色々俺のことを調べているとは、どういったことかはわからないが、間違いなくストーカーの部類であろう。男が男のストーカーとはたまげたが、変態とはそういうものであろうか?俺がそんなことを考えていると、男は憮然とした表情を浮かべ、
「変態とは失礼な、やむにやまれぬ事情があって調べたまでです」
「・・・・・・事情?というより、今心を読まれた?」
俺の言葉に、男は満面の笑みで、
「はい、そのくらいは容易い事です。なんたって私、神の一柱でございますので」
そう答えたのであった。
「・・・・・・神ってあの?」
「はい、様々な呼ばれ方がありますが、あなたの想像通りで間違いないかと」
これはたまげた。この男は自分を胸を張って神だと自称したが、はっきり言って俺からすればただただ唖然とするのみであった。ストーカーというステータスに、頭のおかしいと形容詞が付け加えられただけである。
「あっ、それはお疲れ様です。では私はこれで・・・・・・っ?」
顔をそらしつつ立ち去ろうとしたが、ふと気付く。
足が動かない。
「なっ、動けない!?」
足だけではない。体中がその場に縫い付けられたかのように指一本、瞬き一つすることが出来ない。かろうじて口だけは、喋れるようにかもしれないが動かすことが出来る。
「三島純一さん、これで私が神だと信じていただけたでしょうか?あなたを拘束することなど、指すら動かさずに出来ることなのですよ。まあ今回はあなたにお話し、もといお願いがあってきましたので、逃げられなくさせていただくだけですよ」
「お願い?なんだ、金ならないぞ。ついでに言うと無宗教だからうちには神棚も仏壇も置いていない。あんたらを信仰するというのも難しい話だ」
「おや、だいぶ固い口調がなくなってきましたね。それがあなたの素ですか。いえいえ、嬉しい事です。普段は人間の祈りの声を聴くだけですからね。砕けた口調での会話なんていつぶりでしょうか・・・・・・さて、もう少しお喋りを楽しみたいところではありますが、あまり長時間現界するのはあまりよくありません。本題に入りましょうか」
「・・・・・・まあ、とりあえずは聞くしかないんだろうな」
聞きたくないといっても、どっちにしろ逃げれそうにはない。ならばとりあえずは話を聞くだけ聞いて、なんとか無事に解放してもらえることに賭けるしかない。
「はい、ありがとうございます。では本題です。三島純一さん、あなたにはこことは別の世界、異世界に行き生活していただきたいのです」
「・・・・・・はっ、どういったことで?」
「いえね、私が管理しているというか見守っている世界がもう何個かありまして、そこで少々問題が起こってしまいましてね。三島純一さん、あなたに私の使徒としてその問題を解決していただきたく今回お会いしに来た次第なんですよ」
頭を掻きながら照れくさそうにそういう男を見て、俺はただ口を阿呆みたいにポカンとさせるしかないのであった。一体なにがどうなって俺にそんなことをさせる気になったというのだ。