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砂漠の家 ~おまけ後日譚~  作者: 言代ねむ
12/15

⑥《顔合わせの日》 後半

とりかかり始めてから、この短い文章の完成にまさか二ヶ月以上かかるとは思いませんでした……il||li(つд-。)il||li


書きたいことを詰め込みすぎてちぐはぐになった文章を、読み返しすぎてわけがわからなくなったり、頭を冷やすために文章を放置したり、冷えた頭で読み直したら書いた文章の半分を削るはめになったり、完成した文書の誤字脱字チェックを頼んだら家族からヒロインを「ルミナリエさんが~~」とか(誰だソレ)呼ばれたりしました。


あと、いままで『~~して頂く』などよく漢字で打ち込んでいましたが、相手に何か行動をとってもらう場合はひらがなで『~~していただく』と書かなければいけなかったことを初めて知りました。

『下さい』もね……Σ(;´□`;)アゥ 恥ずかしい。でも全部見直してられないので、この先の文章だけ直します……( ;∀;) カナシイナー


「私では到底釣り合いの取れない……高望みが過ぎる女性です」


 イリスが絞り出すようにそう答えたとき、食事用のテーブルを囲む家族の視線が揃って疑問に満ち満ちて私に突き刺さった。云いたいことをそれぞれが喉元で留めたのは、初対面の人間がこの場に混じっているからだ。

 生温い沈黙ののち、左隣に座る妹が末っ子の気楽さで軽口を叩きそうな気配を察して、私は正面に座る父に水を向けた。


「こう云ってるけど、問題ある?」


 問題があるなどとは云わせない――質問を装った私の押し付けに表面的に反応したのは父の隣で身構えていた母だった。テーブルを挟んで私の正面に座る父に主導権を預けていた母は、意を決したように自分から確認を始めた。「イリスさんの服装は……修道士よね? それで結婚って、どういうこと?」「ご両親はどうなさっているの」私はそれに矢継ぎ早に答えていく。

 条件の不備に両親の意識が向く前に、この無茶な話をまとめなければならない。

 私の選んだ言葉は、そっけなく、普段通りに聞こえているだろうか。隠しごとなどないかのように。……緊張などないかのように。

 意識が先へ先へと前のめりになっていく。思考の底の焦りに追い立てられ、自分と家族の言動を頭が繰り返し予測している。そして現状はいくつかの予測をなぞっていて、展開のわかっている物語を語っている気分だ。現実感が薄れ、布越しに触れるがごとくすべてが鈍く感じられる中で、必死に遠ざかる四肢の感覚を引きよせる。

 不安から家族の顔をさっと見回すが、幸い私を疑う視線とはぶつからない。

 安堵しながら、情報の整理を試みる。イリスのことは到底、端から素直に話せるものではない。無難な情報から抜き出し、両親が気に入るように並べ方を考える。説明を避けられない都合の悪い部分は小出しにして、誤解の余地を残そう。あからさまな嘘は苦手だ、辻褄合わせに手間取るし、細かく嘘を重ねて、後々まで設定を記憶しながら会話するのは面倒だ。


 ……押し黙っていたイリスを喋らせることが出来たのだから、この勢いを殺さず意図した結論へ収束させる。


 穴はあるだろう。つい先ほど組み立てたばかりの計画だ。窓の外にイリスの姿を見つけて、とっさに思いついただけの。

 だが年月をかけて身動きがままならないほど周囲に積み上がった他人の都合が、ガラクタをひとつひとつ拾い上げ、裏表、右左と手首を回して組み合わせるように、不意に折り合いがついてきれいに収まる配置が見えた気がしたのだ。やり遂げるしかない。

 長年共に暮らした家族が相手なら、云い出しそうなことや考えそうなことは見当がつく。この場を読み切って、誘導して、自分の采配で結果を作る。鬱陶しい現実を機会を逃さず合理的に処理してしまう。

 イリスの横顔が何気なく目に入って、自分の中に詰め込んだ計画から束の間、意識がそれた。何も知らされず私の企みの共犯者にされたイリスは、私の右手首を掴んで隣に座っている。震える眼差しで対面する人間に全身の神経を集中させる様子に、記憶に固定された穏やかに威圧的な彼ではなく、初対面の頃の彼が甦った。鎖に繋いだ私を病的な心配りで世話し、半年に渡って頑なな態度で待遇を変えなかった男の姿はそこにない。


 そうだ、不器用な気遣いで不慣れな会話に顔をほころばせる哀れな男が豹変したのは、彼の隠しごとが私に知られた瞬間からだった――


 身体に力が入り、掴んだ手首から緊張が伝わったイリスが私に目を向けた。相手にしないで正面を凝視する。

「それで君は何歳かね」

 父が仕切り直すべくイリスへの質問を再開した。

「うちの娘は見ての通り……初婚に望まれる年齢を随分過ぎている。君はもしかして娘より年下じゃないのか」

 イリスへの不信感の奥に、家族としての引け目が滲んで響いた。

 都合が良い。家族の誰かが云い出されなければ、私から持ち出すつもりだった事実だ。教会が禁じ、人々に嫌悪される遺体解剖の作業を別にしても、イリスは両親が私に望む結婚相手の条件を満たしていないのだ。親戚や知人といった周囲に認知された素性や、食事が冷めないような目の届く距離に住まうこと、ありふれた職業を近所で評判になるほど真面目にこなして、家族や親族を大切にしながら健康的な生活を送ることなど、両親が正しく望む娘婿の条件は夢にあふれている。

 そんな条件は、引きこもりがちで昼夜が逆転した生活を送る人間とは共に生活できるようなものではないのだけれど、矛盾は妄想で曲げられ、空想で埋め合わされ、実現不可能な理想を頭の中だけで完成させるものらしい。親とは夢見がちな生き物だ。

 それでもいま、父が現実とひとつ向き合った。母がどう受け取っているかわからないが、娘の花嫁としての価値の低さを認めたのだから、娘婿の条件から外れた部分と相殺できる。

 イリスが「二十九歳になります」と答えた。単純な質問に緊張が緩んだためか早口だ。

 両親と妹は意表をつかれたようだ。イリスが年若く見えていたに違いない。大きな青い瞳と、少し癖のある焦げ茶色の髪の組み合わせには少年の雰囲気がある。私と並んでさほど変わらない背丈や薄い身体つきも影響しているだろう。

「それなら、まあ……おかしな年齢差ではないが」

 気持ちを落ち着かせる仕草で父がテーブルの木製の器に手を伸ばした。全員の前に林檎酒が用意されていたことを思い出す。

 小休憩のタイミングだろう。右手が繋がれているので、左手で林檎酒を取る。イリスが会話途中の勢いで掴み返したままの私の右手首を持て余している。こちらへ注がれる揺らぐ目線や力加減の定まらない指の動きが鬱陶しいので、軽くふりほどいてからイリスの指を握り込むように手を繋ぎ直した。人を攫うために、民家の壁登りを実行する男の手は、指は細いのにまるで革製品の感触がする。記憶にはない指輪の魔除け飾りが皮膚に食い込んだ。

 イリスの服の裾が動いて、大きな蜘蛛のようなシルエットが覗く。イリスの力みに反応したのだろう、憶病な小動物の動作でホクロが外の様子を窺っていた。

 溜息が集まるテーブルの周囲を、イリスは何を思うのか曖昧な表情で見回していた。




 家族の溜息が蝋燭の明かりに丸く浮かび上がる食卓に吐き尽くされたと判断して、私は新しい情報を持ち出した。

「イリスは文字を書けるわ」

 父が軽く目を見張って顔を上げた。母に声をかけて、父の仕事部屋から使い古しの羊皮紙と羽根ペンとインクを運ばせ、イリスの前に並べる。

 試し書きに新品の羊皮紙など高価で使えないので、水桶に沈めてブラシで文字を洗い落とすことを繰り返している羊皮紙だ。落ちきらない文字汚れをイリスは気に留めず、民家に羊皮紙があることに驚いていた。品質を確認するように端をめくって指をこする。

「……父は役所で書類の計算の仕事をしているのよ」

 耳打ちした私に、イリスがさらに驚いた顔をした。なにか云いたげに私を見るイリスに羽根ペンを握らせて、羊皮紙に自身の名前を書くよう促した。容易く書き終える様子を周囲に確認させ、私の名前も書かせる。片手で作業するのを見かねたのか、妹が羊皮紙の端をさり気なく押さえた。私は続けて私の父、母、末の妹の名前を告げた。

 イリスは左端から几帳面にそれらの音を文字に変えて紙面を埋めた。丁寧で癖のない文字だ。親兄弟を持たない男の教養を披露して驚かせるつもりだったが、自分も少しばかり驚かされた。こうして眺めてみると、商人の覚え書きや手紙の文字などとは全く印象が異なる。多くの人の目に触れ、紙面を美しく整えることを意識した文字の書き方は、大きさも角度も文字列も揃って乱れがない。本として見るぶんには意識に残らないが、再利用の汚れた紙に未完成の紙面という形で見せられると、奇妙な印象だった。

 整い過ぎた文字に父が思わず、「仕事はなにをしているのかね」と尋ねた。変に興味をを引いてしまった。

「前にも話したように、人里離れた場所で畑を作って一人暮らしをしている人よ」

 意味をずらした返事で間をもたせながら、修道院で本を書き写す仕事があったはずだ、と記憶を引きよせる。なんと云っただろう。イリスがそういった仕事に携わっていたかどうかは知らないが、修道服を身に着けた男が、自分の育った修道院で整った文字を書き連ねる作業を経験していると説明したならば両親と妹は納得する。

 ちらりとイリスに視線を送る。自分で無難に説明してくれればいいのだが。

「……写本の経験があります」

 どうやら意図を読み取ってイリスが説明をはさむ。そうか、しゃほん、と云うのだった。いや、こちらの意図がどうであれ、イリスは自分を守るためにそう答えるしかない。

 話題の流れにひやりとしたが、無事に家族の好感情に結びついただろうか。特に父は自分と同じように読み書きの出来る人間を、自己愛に似た感情で見所があると考える傾向がある。

 その父が厳しい顔で腕を組む。

「それでは暮らしが厳しいだろう。お前の食い扶持が増えて生活が成り立つのか」

 文字への疑問は飲み込めたのか、私が答えた内容のほうへの反応だ。父の言葉通り、一人が管理する規模の畑だけでは、季節によっては食うや食わずの貧しい暮らしぶりを想像させる。

 イリスが狼狽しながら訂正を入れる。

「伝手があって、文献や覚え書きの資料をまとめる仕事をいくつか回してもらっています。それが現金の収入になっています」

「定期的な収入ではないのだろう?」

 畑仕事の方が生活の足し程度の規模なのだが、それを云えば、なぜ仕事を請け負いやすい街中に住居を置かないのか、という疑問に繋がってしまう。

 実際は役人として働く父の収入より、遺体の解剖や観察を羊皮紙の束に写生し書き留めるイリスの収入ほうが恐らく上回る。砂漠の家で見かけた薄い蜜色の蝋燭が詰まった木箱や十数冊もの本など、この家では想像できない。木の実や干し果実の蜂蜜漬けの小壺が詰まった潤沢な食料棚も。

「いえ、食べる物や着る物に困ったことはありません。私一人の作業で成り立つ生活ですので、二人での生活になってもルナリアさんに働いていただく必要はありません」

 イリスの否定がいつの間にか、本当に結婚の許可をもらいに来た人間の様子を帯びてきた。

 父は父で、日頃は気にもとめていないだろう家族の負担に言及を始める。

「娘に聞いた話では、確か……修道院の廃墟を利用した広い家なのだろう? 畑仕事をさせるつもりがないと云っても、ときには手伝いが必要になるだろうし、なにより家事だけでも負担が大きいんじゃないかね? 砂風を浴びるような家では掃除はきりがないし、必要な買い出しができる市場も近くにないなら日常的に遠出をするか、不足に耐えるかだ。親元で甘えた生活を続けてきたこの娘が、そんな環境でやっていけるとは思えないんだが、君はどう考えている?」

 父親らしい心配をたまにはしてくれるものだ。自分の目につく範囲くらいしか気にかけない人なので、実際に結婚して家から娘が離れたら、その父親ぶりはさほど経たずに失われるだろうけれど。

「ルナリアさんに家事をお願いするつもりはありません」

 当たり前のように答えるイリスに、家族が釈然としない表情を伝染させ、父が疑問を口にした。

「畑仕事も家事もさせないでこの子に何をさせるんだ?」

 母が眉根をよせて首を傾げ、妹が皮肉に笑う。

「イリス……さん、結婚の許可のための譲歩でも、生活が成り立たないような言葉ではこちらとしては返って不安になります」

「いいな、ルナ。家で食べて寝てるだけじゃん」

 それらの反応にイリスは酷く真面目に言葉を返した。

「幸い私は健康で、日々の暮らしに他人の手を必要としません。私がルナリアさんの身の回りの世話をしても、私の身の回りの世話をルナリアさんがする必要は一切ありません」

 家族が顔を見合わせる。

「……なんのためにこの子と結婚がしたいんだ?」

 人を攫いに訪れた男はその家族を静謐なまなざしで見渡した。


「一緒に暮らしていただけるだけで充分です」




 就寝の挨拶を交わした家族からのなんとも云い難い視線に見送られつつ、予備のシーツを抱えてイリスと共に自室に戻る。イリスの瞳に不安が戻って揺らいでいるが、とりあえず無視して扉を閉じ、窓からホクロを出して外壁の縄を外させた。脱出口を半分失うイリスが止めかけたが、日が昇ってから屋根にかかる縄を発見されてはまずいのだ。

「どうせ眠れないでしょう? 扉の前でシーツに包まって私を見張っていればいいわ」

 押し黙っているイリスに持ち込んだシーツを押し付けて、自分のベッドに入る。明かりの蝋燭は消さずに机の上に置いた。視界を失うのは互いに緊張を生む。

 ホクロは部屋に縄を引き入れてからイリスの背中を登って肩の上だ。

 ベッドに横になると、どうして、とイリスが小さく吐き出した。背を向けたのでわからないが、きっとじっとりとした視線を送っているのだろう。


「明日になれば、私は家族に見送られてあなたと砂漠の家に行く。あなたは私の家族に紹介されて、あなたと家を出る私は行方不明ではない。それでいいでしょう?」








《終わり》




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