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オーダー -封印の鳥篭-  作者: 朧塚
23/24

#006 代償の鳥篭 2

「本当に覚えていないんです」


 カナリーは、栄光の手の他のメンバー達に告げた。

 彼女は酷く辛そうな顔をしていた。


「ベレトの事も、彼と戦った塔での出来事も、遺跡での出来事も。そして、貴方達の事もです。メビウスに会ってから、栄光の手のメンバーと合流するように言われた事までは覚えています。……此処、十日くらいの記憶が抜け落ちてしまっています」


 カナリーは、とても悲しそうに言う。

 オブシダンは痛々しそうに、彼女の顔を見ていた。

 彼女は美術を愛でる、人形作家であるが故に、他者への感情移入する力も、人一倍強いのだろう。

「重い代償のようね。普通の能力者には、そんなものは無い。貴女は何か特別なのでしょうね」

「私はオブシダン。人形作家をしているわ。そして貴女と同じ能力者…………」

 メンバー達は、それぞれ改めて自己紹介をしていく。

 カナリーは、とても哀しそうな顔になった。

 十代から、何度も何度も、記憶が抜け落ちていっている。

 それは、力を使ったからだという事は分かっている。

 人生の一部が無くなったのだ。

 言葉に出来ない程の虚無が渦巻いていた。

 精悍な顔をした大柄の男、ゴードロックは、カナリーの手を強く握り締める。

「メビウスさまは、また別の司令を出してきたが。俺は、個人でベレトを始末する事に決めた。もしかすると、この支部のリーダーは、俺ではなく、花鬱が引き継ぐ事になるかもしれん」

「…………辞められるのですか?」

「まだ、それは分からない」

 アジトの外に出て、しばらくの間、カナリーは、何故かこの軍服の男の後に付いていた。

 三十分程、街を歩いた処だろうか。

 そこは有名な企業の経営する喫茶店だった。

 その中で、何名かの人物達が、この大柄の男を待っていたみたいだった。

 大柄の男は、待ち人達に軽く会釈して、胸を張る。

「私はベレトと戦います。たとえ、この命を落としたとしてもっ! 私自身、同僚を殺されました」

 顔に多く白髪が混ざる女性や、妻が重い精神病を発症したという中年の男などがいた。どうやら、猟奇殺人鬼ベレトの被害者家族のようだった。先日、心ない住民達からの嘲笑の手紙で追い打ちを受けて、ついには自殺を遂げてしまった被害者の妹の話をしていた。中には、夫が、娘を殺されたショックからアルコール依存症になり、ついには心不全を起こして死亡し、一家の大黒柱を失ってから、十に満たない残りの二人の子を一人で養い、かさむ借金に苦しむ中年女性もいた。

 ありとあらゆる負の感情を、ゴードロックは、快活な顔で、一心不乱に受け止めていた。

 カナリーは、居た堪れない気持ちになって、ゴードロックに会釈をすると、店を出た。

 ベレトが殺して、作品にした、凄惨極まりない死体の記憶も……、綺麗に抜け落ちてしまっている。



「見事、あのクソトカゲから聞き出す事には失敗したよ。ああ、愛と憎悪を織り交ぜたアフォリズムを綴ってやりたかったのに、クソ、畜生が」


「逃げられたんですか?」

「ああ、まあ生きているか、死んでいるか分からねぇがな。引きずり出せなかった」

 ベレトは、殺害して、解体して、作品にする事を、よく恋愛になぞらえる。

 彼が他者に愛情を抱けない故の、皮肉なのだろう。

 日の光が暖かい。

 浜辺の波の音がする。潮の匂いが芳しい。

 海辺付近の安ホテルに、二人はいた。

 今日、此処をチェックアウトするつもりだ。

「そうですか。御自身の目的の手掛かりになると思ったんですか?」

「ああ、なったぜ……」

 彼は不敵な顔をしていた。

「貴方は何故、フルカネリに近付きたいのですか?」

「最高のアーティストだからに決まってるだろ。尊敬するミュージシャンに近付いて、それを真似してぇんだよ。複製したい。俺はもっと芸術家としての高みに行く。つまり、そういう事だろう?」

 それを聞いて、デス・ウィングは腹を抱えて、笑い転げた。

 そして、商売上、癖になっている、敬語口調を止める。

「成る程。やっぱり、お前は私の見込んだ通りだ。これからも、お前の物語を見たいよ。どんな作品を創っていくのか、これからも私に見せてくれ。良い作品があれば、高値で買い取りたい。売るのもいいけど、私個人のコレクションにもしたいからな」

 彼女も、とても楽しそうだった。

「デス・ウィング……。やっぱり、お前は、俺の至高の理解者だ」

「ああ、これからも、お前の作品とストーリーは観させて貰うよ」

 そして、彼女は一筋の旋風になって、彼の下から去る。

 ベレトは、未だ痛む右腕をさすりながら、海辺の宿を後にする。

 白いドレスが、潮風に揺れていた。

 彼は愛情や友情を感じる事なんて出来ない。他者への共感能力も強く欠如している。他人の痛みに対して無理解だ。それでも、デス・ウィングは、彼のような“創作者”を気にいっている。

「あのような人間がいるから、まだこの世界は面白いな……」

 デス・ウィングは、彼のようなクリエイターを強く応援していた。たとえ、どれ程、社会秩序的に見て異常でも、道徳的に見て非人道であったとしても、彼に素晴らしい作品を創り続けて欲しいし、更なる高みを目指して欲しいのだ。

 デス・ウィングは、悪なる意志が好きだった。

 それを見届ける事によって、何か綺麗なものや、神聖なものを見ているような気がするのだから。



 カナリーは、再び、メビウスに会いに行く。

 繁華街からは、少し離れた場所だ。

 今度は、マネキンの廃工場だった。

 今は、資材があらかた片付けられているみたいだったが、所々に朽ちたトルソーや人形の頭などが入った篭が置かれていた。

 ブーツの靴音が鳴り響く。

 メビウスの服は、相変わらず、闇に溶け込んでいた。記憶が抜け落ちているので、つい、二、三日前に会ったばかりだという感覚だが、あれから二週間以上は経過している。

 無感情な二つの眼が、カナリーを見つめていた。

「御久し振りです」

 カナリーは、会釈する。

 メビウスは無機質な顔で、彼女を吟味していた。

「その木の鳥篭は興味深いな」

 カナリーは返答に、少し困る。

「何か別の化け物を閉じ込めたのだな? フルカネリの創造物を」

 メビウスは問う。

「今や、フルカネリのデザインした人工生命体達が各地で動き出している。お前には、始末人として動いて貰いたい。どうする?」

 覚悟に対する確認だった。

 それは、今後も、カナリーの記憶が消えていく事を示唆した。

 仲間達との想い出も、戦死した者の悲しみの記憶も分からない。

 全ては抜け落ちてしまっている。

 鳥篭は、カナリーを襲撃する敵からの攻撃を覚えていて、それを中に溜め込み、再現する事は可能だ。彼女はかつて、自分がどんな者達から襲われたのか分からない。記憶は何処かへと消し飛んでしまったのだから。

 言い表せない苦痛だった。

「私は無能なんです」

 カナリーは首を横に振った。

「この鳥篭の中には、たった、“一体の生き物”しか入れる事は出来ないみたいなんです。遺跡の中で出会った粘質の怪物が今、入っているみたいです。だから、もう使えません。私は役に立てないんです」

「一体入れば充分だ。入れる度に、私の下に来ればいい」

 メビウスは、カナリーの力の秘密に、何の動揺も示さなかった。

「篭を開けてくれないか?」

 カナリーは頷く。

 鳥篭の扉を開いていく。

 中から、粘質の怪物ナヘマーが姿を現す。

 彼は、呆気に取られているみたいだった。

 そして、すぐに状況を理解する。ナヘマーは分裂を始めていく。

 メビウスは、有無を言わせなかった。

 軟体の怪物は、何もする事が出来なかった。

 まるで、風が通り過ぎるように、その攻撃は巻き起こった。

 ナヘマーの身体が千切れ飛び、ねじられ、凝縮され、弾け飛び、限りない塵へと、無へと向かっていく。

 メビウスの力だった。

 圧倒的で、絶対的な力だった。

「私の下に来ればいい。その度に、私が始末を終える」




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