#005 錬金術の怪物 4
「なんだか、知らねぇんだけど」
憎悪の篭った声だった。
カナリーと、ゴードロックは、自らに降り掛かる、見えない炎の攻撃が、自分達に届いていない事に気付いた。
何故か、負傷していない。誰かに助けられたみたいだ。
「よくも、俺の肋骨を折ってくれたよなぁ。お前の方は、俺が自ら腕を切り落とす機会を作ってくれたよなあぁ。貴様らを情熱的に抱き締めてやりたい。解体したい、ああああ」
聞いた事のある声だった。
ゴードロックは、酷く驚く。
カナリーも、驚愕していた。
「なあ、おい、何故、貴様が此処にいる? お前、今、我々を守ったのか?」
元軍人の男は、怨敵の意外な行動がよく分からないみたいだった。
石柱の上によじ登った、ダウンナンバーが姿を現す。
<何だ? お前は?>
怪物も、突然の乱入者に、少し混乱しているみたいだった。
「まだ、満身創痍なんだよ、畜生。右腕もまだくっ付いてねぇ、固定している」
彼は怒りの形相を露にしていた。
ベレトの背後から、豹が現れる。豹の口には小刀が握られていた。
この獣は、オブシダンの使う、人造生命体だ。
カメレオンは、再び透明化する。だが……。
豹は跳躍して、透明状態のカメレオンに、ベレトの刃を突き立てていた。豹は、反撃に、炎の吐息を受けて、火ダルマになっていった。そのまま、地面に倒れる。
獣はしばらくの間、痙攣を起こしていたが、やがて動かなくなっていく。
<おい、何をした?>
ダウンナンバーは、動きを止められて、混乱を起こしているみたいだった。
この巨体の怪物は、未知の攻撃には、脆いのかもしれない。
ベレトは、空中を飛び跳ねていた。
そして、巨大カメレオンの眼球に向けて、刃を突き立てる。眼球は弾力を帯びて弾かれる。だが、彼はなおも、もう一方の眼球に刃を突き立てていた。
カメレオンは、舌で、彼を払いのけようとするが、ベレトの動きは早く、更に火炎の吐息の射程から離れた位置で、刃を振るっているみたいだった。
カナリー達には分かった。
自分達を、見えない檻が囲んでいる事を。
それをこじ開けるように、ベレトが中へと入ってきた。
「ははあ、お前達も、酷い顔をしているよな。今、此処で美しくしてやる」
ベレトの眼差しと口調は本気だった。
「はあ? それ処じゃないだろう? ふざけるのも大概にしろ!」
ゴードロックは、呆れ半分で怒鳴る。
ベレトは、栄光の手二人と、怪物、どちらを先に攻撃しようか考えているみたいだった。
突如。
炎の中から、豹が立ち上がり、三名の隣を駆けていく。
どうやら、それは通路の側みたいだった。
「ねえ、ベレト」
カナリーだった。
「三名で奴を倒す事を考えましょう。貴方は錬金術師フルカネリの力を欲している。私達はフルカネリをこの世界から抹殺する事を考えている。利害は対立しない。協力しましょう?」
魔人は、カナリーの顔を凝視していた。
「骨と肉を同時に切断される苦痛って、どれくらいのものか分かるか? お前にこの痛みが、未だ続いている痛みが分からないのか?」
「……………、他人の痛みはまるで理解出来ない癖に……、自分の痛みには、とにかく強く敏感なのね……」
ゴードロックは、銃剣をベレトに向けた。
軍服の男には、栄光の手のメンバーの中で、彼にしか分からないような、強い呪詛を、猟奇殺人鬼に対して持っているみたいだった。
「お揃いね」
草鞋の音がする。
赤い着物の女が現れた。
彼女は部屋の中央に入る。燃え盛る豹が、彼女の隣にはいた。豹は役目を終えたかのように、その場に倒れる。
そして。
花鬱は、怪物達を連れてきていた。
赤色に青色、黄色に緑色の塊が、無数に通路の奥から歩いてくる。
かなりの量だ。
<『メモワール』、精霊体ナヘマーか>
ダウンナンバーが言った。カメレオンの眼球は、カナリー達の方角で固定されていた。
<邪魔するんじぇねぇぞ。こいつらは俺を馬鹿にした。俺が焼殺してやる>
このカメレオンは、露骨に、眼の前にいる軟体に嫌悪を示しているみたいだった。
「これはこれは“やっかい者”のトカゲ、ダウンナンバー」
カメレオンは、明らかに顔を険しくしていた。
「造物主さまの特別な存在であると自負するのはお止めなさい。貴方は傲慢が過ぎた。なんなら、彼らと共に、この私が始末しましょうか?」
塊達は一斉に嘲笑しているみたいだった。
無数の塊は一つになっていく。
おそらくは、ゆうに数百体に達していたのではないだろうか。それが一列に、堆積が増える事無く、一つの人型に融合していく。
四色の色彩が、どろどろに混ざった、一人の人型になった。
目も鼻も口も無い顔が、頭を震わせていた。
<おい、カナリー。てめぇ、やれよ>
ダウンナンバーが、意外な事を告げる。
<この場を収めてやる。俺は去るぜ。妥協してやる、てめぇ、その鳥篭を開いて、その気持ちの悪い粘液野郎に向けろ! 分裂する前だ!>
ダウンナンバーが叫んでいた。
カナリーは、思わず、彼の言葉に従っていた。
木の扉が開かれる。
四色の人型は、よく分からないみたいだった。
おそらく、閉じ込められていて、あのカメレオンは鳥篭の構造、カナリーの能力の大部分を理解しているのだろう。
それは、何本もの腕だった。
粘質の人型、ナヘマーを掴み掛かろうと迫る。
ナヘマーは、それに気付き、すぐに分裂に走る。
だが。
腕達は一瞬にして、煙へと変わると、壁や床の隙間や、通路などに逃げようとする液体の塊をつかみ取って、鳥篭の中へと“収納”していく。
まるで、嵐が去った後の静けさだった。
一同は、しばらくの間、カナリーと、閉じられた鳥篭を眺めていた。
<どうやら、そこのオカマ野郎の能力も解けたみたいだな。カナリー、俺はお前以上に、お前の力を知っている。今日は此処で一度、引いてやる。ああ、引いてやるぞ>
ダウンナンバーは天井に両脚を付けると、舌によって天井を破壊していく。そして、大きな孔が空くと、彼はいずこへと去っていった。
ベレトが全身を震わせて、怒りを露にする。
「ああ? 誰がオカマ野郎だって? 殺してやる、苦しめて、生かしながら殺してやる、気色悪い体色の化け物が」
ベレトは、跳躍して、まるで底に見えない透明な階段があるかのように、空中へと着地しながら、ダウンナンバーの後を追っていった。




