#005 錬金術の怪物 3
カナリーはゴードロックを連れて、走っていた。
「なあおい、お前はこの道を知っているのか?」
「……ええ、何故か見えるんです…………」
大柄の男は、とにかく彼女を信じるしかないみたいだった。
神像があった。
どうやら、先程のミイラと、液体の怪物がいた場所にあった神像よりも、はるかに大きい。両手に壺を持っている女人の像だ。
「多分、……此処なんです…………」
何故か、強い確信があった。
おそらく、此処が、この遺跡で、一番、広い空間なのだろう。
カナリーの持つ、木の鳥篭が、震え始める。
中で、何かが脈動しているかのようだった。
「おい、何かやばい事態になっているぞ?」
軍服の男は焦り始める。
辺りに、瘴気が漏れ出しているような気がした。
木の鳥篭の扉が開いていく。
中から、脚が現れる。
それは、爬虫類のような脚だった。
カナリーは怯えていた。
†
そこには、かつて幼い頃に見た、巨大カメレオンが姿を現していた。
<ようこそ、カナリー。大きくなったな>
カナリーは膝を付いて、仰け反っていた。
カメレオンは、舌の伸縮を繰り返していた。
怪物は全身から、あらゆる邪悪さを放っているかのようだった。
<俺はお前の“記憶”の中に閉じ込められていたんだよ。恐ろしい力だな。やはり、お前は造物主さまに仇為す者になるんだろうな。お前の両親がそうであったように。それにしてもだ。ようやく、出る事が出来た。あれから、十年以上も経過しているのか?>
その怪物は、二人を凝視して、吟味していた。
「なんだよ? お前は?」
ゴードロックは、呆けたような顔をしていた。
しばしの間、事態を把握していないみたいだった。
「パソコンに映っていた、貴方の像は?」
<お前が幻視したんだよ。俺はお前の行動を中から見ていたぜ。此処に集められた者達は、メビウスが作った、恐れ多くも、造物主さまに挑もうとする者達の集まりだろう? みな、俺様が焼き殺してやる>
「分からないが、こいつはお前の敵なのだろう? なら、俺達の敵だっ!」
ゴードロックは、機関銃の引き金を引いていた。
カメレオン、ダウンナンバーの身体に弾丸は命中するが、弾き飛ばされていく。
怪物の皮膚は、鋼のように硬いみたいだった。
ダウンナンバーは、透明化する。
そして、嘲りの声を上げていた。
<俺様は強いぜぇ。造物主さまがお創りになった生体兵器の中でも、屈指の力だろうなあ>
カメレオンは、二人の近くで姿を現し、口から炎の吐息を吐き散らしていく。
ゴードロックはカナリーを掴まえると、跳躍して、炎の攻撃を避けた。
<また封じられないように、念入りにしておかないとな。もっと、恐ろしいものを見せてやる>
怪物は口を大きく開く。
ダウンナンバーは、再び、火の吐息を吐く。
それは途中で、透明化していく。
ゴードロックは、蒼褪めた顔になる。
<これで、避けようが無いだろぉ? ほらほらぁ、すぐに焼死体に変えてやるよ>
†
壁に大きな衝撃があり、大きな孔が開いていた。
壁の一部全てが丸ごと、壊れていた。
花鬱は、何が起きたのか分からなかった。
「すげぇ、勝手な事だけどよ。停戦協定を結ばねぇか?」
聞いた事のある声だった。
花鬱は、一瞬、息を飲む。
何を言っているのか、よく分からないみたいだった。
「ベレト…………?」
「貴様らを追ってきたんだ。……まあいい。この部屋があったのに気付いたのは幸運だった。向かい合わせの部屋だったんだな。孔を開けた先にお前がいるなんてなぁ」
「悪いけど、取り込み中なのよ」
「こっちもだよ」
赤い球体が、次々と、現れていく。
「何、敵を増やしに来たのよ!?」
「助けてもやるよ」
「あんたも敵だよっ!」
「やかましいっ!」
花鬱は、刀の一本をベレトの顔に向けた。
ベレトは、花鬱の肩に触れる。
和服の女は、迂闊さに気付いた。あの赤い物体は爆発するみたいだ。もし、動きを固定されれば、絶対絶命だ。
「こいつら、どうやって倒せばいいか分からねぇ。どうすればいいんだろうな? 取り敢えず、お前の周囲にも、大気の盾を張っておいたぜ」
「ふざけるんじゃないわよ」
花鬱は、怒りを露に、ベレトを睨む。
ベレトは、通路を遮る、三体の黄色い人型を小刀で切り付けていく。すると、彼らは固定されて、動きを封じられているみたいだった。
黄色い塊の代わりに、赤い塊が、花鬱の周辺で爆裂していく。
何度かの爆発の後、花鬱は、その場を動いた。
「あんた、最低な事に自分自身の能力を理解し切れていないのかしら? あんたが、自らの周辺にある大気をあんたの力で、操作しているみたいだけど。あたしには、防御膜じゃなくて、タダの檻になってんのよっ!」
花鬱は跳躍して、赤色と黄色、両方から逃れる。
ベレトは、すでに、この部屋から離れていた。
「ははっ? ああ、違うぜ。この怪物は何かを守っている。それを手にするのは、俺だけでいい。つまり、お前を一瞬だけでも騙したんだよ」
ベレトは、引き攣った声で反論する。
…………。
ナヘマーと言ったか。
赤色の方も、花鬱に押し付ける事が出来た。
結果的には、自分に有利な方に持っていけた。
……本当に共闘するつもりだったんだよ。ああ、味方は俺の大気の固定を動かせねぇんだな。俺がつねに、マスター・ウィザードの力で触れていなけりゃいけねぇんだな。
そもそも。
彼は、仲間という概念が無かった。
いつも、私利私欲のみで生きてきた。だから、そういう能力が発芽した。
連帯なんて、そもそも出来るものじゃないのだろう。
ベレトの隣を、獣が走っていた。豹だ。
おそらくは、オブシダンの創り出す獣だろう。
「おい、やるか? いいぜ、相手になるぜ。愛の契りを交わそうか? 俺は人間しか趣味じぇねぇんだけどなぁ」
彼は獰猛な視線を、獣に向ける。
豹は、彼を攻撃せずに、まるで彼を誘導するように、通路を走っていた。
†




