#004 黄金の遺跡 2
『ハンド・オブ・グローリー』のメンバーは、メビウスが言う処によると“可能性”なのだとの事だった。決して、みな、特別に、強力な能力を持っているわけではない。強さもバラバラだった。
きっと、その差異に、メビウスは意味を有しているのだろう。
特別任務の内容は、主に二つある。
まずは、ドーンのハンターでは始末出来ない相手との戦い。そして、もう一つは、フルカネリの影響を受けている者達の調査、もしくは、討伐だった。
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ベレトは、フルカネリの遺産を使っている。
多次元世界に開いた孔を通って、怪物達が、塔の中を彷徨っている。それが、オブシダンにのみ与えられた情報だった。
あの塔は、元々、錬金術師の残した負の遺産の一つなのだ。それを改装して、彼は使っているのだ。火にくべた後も、次元の裂け目から、新たに怪物達が入り込んでくるだろう。メビウスは別の栄光の手の部隊に、その辺りの事を任せると告げた。
ベレトは間違いなく、錬金術師フルカネリを崇拝している。
それは、メビウスにとっては、赦しがたい事象なのだろう。
フルカネリは、どのように、この世界に影響を与えてくるのかは分からない。メビウスでさえ、判断が付かない。ただ、造物主であるフルカネリの波動のようなものは、つねに感じ取っているのだという。
そして、波動を感じるのは、おそらくは予めメビウスに組み込まれたプログラムなのだろうと。
フルカネリが、どのようにして、この世界に仕掛けを配置したのかは、メビウスも把握し切れていない。何かに力を封じ込めて、この世界に、あるいは多次元のあらゆる世界に、バラ巻いていったのだろうか。
ハンド・オブ・グローリー……栄光の手にとって、オブシダンはとても重要な存在で、他の者達は言わば、まだ可能性でしかなかった。
それは矜持にはならずに、ただ、自分が突出して重い任務を背負っているのだという、ある種の息苦しさもあった。
ベレトは、未だ、その力が完成していない。しかし、完成してしまえば、とてつもなくこの世界にとって脅威なるものとなるだろう。
その前に、彼の命を終わらせなければならない……。
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テラリスは直言すると、裏切り者だった。
彼は、栄光の手における他のメンバーとは違い、錬金術師フルカネリに近付きたがっていた。彼が元々、メビウスに近付いたのは、フルカネリの遺産を探っていて、ドーンの中枢がフルカネリの創造物だという事に気付いた事だった。
理由が単純で、彼の探求欲は、メビウスの司令と、ドーンのランキング狩りでは満たせずに、フルカネリという強大なものの力を探索してみたいというものだった。
おそらく、メビウスは、既に彼を裏切り者だと見抜いている可能性が極めて高い。それ処か、初めからそれを疑っていた可能性も高い。けれども、自分は泳がされている。
テラリスは、いつか、彼女を出し抜いてやろうと考えていた。
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アジトの中だった。
ゴードロックが、ベレトの私物を並べていく。
彼が様々な盗んだ美術品などもあった、主に骨に関するものだ。太古の人間の骨や、希少種の動物の骨、人体設計図などを描いた絵、とにかく骨に関するものを、彼はあらゆる美術館から盗んでいるみたいだった。……まるで、彼自身の創作物の参考にでもするかのように。
ゴードロックは、強い怒りを抑え切れないみたいだった。
解体する為に使われた得物、謎の古本、動物の骨を使ったアクセサリー。
作品と称されていた、女の陰惨極まりない死体は、丁重に布に覆われていた。これは調査が終わり次第、警察機関に渡し、後に遺族の下に戻るようにするつもりだった。
軍人崩れの男は、死体を眼にすると、ハラワタが煮え繰り返っていくみたいだった。その度に、他のメンバーが冷静になるようになだめていた。
「複写したものだが、遺族の手紙を俺は受け取っている。奴が失敗作と称して、奴が作品と呼ぶものが、街頭に吊るされていたっ! 俺はこの時の遺族の反応を知っている。犠牲者の母親は精神を病み、自殺未遂を繰り返していたっ! ベレトにさらわれ、殺害され、凌辱された他の者達の家族も同じだろう! 遺体を見て、苦しみ、自殺を遂げる遺族もいるかもしれない。そういう意味では、奴の被害者は、更に多い! 俺は奴のような人でなしを許すわけにはいかないんだよ!」
そう言って、大柄の男は、机を叩き続ける。彼のコーヒーの入った紙コップが転がり、中身が地面に滴り落ちていく。
花鬱とオブシダンは相変わらず、飄々とした顔をしていた。
ゴードロックは、軍人崩れである為に、このまとまりの無い面子に対して、いつも苛立ちを募らせていた。
カナリーは相変わらず、寡黙だった。
テラリスは、コンピューターに向かっている。彼は黙々と作業を続けているみたいだった。
「あの野郎、本当に許せんっ! それにしても、おめおめと逃げおおせやがってっ!」
「誰かさんが、ミキシングの仇と言って、塔に火を放ったから。手掛かりが幾つか焼け落ちた可能性もあるからねぇ」
冷淡に言う花鬱に対して、ゴードロックは頬を引き攣らせていた。
そして、彼は、咳払いをして、とにかく今後の計画を練るように、と、一堂に言う。
カナリーは、テラリスが弄っているパソコンの画面に、ベレトの“作品”が映っているのを見て、陰鬱な気分になる。
「これは地図ですね」
テラリスが解析を終えたみたいだった。
それは、何なのか分からない石のブロックに謎の文字が幾つも描かれたものだった。
おそらく、ベレトは、この場所に興味を示していた筈だ。
何名かの賞金稼ぎハンター達に小金を握らせて、ベレトの塔の焼け跡を監視させていた。ベレトのコレクションの幾つかは、此方が押収してある。コレクターの性質からして、取り返しにやってくるだろうと、オブシダンが指摘してきた。
花鬱の意見は別だった、奴は、そんなに馬鹿じゃない、と。
テラリスが画面を動かしていく。
「メビウス様が探している『遺跡』の場所は、幾つかあるんだけどさあ。ベレトの持っていた情報によると、やっぱり複数、地図を見つけてるみたいだぜ、どうする?」
痩せた男は、他のメンバーに問いかける。
カナリーは、パソコンの画面に眼がいく。
何故だか、いつも手に持っている鳥篭が唸り声を上げていた。他のメンバー達は、その声に気付いていないか、あるいは気にしていなかった。
ぶぶっ、と、妙な雑音がする。
何やら、遺跡の画面にカメレオンの姿が映し出されていた。
「これは何ですか?」
カナリーは、テラリスに訊ねる。
「これか? 遺跡の一つを守っている番人みたいだな。何だろうな、このトカゲの化け物は。……確か、…………木とかに擬態する奴だっけ」
「その遺跡に行けませんか?」
カナリーは強い口調で言った。
ゴードロックも、花鬱も、彼女の言葉を聞いて、少し驚く。
彼女が、これ程、短くも強い意思表示の言葉を発したのは、初めての事かもしれない。
他のメンバーは、彼女の意見を尊重する事にした。
これまでずっと、無口だったカナリーが、初めて強く表明した意見だったし、どのみち、しらみつぶしに、遺跡を探索するしかなかったからだ。
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