予言の的中率と装備品
何度かうとうととまどろんで特に何もないまま、次第に空に青みが差してゆく。明るくなって、暑くなってそれから大分してお昼頃、電車はバンコクの駅に着いた。本来9:15着予定だったのでかなり取り戻したと思う。
この辺りは本当に通過地点の予定なのだ。転移者の日本人が特に多く集まるというタイはバンコク、カオサンロード。そこで安い航空券やインドの情報収集をするのがセオリーだと師匠に聞いた。
さっさと電車を降りようと、すると隣の席でおばちゃんが微笑んでいる。
ほぼ手話みたいな方法で話しかけてくる。
「これ、重いねん」
「うん、知ってる」
「若いねんから持てや」
「わー面倒くさ。でも、なんかそうなると思った」
黒いビニール袋に包まれた例の豆だ。はじめにお菓子を貰った時から、こうなる予感はあった。
やたら親しげだったし。
前の座席の二人のおばちゃんと合流して改札を出る。
「腹減っとるやろメシ行くで」
とおばちゃん。例によってノンバーバルなコミニケーションを仕掛けてくる。
「えーと、ぼちぼちですわあ」
そんなの勝手に食うから早く解放してくれ。
だが彼女らは駅の端っこに荷物を着地させる。ここで休む気まんまんだ。
ご不浄に行ったのかお買い物か、車内で隣だったおばちゃんを仮にヴエルザンディとすると、ウルズとスクルドが順番で10分おきに居なくなった。
暇なのであたりを見ていると、駅の中心に人が大量に集まっている。
広い広い構内で、何かイベントをやっていて長い長い行列が並んでいる。
見ていると、テレビの番組か軍のキャンペーンか知らないが、お弁当を貰えるみたいだった。貧困者救済という奴だろう。
「取って来てやる」
「待ってろ、あと荷物見てろ」
「すぐ戻るわ」
いや別にいらねーし。
飯屋くらいあるだろう、バンコクって言ったら首都だし。ご飯代くらい払える。わざわざ施しを受ける必要性が俺には無いんだよ。
ノルン三姉妹は行列の最後尾に並びだした。
残された三人分の荷物を前に、俺はタイまで来て一体何をしているのだろうと思うとやるせなかった。
だいたい先に貰った人の開けているのを見たら、小さいおにぎりと乾き物の豆だとか、透明ビニール袋に入った野菜(あれをサラダとは言うまい)とかでしょぼい。
昼を過ぎてお腹が空いて来たので、まああれでも少しは足しになるだろうか、何て考えていると時間がなんとか過ぎてゆく。
遅い。
あと五分待って来なかったら行っちゃおう、といい加減我慢の限界が迫って来た頃にやっと帰ってきた。弁当箱を三つ持った、おばちゃん三人娘が。
うん、並んでる人だけしか貰えなかったんだね。普通そうだよね、でもそんなの予想済み、想定内って奴だよ。
だいいち最初っからいらないって言ってるし。
おばちゃん達は心なしか、俺から目を逸らすような……。
「俺、そろそろ行かなきゃ」
何度か頭の中でシミュレーションしていた通り、ばっちりのタイミングでバイバイを言えた。
さすがにそれ以上引き止められずに、ようやく単身バンコク上陸を果たせた。
少し歩いてWiFiの出来る定食屋に飛び込むと、すぐにトムヤンクンと麺、ビールを頼む。
味は辛くてうまいだけで、特に言うことはない。あと安い。
それよりWiFiから地図を読み込んでおいて目的地を調べておく。
これだ。この作業。ハジャイで身をもって知った。してあると無いとでは疲れが倍違う。
トムヤンクンには袋茸という味のいいキノコが入っている。しいたけ、マッシュルームに次いで全異世界三位の生産量だそうだが日本にない。しいたけもマッシュルームもそこまで好きじゃないが、袋茸。こ奴だけは感動するほどで、香辛料もエビも本当は飾りだ。
エアコンなどない店先のテーブルには巨大な扇風機がぶん回っている。
酸っぱさと辛さ、そして甘さがどうしてこの美味しさに繋がるのか、いまいち分からない。
鶏出汁の中華麺に唐辛子と酢と砂糖を入れる。パクチーともやしも入れる。
赤く染まるスープ。
立ち広がる香気。
辛くて滝の汗が出る。
腹いっぱい食べて大瓶のシンハビールを飲み干すと、ゆっくり会計をして立ち上がる。
これで炎天下の灼熱も怖いもの無しだ。
例によってタクシー使わない主義で、4キロも無いカオサンロードへの道を歩き出す事にした。
徒歩の移動というのは別に苦行のつもりもなくて、タクシーや客引きが嫌いだというのも方便で、実のところ足でなければ分からない感覚が好きなのだ。
途中でジュースや屋台で買い食いをしたり、気になるお店に立ち寄ったり。
野良犬から逃げたり。
つまり、乗り物ではエンカウント出来ないモンスターの方が多いという事だ。
疲れる前に休憩してお茶にするから、結局タクシー代ととんとん、急いでないから楽しい方がいい。
せっかくの異世界なんだから。
クソダサい麦わら帽をぼったくり価格で買わされ、涼しい竹細工の店を出る。
打撃耐性はないが、特殊効果で直射日光耐性が少し上昇するという。
しかし、ダサい。魅力値劇下げでゼロになる。
田舎のおじいちゃんが畑仕事を終えて大都会に来てしまった感じだ。
道行くタイ人が笑っているような気がする。
買った時に店員も笑っていた。
初めのうちに小さく騙されるのはある程度許容したい。
腹は立つ。それはとっても大事だ。
憤慨し、歯ぎしりをするほど悔しいと思うからこそ、次回の対処法を考えるからだ。
取り返しがつかない失敗をする前に、何に気をつけるべきかが見えてくる。
金銭感覚だってはやく身につく。
そう考えれば、これは安い出費なのだ。
まあそのうち捨てるか、ワンピースという漫画が好きな友達にお土産として渡せばいいだろう。
しゃれおつな喫茶店で甘い甘いアイスミルクティーを飲んで、細い道を入った先がちょうど目的の日本人宿だった。
毛むくじゃらのわんこが歩き疲れた俺をお出迎えしてくれた。
※予告※
毛だるまの犬、真っ赤なイタリア製バイク、一癖も二癖もありそうなフランス人。そして夜は派手な格好の女たちとダンスクラブで密談をする。
次回『犯罪計画』国境の鉄条網を越えるのは何もスティーブマックイーンの専売特許ではないッ!