深夜特急の車窓から
腹痛と発熱で執筆遅れました、ごめんなさい
たそがれゆくハジャイの街を電車はようやく走り出す。
まあ海外ならこんなものだろう。まいぺんらい。
これは唯一覚えられたタイの現地語で、問題ない、気にするな、みたいな意味らしい。
いいんだ。
別に。
とにかく何時だろうとこのハジャイを出発して、最後にバンコクに着きさえすれば。
隣に座ったおばちゃん、多分60代は越えているんじゃないかと思う肌や手の皺だ。
幾つになっても女は女、ピンクの口紅を付けている。
で、足元にはビニール袋に詰まったひと抱えもある豆。
俺が窓側で彼女は通路側だ。
街中や幹線道路を走って五月蝿いバスと違って電車は田舎の野道を走る。
外に牛だとか鳥、現地人がカシナートの剣に似た回転刃の魔導草刈機で果てしない原野と無制限デスマッチを繰り広げている姿、こんなに暗くなったっていうのに。
そんな過ぎてゆく景色を見ているうちはまだ楽しいが、すぐまっ暗で見えなくなった。タバコやトイレに行く時におばちゃんの荷物が邪魔すぎる。
網棚の荷物(シートバッグの方)はワイアとロックで止めてあるので手荷物のみを持って、このあたりだと人を跨ぐのが無茶苦茶失礼な不作法にあたるらしい。なので極力よけてもらってギリギリすり抜ける。
車内禁煙なのでタバコは車両の連結器の上。
ドアなんて閉まってないので吹き抜ける風が気持ちいい。揺れで落ちないように気をつけて、終わったら遠くに投げ捨てるのがマナーだとか。
今のうちに書いておくけどこの旅の目的は観光とか自分探しとか出会いや感動みたいな若々しい奴じゃない。一言で言えばこう。
インドに呼ばれて仕方なく来た。
つまり、イメージして貰えばいい。
萌えキャラでアニメ風にデフォルメされたインドちゃん。
彼女が涙目で、うつむきながら言う。
「きて、くれないの?」
それに主人公が答える。
俺は曲がりなりにも社会人で、仕事もあるし、貯金もないし、そんなインドくんだりに行っている暇がある訳がなかった。その時、こう答えた筈だ。
「やだ!」
つまりはそういう事なのだ。
何を言っているかよく分からないだろうが、要は呼ばれないと行けない国だとか何だとか値打ちこいているインドちゃんに、断ったのにしつこくうだうだとねだられて、やれやれ仕方ねえなーと今回やっと行く事になったような成り行きだ。
日本でインドに呼ばれて、などと正直に言おうものならまず頭に虫がわいたと思われるのが関の山なので、仕事を辞める口実はスキルアップにした。
「インドはコストが安いんで、欧米なら何十倍もの予算が」
「かわったやっちゃなー」
「カレーっす、って写メ送りますよ」
ついでなので英語も安く習っちゃおうと思ったし、インド工科大学《IIT》という魔導を研究する施設にも興味がある。
あとはインド映画見たいのと、執筆中のニュートラルという小説の、作者取材中と言ういいわけのためでもある。
為替も現在、円が強い。
イギリスがEUやめるって言ったおかげだと思う。
無駄に時間があるのでいろいろな事を考える。
売り子が弁当を持ってやって来て、おばちゃんはメニューを見比べている。
「どれにすんねや?」
「えっ、俺も?」
「これにせえ、うまいで」
「別にいいけど」
と相変わらずボディーランゲージで話す。
特に記憶にも残らない味だった。
おばちゃんに「まいうー」みたいなタイ語の言葉を習ったが忘れた。
2等座席の明かりは夜通し消えず、その白い蛍光灯の光を手や布で遮って各々浅い眠りにつく。
おばちゃんが、寝ぼけて俺の肩の上に頭を乗せて来た。
何これカノジョ誘ってんの? まさかの異世界モテ期到来? 敬虔な仏教国でまさかの電車内プレイ? 年上属性開花記念ドキドキ歳の差2倍サービス中?
などと年甲斐もなくドキドキして、実はちょっとだけ興奮した。
※予告※
王都バンコクに到着した一行は、盛大なセレモニーを目の当たりにする。
たまたま入ったレストランで出てきたその料理には、決して日本では食べられないアレが入っていた。
次回『予言の的中率と装備品』あーおれ最初っからそうなると思ってたわー ッ!