常夏の夜の街
国境の長いトンネルを抜けると熱帯だった。
元々だし言わば赤道直下からむしろ北上してる訳だが、一行はやっとタイに着いた。
同乗者は若い欧米人の女の子が別々で6人と、スイス人のおっさん。
バスはマレーシア側で警察になんと3回も止められ、その度にドライバーが後ろに行って賄賂をこそっと渡していた。安い料金でこんなに出費が嵩んだら赤字じゃないのと他人事ながら心配になる。
スピード違反でもなさそうだし、無免許か白バスじゃないかと思う。
例によって許可を受けるより賄賂の方が安いのだ。
まずマレーシア側で、日本国ギルド発行のパスポートを見せて指紋をまたスキャンしたら出国の三角のはんこ。
すぐにタイの入国審査で、今度は出入国カードを書かされる。
トラブルが発生した。
バスの中で、前の席に座っていた若いねーちゃんが入国拒否された。
スイス人のおっさんがお金を貸してやる、賄賂を払っとけと袋に入った札束を渡すが、それでもダメだった。
「バカな失敗をしたわ、ほにゃららのビザが二回使えなかった」
みたいな事を彼女は言っていたと思うけど英語がフルーエントすぎて、流暢すぎてほとんどキャッチ出来なかった。今回が再入国なら、取ったのがマルチプルのビザじゃなかったのだろうか。
ここで俺tueeeチーレム主人公なら出ていって何とかしてやるのが定番の流れだ。
「あー、えっと」
バスが発車した。
躊躇してる間に、無情にも彼女一人を残して。
「事故みたいなもんだ」
ゲートをくぐるバスの中で、スイス人が残念そうに言う。
「何とかしてあげたかったんだが」
とさっき貸したがそのまま戻ってきた札束の枚数をチェックし始めた。
ま、仕方ないか。
まだそんなに仲良くなかったしゴメン。
ただ、心細いだろうな、とか言葉が通じないまでも寄り添って励ましてやる事は出来たはず、とか後悔は後々まで残った。
あと下心も。
で、ハジャイに着くがすでに夜だし、バスターミナルは目的の駅からかなり離れているらしい。
更にチート能力封じ。
wifiがどこにも飛んでない。
つまり、魔導通信器具で地図が見れない。
方向もいまいち分からない。
とりあえず残り僅かのマレーシアリンギットをタイバーツに換金する。
バスを迎えに来たおばちゃんが、おいでと言って連れて来てくれた旅行社みたいな場所。
「次は何処へ行くんだい? ここで換金もしてあげるよ」
「お幾らですか?」
「1リンギット8バーツ」
「ふざけるな!!」
そこだけは、事前にレートなど調べ済みだ。
8.65は貰わないと大損をこく。
舐めるな、と踵を返して旅行社を出る。
バスターミナルに戻ると換金所があって8.6バーツそこそこだったので諦めてそれにした。
残り僅かだったので200バーツ少々にしかならなかった。
心細い。
200バーツってなんぼやねん。
大体、バーツの3倍が今の日本円のレートだ。
だから600円くらい持ってる事になる。
でも地元の金銭感覚はまた別だ。
その感覚が掴めるまで、金銭のやりとりに不安がつきまとう。
例えば空腹に耐えかねて、近くにあった食堂でご飯を戴く事にした。英語があまり通じない。幾らだろう。足りないって事はないだろうけど。
辛い。
四種類の容器に砕いた唐辛子、酢に漬けた唐辛子、ナンプラー、砂糖がそれぞれ入っていて、頼んだ料理にそれを全部掛けて食べるのが流儀のようだ。
汗だくになるのを店のおばちゃんに笑われた。
お支払い。恐る恐る小額紙幣から順番に出していく。
30バーツだった。
タクシー、トゥクトゥクという三輪車、モーターサイというバイクの後ろに乗る奴。これらが駅までの主な交通手段らしい。
歩いて行くと言ったら、無理だからバスターミナルへ戻ってタクに乗れと、道を尋ねるたびに全員が言う。
どっち方向か教えてくれるだけでいいのに、ご親切にバスターミナルの方向ばかり教えてくれる。
「マジで言ってるのか? 10キロはあるぞ」
「バイクの後ろに乗れば楽だしあっという間よ」
「悪い事は言わないから」
大体こういう場合、地元の人間の言う距離感覚ほどあてにならないものはない。
例えば大阪市民に新大阪から難波まで歩いて行くと言うとにーちゃんアホかと言われるのが確実だが、実際の距離は七、八キロしかないのだ。そんなの二時間もあれば着いてしまう。
依って、原住民に言われた距離は決して鵜呑みにしてはならない。
不可能ではない。ただしアホのにーちゃんなのは否定しない。
バイクに乗ったおっさんが馴れ馴れしく話しかけてくる。
指で輪っかを作り、そこに親指を出し入れする。
「ノーセンキュー」
お金がないからでも病気が嫌だからでもないが、仮に自分がそこで得た快感を幸せと思えない確信がある。
野性の勘と、街のにおいを嗅ぎつける嗅覚のみで、迷いに迷って三、四時間後にやっと駅にたどり着いた。
いっその事高級な宿に泊まろうと決心した。タクシーにボラれた方がまだ安いくらいの宿。まあカードが使えそうな所だ。
駅が分かればガイドブックのマップが使える。バスターミナルは遠すぎて描いてないが回線のない魔導通信フォンの地図など荒すぎてそれこそ使い物にならない。
WiFiに頼らない紙媒体は重いがこんな時助かる。
道で線の細い顔をした美人に話しかけられた。タイ式マッサージを施してくれるそうだ。
「ごめん、いいや」
日本から来たんだとか、少し情報を聞き出されてすぐバイバイし、やっと見つけた宿に泊まる。日本で考えたら普通の旅館で、安すぎる料金だが現地価格ではぼったくりの。
ビールを買おうと近くのコンビニに行くと時間帯販売禁止令があるようで買えない。
クラブみたいな所に入ると小さい瓶ビール一杯で100バーツ以上も取られた。
テーブルに案内されると立ち飲みで、そこは何なのか知らないけど舞台で地元のバンドか何かが生演奏していてノリノリで、若者からおじいちゃんまでが踊って歌ってハッスルしていた。言葉も曲も一つも分からないけど、楽しい。
何でこんなおっさんにって人に若い女の子がスキンシップをしていて、観察していたら実は嫌がっているみたいにも見えた。
タイの風俗は勉強不足で、そういう場所なのかも知れなかったが、確認する前に出た。
バンドが終わって録音のクラブミュージックになったので、そろそろ頃合いだろうと。
迷った。
明日の換金場所を探そうと少し足を伸ばしたのが悪かった。
また右も左も分からない。
WiFiない。
今度は紙媒体地図も置いて出た。
ハジャイはそういう街なんだと諦めてまたさまよった。
一時間以上歩いた後に、先に会った線の細い顔の美人にまたエンカウントした。
ずっと営業してるのだろうか。
「迷った、道を教えて?」
「いいけど、マッサージする?」
「40しかない」
「大丈夫」
案内されて、そこから宿はすぐだった。
※予告※
美女の正体、冷たい灼熱の街。逃げ出した電車の中で、同席となったご婦人は言葉を介さずに意思を通じさせる。
次回『トレイン・トレイン』旅とは純粋に時間に身を委ねる事であるッ!