信じるチカラ
イチャコラ朝食を食べるカップルが相席で、挨拶をしてきて、エストニア出身だと言う。
何処だそこ。
部屋も清潔、シャワーもきれい、トイレになんと紙がある。
全く言うことなしの宿だった。
朝早くそこを出ると、フェリーでペナン島を出てバスターミナルに向かう。
帰りは無料だった。
で、バス屋さん。
また怪しそうなおっさんおばさんたちがぞろぞろ声を掛けてくる。
全員嘘つきだ!
決めつけてかかる事にした。
次の目的地はハジャイ、もしくはハッチャイと呼ばれる場所で、どうやら駅があるらしい。バンコクはそこから遠いから電車に乗り換えるつもりだ。
ハジャイはタイだ。国を陸路で越える。
怪しげなおっさんがハジャイなら俺が担当だとしゃしゃり出てくる。そのバスが35リンギットだという。
安い気がするが、疑ってかかる。もう騙されねーぞ!
「それ本当か? 本当はもっと安いんじゃないの、先にチケット見せろ」
とにかく16番の停留所で待ってろと言われ、メモみたいな紙を渡される。2時にそこに来るらしい。
「お金はチケットと交換じゃないと払わんよ」
先に払え、と言われるが拒否。
大丈夫だから、と言われるが風態がどうも信用出来ない気がする。
待っていたら見るからに日本からの転移者がいた。
「あ、日本人?」
「えっ?」
こ綺麗な格好にキャリーバッグなんかを転がしている。
「何処行くん?」
「一応マラッカです、っていうか財布盗まれちゃったんです」
「はあ?」
聞けば前日、屋台でビールを頼もうと財布を脇に置いて選んでいて、振り向いたらもうなかったとか。
「紐とかチェーンは?」
「つけてません」
「カードは」
「親に連絡して止めました」
マレーシアは比較的安全な国だったはずなんだが。
「えー、大丈夫なの?」
「なんとか。80リンギットくらい持ってるんで、マラッカ行くバスが夜中に出るから車中泊出来ますし」
「あと何日いるの?」
「土曜までなんで、5日です」
「足りんやろ」
「何とか、空港で寝たりすれば」
「よっしゃ貸そう!」
どうせリンギットなんか持ってても仕方ない。タイバーツに変えるか思い出に取っとくくらいしか出来ないんで気前よく財布を見ると、150リンギット少々しかなかった。
「あ、ごめんあんまりないや」
100リンギットを渡す。2500円位なり。
彼は日本ギルド発行の身分証、旅券とか見せてくれて名刺をくれた。
魔導通信ツール、糸のアドレスを交換。ハギワラくんと言うらしい。しかしここはチート能力WiFiの圏外なので友達登録までは出来なかった。
「英語しゃべれるの?」
「全然出来ません!」
とか話してたら、怪しいおっさん再登場。
「お前が払わねーからバスここに来なくて行っちゃったよ!」
「はぁ?」
「次は4時だから、35リンギット払っとけよ」
「だからチケットと交換しろって」
「じゃあ次のも行っちゃうよ?」
「本当かよ」
「信じないなら、じゃあ勝手にせえ!」
おっさんいい加減切れた。
なぜか隣にいたおばちゃんも一緒になって怒っている。
「誰やあんた」
ハギワラくんが、
「何て言ってるんですか?」
と聞いてきて、いや実はと説明する。
彼は警戒心が少し足りないが、俺は警戒し過ぎなのかも知れない。
説明していると少し冷静になって、考えるに騙そうとする奴は、信用されないという理由で怒ったりはしない。親切にしてるつもりなのに疑われるからこそ怒るのだ。
隣で聞いていた巨漢のにいちゃんが、ハジャイならあのおっさんに任せたら大丈夫だから、と諭してくる。
全員グルって事はないよな?
「払うわ」
おっさんはまだちょっと怒りながら15リンギットお釣りをくれた。
「最初はクアラルンプールに着いて、電車でセントラル行って泊まったんです」
「電車って、リッチやなあ」
「WiFiも繋がったし快適でしたよ」
「そうか、バスは段差でぴょんぴょん跳ねてた。あ、でも街中、道穴とかあいてガタガタだったでしょ。キャリーバッグじゃ辛かったんじゃない?」
「はい、その度に持ち上げて」
暇なので情報交換した。日本語はまこっちゃん以来だ。世間話が出来る言語話者って貴重だ。意志を何とか伝えられるレベルの言語で人と相対すると、疲れる。
「仕事が忙しすぎて頑張ってとった休みで、それでもやっぱり出てくれって言われたのを飛行機取っちゃったからってなんとか押し通したんですよ」
「それでこんな目に遭うなんてねえ」
「ガイドブックもなくしちゃうし、散々です」
「マラッカだっけ。俺の持ってる本、写メ撮る?」
魔導通信機のカメラで開いて見せた該当ページを撮らせる。
「この本、落としたのと同じ奴ですよ、懐かしいな」
「盗られたり落としたり、キミはもうちょっと警戒心をだね……」
さらに二時間待ちになった訳だが、喋っていたら時間が早い。おっさんが来て、
「バス来たわ、ついて来い」
「えっ、バス停ここじゃねーの?」
「あっちだ、急げ」
ハギワラくんにお別れの挨拶もそこそこに、ついて行くとワゴン車よりちょい大きいくらいのマイクロバスがいた。
ターミナルの停留所まで入ってくるのが面倒臭いのか、幹線沿いの道端だった。
おっさんはドライバーの小汚いにいちゃんとハグしている。仲良しかよ。
「なんかゴメンね、ありがとうね」
おっさんに言って握手すると、俺はしょぼいバスに乗り込んだ。
※予告※
国境でのトラブル、どうにかたどり着いた王国。
しかし街は複雑怪奇の迷宮だった。所持金も尽き、さまよい歩く旅人の前に怪しげな男が立ちはだかる。
次回『常夏の夜の街』地図を持たない旅人は、未知の世界の探求者であるッ!