さよならインディア
シャレオツ日本人シン君とイケメンモンゴル人ロギーとムスリムタイ女子ザキアが三人で行ったケッラ観光一週間の旅。それに、誘われたけど断ったのには理由がある。
その少し前に、似たようなメンバーで日帰り旅行をした事があった。
そこで懲りたのだ。
隣の県にあるマイソールという街で、そこは観光地だった。
電飾の宮殿があって、綺麗だから四人で行くことにした。メンバーは、ロギーではなくリョーコさんがいた。
楽しくなかった訳ではないんだが、集団行動の出来ない自分というのを強烈に感じた。
つまらないかも知れないがふと興味を惹かれた建物だとか、ふらっと入りたくなった料理屋だとか、咲いている花や飛んでる蝶々みたいなもの。
一人で勝手に動いているなら好きにしたらいいし、気の置けない友達ならわがままだって通せるだろう。あとそんなに好きじゃない奴と行くのだとしても、かえって気を遣わなくてすむので楽だったのかも知れない。
だが我慢していたのだ。
身勝手な自分の欲求を強烈に抑圧してサービスに努める、そんなスタンスで臨んでしまった。
だが何故だろう。
大丈夫だと思ったのだ、それでも。
役割分担というものがあって、人は数人が集まると自然と与えられた役割というのを演じてしまうという説がある。
ザキアはインドのローカル料理が食べられないので他のメンバーが朝食を食べているのに『私はお腹すいてないから』と言って引きつった顔でニコニコしてるし。
シン君はその時まだ盗まれていなかったデジタル一眼レフのカメラで綺麗な写真を撮ってくれたけど基本的にノープランで成り行きとか雰囲気に任せているだけだし。
リョーコさんは下調べとか実はしっかりしているのに率先して目的地を決めて向かうようなリーダーをやるタイプじゃないし。
何処へ向かおうかなんてうだうだ喋っていて、でも誰も地図とかガイドブックなんて持ってきてないし。
だから頼まれてもいないし向いてもない癖に、何か引率みたいな役割が割り振られた気がして、耐えられなかった。
一番どうしたらいいのか分からない状況だ、みんな優しくていい奴で。
俺は自分勝手で気が利かない人間だから、例えば日本でバイクでツーリングをする時もマスツーリングという何人も揃って列を作ってダラダラ走るみたいな事は吐き気がするくらい嫌いで。
目的地と集合時間だけ決めて一人で勝手にぶっ飛ばして適当に休憩して抜いたり抜かれたりする瞬間だけ並走するくらいの協調性しかなくて。
珍しく四、五人で走っていた時には同行者がトイレに行きたがって合図してるのにも延々二時間くらい気付かなかった事もあった、そんな人間だ。
いまだに何が正解だったのか分からないのだが、その時はイニシアチブを取ってツアーを引っ張って行く練習かトレーニングでもしているつもりだった。
電車のマイソール駅を降りてザキア以外が朝食を食べたあと近くの市場を散策して、それから宮殿を見学して中庭の上空に鳥除けのネットが張ってあってそこに電飾用の電球の切れた奴がぽいぽい投げ捨てられて引っかかっているのを鑑賞して、そこで飼われていたラクダにも乗って、その後バスで一時間くらいかけて北のスリランガパトナ城塞跡まで向かって、そこにあったモスクでザキアだけ礼拝して、探してやっとあった川沿いのレストランでカレーを食べてザキア以外はビールを飲んで、荷物番をした俺以外がおわんみたいな小舟で川下りをして、宮殿の電飾を見るためにまた一時間くらいかけて戻って、ザキアとリョーコさんはバス停から宮殿へ向かう途中のデパートで化粧品をお買い物、その間に俺とシン君はカフェでコーヒーやらジュースを飲んでいたらそのおしゃれカフェの壁にドブネズミがいたのを一瞬だけ目撃して、見間違いかも知れないしシン君は気付いていなかったので心に秘めたままにしておくことにして、その後も女性の買い物は全然終わらなくて、やっと終わって電飾を見に宮殿に着いたら入場出来なくて、理由を聞いたら8時までだそうで五万個あるという電球はもう既に全部消えていた。
一同は悔しがっている。俺は下品なエレクトリカルパレードになんて少しも興味がなかった。マハラジャの下らない虚栄の象徴なんて少しも。
「また来たらいいんじゃないですか?」
「いやマイソールなんてもう来ないです」
はあ? どないせえと。
帰りはバスにするそうで、バス停までの地図をアプリで見ながら案内した。
「こっちみたいですよ」
シン君とリョーコさんとザキアは後ろで三人でダラダラ喋りながら歩いている。
歩くのが遅い。
俺は一人で前を進んで、感じていたのは疎外感だった。
何を空回りしているのだろう。
誰も行き先を調べたりしないので任せられたようになっていて、でもそれは頼まれた訳じゃなくて勝手にやっているだけで、それは仕方ないから我慢していて、なのに俺以外は盛り上がっている。
客引きのインド人がしつこく声をかけて来て、三度ノーセンキューと言っても引き下がらなかった。
「いらん言うてるやろがコラァ!」
日本語で、大声で怒鳴りつけた。
最悪だ。後ろの三人が静かになった。
機嫌が悪いのに気付かれてしまった、そんなつもりじゃないのに。空気を悪くしたい訳じゃない。
バス停に着いた。
「ごめんけど、俺やっぱ電車で帰りたいからここで分離するね」
悩んだけど結局そう宣言した。
説得に少し掛かったけど日本人二人には何とか納得して貰った。
ザキアには最後まで反対されたけど押し切った。
みんないい奴なんだ、けどそこで規定された自分は窮屈で。他者を受け入れられない自分が悪いのか、受け入れられないと自分を決めつけて自縄自縛しているのが俺なのか。その時俺に出来た事はただ逃げる事だけだった。
切符を買うのに一台しかない自動販売機でインド人の群れに揉まれ、やっと順番が来たと思ったらお釣りが出ないので細かい紙幣に両替して来いと言われ、10時位からずっと待っていたのに全然発車しないで待たされ、ぎゅうぎゅう詰めの深夜電車は席もなく立たされ、さらに各駅停車の劇遅でバンガロールに着いたのは朝の5時をまわっていた。行きは急行で2時間くらいで着いたのでそのくらいかと思っていたのに。
バンガロールシティ駅からしばらく歩いてオート力車に乗った、そのドライバーが糞野郎で支払いに100ルピー札を渡したら釣りがないと言う。ドライバーが近くの新聞屋に両替して貰って、釣りを俺に渡す前にもう一度「100ルピー払え」と言って来る。
「え、先に渡しただろ」
「貰ってない」
「は? ふざけんなよ」
「いや払えって」
とラチがあかない。
「いいか。俺は、その100ルピーしか持ってなかった。だからサイフにもポケットにももう100ルピー札はない。だから俺はすでに払っていることに間違いない」
そこまで説明するとようやく引き下がった。いや、
「さぁ、じゃあ今からチャイ奢ってくれよ」
殺意を覚えるほど能天気に要求してくる。
「ダメだ」
「何で?」
「お前が糞ったれの嘘つき野郎だからだ、死にさらせクズ」
こういうインド人は本当にバカだから脳が二ミリあれば分かりそうな事でもちゃんと説明してあげないと理解出来ないのだ。
やっとPGの宿に着いたらシン君はとっくに帰って熟睡していた。深夜1時過ぎには着いていたそうだ。
そんな最低の思いをしても一人で行動していた方がマシだと思える、俺はきっと結婚とか出来ないタイプの人間だ。
「ケララよかったですよ」
「ご飯美味しかった?」
「まあそれなりに……」
一週間のケッラ観光から帰って来たシン君と、バンガロールで唯一美味しい昼飯屋でアルミの皿に乗った白飯に汁をかけた絶品料理を食べながら世間話に、
「そういえばザキアとはどこまで進展してんの?」
と聞いた。
旅行だけじゃなくてよくご飯を食べに行ったり一緒にバトミントンをしたりと、いつもやたら一緒にいる。
「全然そんなんじゃないんですよ」
「だって超仲良いじゃん」
「実は僕、ゲイなんです」
とカミングアウトされた。
「ぽかーん」
「ハハハ、僕女に興味ないんですよ」
「うん。ええと何と言ったらいいのか、やっぱりそうだったんか」
確かに、喋り方だとか雰囲気やファッションセンスなどは、それっぽかった。
同じ部屋で3ヶ月過ごして、気付かないのは鈍すぎるだろう。
今まで友達でセクシャルマイノリティーの人はいなかったので、現実感がなかった。疑わしくはあったが、実在を信じられないという心情。
だから実は半分くらい、カマをかける気で言ったのだ。
週末の夜中に出会い系アプリなんかで出掛けて行ってヨーロッパ人のツーリストと会って朝帰りしてた事もあったし、確実じゃないけどそういう事かと。
「豹変して襲いかかってきたりとか、やめてや? 今まで俺がシャワー浴びてたりしてる時にかげでこっそりムラムラしてたんやな!」
「失礼な、僕イケメン好きなんですよ」
「ひどっ。それ来られても困るけど何か釈然としないな。てかどっちが失礼なんよ」
女の子と仲がいいのは、警戒されない所為らしい。
「ザッキーアは最初から分かってたみたいですよ、タイってオカマ多いから見慣れてるって」
「へー。日本じゃあんまり見ないもんなあ」
「いるんですけどね、本当は」
「えっ、そうなの」
「いっぱいいますよ」
「なにそれ怖い」
「普通の人は知らないんです」
「秘密結社みたいだよね」
「興味あります?」
「いや、俺知ってんねん。
そういうちょっとした好奇心から入り口に踏み入ってしまって気付いたら取り返しのつかないところまで行ってしまうもんなんやそういうのって。
俺は未知の扉を開くつもりなんてないぞ」
あとは男友達とAV女優の話で盛り上がる時についていけないので誤魔化すのが辛かった、みたいな話をしていた。
「俺はストレートだけど、AVは興味ないよ。演技臭いし」
「バレないように勉強しましたもん名前覚えたり」
「大変だねえ、苦労してんだ」
「興味がないから全然頭に入んなくて苦痛でした」
でも何で俺にはカミングアウトをしたのだろう。聞けば、
「大丈夫だろうって気がしたんです」
「確かに差別とかはしないけどなあ」
「アラブ人たちには、イスラム教じゃ死刑なんで絶対言えないですけど」
「ハハッ、確かに」
しかし男女の婚外交渉が禁忌なので、単に欲求を満たすための手段として男色の文化あるという話も聞いた事がある。
髭を伸ばさない男はアラブでは女として扱われるのだそうだ。
「そういうのを嫌がる人って、多分怖いんだと思うんよ。実は本人にもそのけがあって、それを否定したいんだと思う」
俺は怖くなかったのか?
「梅田で一度間違えてゲイバーに入っちゃった事があって、お店から外国人が出てきたからインターナショナルなパブとかだと思って。
金髪のおねーちゃんも居たんだけど入れ違いに帰っちゃって。
一緒に飲みに行った友達が海外好きでさ。あ、旅行がね。
で、入ったら雰囲気がもう。ムキムキの店長とかいるし、隣のにーちゃんはやたら馴れ馴れしく話しかけてくるし。でも最初は分からなかったんだ。
バーボン頼んで、でもあんまり種類置いてなかったな、そういう店じゃないから。
『こういう所にはよく来られるんですか?』
って店長に聞かれて、バーにはよく行くから、
『えっ? あー飲むのは好きなんで』
とか言って。でもそういう事じゃなくて、そういう店だって。
すぐに出ようと思ったけど、その旅行好きの友達が、イランかパキスタンで男に襲われかけた話とかし始めて、『日本はどうなんです?』って聞いたら、その隣にいた茶髪のオジさんが、
『さすがに日本はそんな危険な事はないよ』
って言って、中学生の頃に初めてゲイの集まるパーティみたいなのに参加したって話を初めて、
『その時オレンジジュースを貰ったのね、お酒飲めないからこれがいいだろって。で、睡眠薬入ってたみたいで、気付いたら全裸にされてて上でおっさんが腰振ってた』
って、危険じゃねーか! 日本も充分!!
『や、やっぱり同意じゃないとダメですよね』
とかお茶を濁したけど。
飲んでたお酒をこっそり捨てて逃げ出したけど怖かったよ」
誰でもいいわけじゃない、と言うのは男が言う場合、建前である事が多い。
イケメンでもない俺だが仮に、正面から愛だとか欲情をぶつけられた時、受け入れる事はないにしろ、逃げたり逸らしたりせずに受け止める対応は出来るのだろうかと困惑した。
「いや、ないから」
直接聞いたとして、そう言われるのは間違いない。
ただ色恋を介さなくて済む、友達というある種の幻想が打ち砕かれる可能性を垣間見たのは少々ショッキングな体験だった。
※
少し歳上の、日本人の男性が新しくPGに入獄してきた。
オーナーがうるさいのを嫌って翌日別の寮に移っていった。
俺はほとんど会話を交わさなかった。
シン君は親密そうに三つの質問、汝は何処より来たりて云々を喋っていたが、どこか嘘くさいように感じられた。表面的と言うか、社交辞令的というか。
彼は長髪だったが髭を伸ばしていて、キャラが被っていたのだ。
翌日学校で、日本人の見分けがつかないインド人の先生に間違えられたくらいだ。
「いつのまに髪を伸ばしたのかと思ったわ」
もちろん日本人が見れば一目瞭然なのだが。
それで気に入らないな、と少年マンガのガキ大将のような理由で避けていた。
帰り際に新しいPGの住み心地の話をして、
「寄ってきませんか?」
と言われたのに断ったくらいだ。
スピーキングの授業が同じで帰るタイミングが一緒だったのだ。
避けているとは言えもちろんお互い大人、面と向かって喧嘩腰になったりはしなかった。
その後も何度か帰りが一緒になって、少しは話すようになった。
「両替の出来る店を知りませんか?」
その当時、強引なインドでは通貨の切り替えが行われていて、旧1000ルピー札、500ルピー札はすべて使用不可。さらにATMから引き出せるのは2000ルピー札のみという信じられない不都合が平然と行われていた。
2000ルピーなんて大金を払って、お釣りを用意しているお店なんてほとんど無い。
「バーくらいっすね、行きます?」
一人飲みも飽きていたので、誘ってみた。飲み屋はいつも大繁盛で毎日大金が取引されていた。なので2000ルピーを崩せる場所はいくつかある街の酒屋に限られていた。
「今からですか?」
行くことになった。
ビールを飲んで話していたら意外と話が通じた。
どこかの会社の現地駐在員の友達がいて、お金持ちの彼がただで薬草をくれるので余っているそうだ。
よくよくジャンキーとは気が合うものだ、類は友を呼ぶという諺の通りなのだろうか。
ほいほいついて行って数ヶ月ぶりに一服したら倒れた。
これがバッドという奴だろうか。
音楽の話だとか映画の話をしていた気がする。
部屋は鳩小屋と言われた事もあるうちのPGよりもさらに狭くて、彼は独房を思い出すと言っていた。
日本での事だそうだ。追求はしなかった。
その後も懲りずに何回か遊びに行った。
彼は二週間くらいでまた旅立ち、俺も時を置かずしてすぐ数日後にインドを離れる事になった。
家に寄ったがおらず、別れ際は会えなかった。
シン君に聞くと結局一度も彼の家には行っていないそうだ。
「最初は俺の態度とか心配してたじゃん」
「そうなんですけどね」
何だろう。
自分が形骸の親密さを粧えない不倶者なのか、薄ら寒い嘘の表面的な美辞麗句だと心の奥で否定しているのか、あるいはバカなのか。
結論を保留にしたままバンガロール空港からドバイに飛んだ。
バス停までシン君が見送ってくれた。
学校からは卒業証書みたいなのを渡されたが、それに貼る写真をスーツで撮らなくてはいけなくて非常に面倒だった。
スーツなど持ってきてはいなかったが、写真屋に行くとCGで首から下を合成してくれた。
空港の敷地内にいるこ汚い野良犬も、インドを去る今となってはむしろ愛おしかった。
※予告※
西方浄土のさらなる西へ。そこは楽園? 天国? 天竺よりも美しく、敷き詰められた芝生の道には優雅に野良七面鳥が歩きまわっていた。
次回、『ブルジュハリファーの塔』上・下・左・右・下・上・右・左・左・右・下・上・右・左・上
2コンB左・1コンA下ッ!




