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ただのトラック転移で異世界観光  作者: 都築優
स्कूल जीवन(School Life)
33/35

花火

全話に予告編を実装しました。



 インドでは大抵毎日祭りを開催している。

 いやそれは言い過ぎとしてもだいたい、週に三回くらいは何かしらやってる。

 祭りでもやってないとやっていけないのだろう、こんな場所では。

 宗教も宗派も山ほどあるし寺院も教会もムスクも隣り合っていて、お互いに意地でも張り合っているのかどれも派手でうるさい。

 耶蘇教は巨大なスピーカーを載せた山車で町中を練り歩き、そこかしこで爆竹を鳴らす。爆竹と言っても爪楊枝みたいに細い日本の爆竹とは訳が違う。すごく…大きいです…。太さもさる事ながらその騒音。羆でも逃げるに違いない、近くで聞いたら鼓膜が破裂するんじゃないかってくらいうるさい。

 それを単発でこまめに鳴らしながら、交差点の度に打ち上げ花火をヨガファイアする。

 ヒンズー教も負けずに巨大な彫像を引き回し、ヒップホップお経みたいなよくわからない曲を流す。

 ムスリムは偶像崇拝なんてしないし音楽が禁止されているのでやらないが、毎朝5時と、あと夕方におっさんの声をスピーカーで流す。町中に聞こえる音量で。

 アザーンといって礼拝の呼びかけらしい。こぶしがきいていてメロディアスでいい声なのだが、イスラム教ではついさっき言った通り、音楽が禁止されているのでこれは音楽ではないそうだ。

 ハラームというそうだ。お酒やダンスや音楽などといった快楽をもたらすものは大抵ハラームだ。イスラーム法に則って各地域の指導者によって少しずつ違いがあるそうだ。

 ゾブヒン君だとか他の若いムスリムが魔導通信スマホなどで音楽を聴いていたので、


「それハラームなんじゃないの?」


 と尋ねたら、


「そーなんだよ。音楽もハラーム、ダンスもハラーム、タバコもハラーム、全部ハラームだ。俺たちには何にも出来やしないんだ」


 なんてマルボロを喫いながら彼は悲しそうに言ったので、どこの国の人も変わらないんだなと思った。

 もちろん真面目な奴もいて、いつもムスリムのワンピース、ジャッラービーヤだとか上下のシャルワールカシミースだとかを着てアラビアスカーフを巻いている別の友達にその話をするとちょっと怒っていた。


 食べていい物の選別はハラール(エルの発音)なので似ていてややこしいが真逆の意味なので注意すべし。


 教条主義的なスンニ派と比較的ゆるいシーア派があってシーア派の方が圧倒的少数で、何度も弾圧を受けたそうだ。

 友達のイエメニーはほとんどがシーア派。

 ISISだとかアルカイダ系過激派組織はほとんどが厳格なスンニ派だそうだ。


 教義を厳密に突き詰めるほど結束は強くなる。そのかわり排他的になるのも当然のことで、小さな違いで分裂して互いに反目しあうようになってしまうのは日本の昔の共産主義革命過激派ゲリラと似たような構図だ。

 そうなるように、多分誰かが操っているんだろう。


 寛容。それがなければバックボーンの違う二人の間に、協力は生まれないのだ。


 武力や正義を押し付け合うのは古い時代の人間のする事だ。

 勇者は魔王を受け入れられない。

 現代異世界社会では、魔物もモンスターもエルフやドワーフもある程度許容し合う事が出来るようになるのが理想だとしたら、インドはその最先端に近いかも知れない。

 なにせ嘘つきで騒々しくて面倒臭くて暑苦しい、多種多様な民族、言語、宗教。それが何億人も密集してなんとかやっていけている信じられない国なのだ。


 単一民族と主張している日本、その『常識』だとかちんけな『正義』などの価値観、単なる先入観の蓄積に過ぎないその下らない奇形の文化。

 それを嫌って逃げ出してきた俺は日本では生きていけないのだろうか。ならば異世界では通用するのか。

 奥手で自分に自尊心のない奴の自己防衛はいつだって醜い。あのカスの医大生に俺が言われた事は、素直に受け入れられないもののまた事実でもある。


 ディワリという花火ばかりの祭りが10月の末にあって、爆竹やらロケット、打ち上げ花火をそこいら中で嫌という程、これでもかというくらい鳴らし、打ち上げ、爆発させまくる。

 ヒンズー教の新年で新月。ラクシュミーを祝う祭りだそうで、5日間続く。

 ジャイナ教の教祖が悟りを開いた日でもあるらしく、ヒンズー教徒以外もバチバチに花火を上げる。


「ハロウィン? なにそれ」という感じで楽しい。あの心底下らない商魂のたくましさしか見えない輸入物の根付かないで早く滅びればいい仮装大会と比べて、サンダルで出歩くのも危険なくらい大量の爆竹がどこの道路の真ん中でも鳴り止まない危険すぎるこのお祭りは偽物じゃない。

 日本の祭りからテキ屋が消えているという。野蛮だとか危険だとか環境だとか嘘臭いおためごかしの綺麗事だけがまかり通っていて『祭り』その精神も消えて形骸だけの残りカスになって目的は金稼ぎ、それも儲けるのは大資本の胡散臭い企画やテレビやツイッターの情報操作のみ。そんなものには引きつった笑いしか出ない。


 長い線香を持った子供が導火線に火をつけて走って逃げる。爆音を響かせた花火がやむと嬉しそうにすぐ次弾をセットしに走る。

 おっさんはニコニコしながら永遠に鳴り止まないほど膨大な量の爆竹を途切れなく鳴らし続ける。

 晩飯にふらっと出歩いたら細い道でおばちゃんがふふふと笑いながら単発で爆竹を鳴らしていて微笑ましかった。それでもその音はすさまじく、パチパチかわいい日本の爆竹と全く違って、大砲か空爆でも受けたように空気が揺れる。

 一応、人が通る時は気を使ってくれる。

 鬱陶しいくらい、破裂音の途切れる隙がない。参加者全員が狂ったように花火に火をつけて音と光に熱狂している。


 どこかで引きっきりなしに打ち上げ花火を上げている。

 シン君とそれを見に行こうという事になって、線路の向こうまで足を延ばす事にした。

 ちょうど花火屋さんが出ていて、40ルピーで爆竹を買った。

 親指くらいある筒が何十個も連なっている。

 ライターを忘れたのでその辺にいた人に火種を借りると未舗装の土の道路に放り投げて、急いで逃げる。

 フルオートのマシンガンを何丁も一斉斉射したような爆音が響き渡り、紙筒の包皮が弾け飛ぶ。

 はしゃぐ俺やシン君、そんな異邦人を大口を開けて笑って見ているインド人。


 真逆なのだ。日常性の破壊、俗世界の価値の反転、秩序の崩壊、熱狂と興奮、死に限りなく近い恐怖。

 下らない日常、つまらない毎日、辛い日々。祭りの瞬間だけはそれら全部がひっくり返る。

 そこにだけあるのが聖性なのだ、まるで陽炎や蜃気楼のように。


 ※


 別の日にそのあたりでテントを張って何か騒いでいたので近寄ってみるとインド人に誘い込まれた。

 それもまた何かの祭りらしく、テーブルにカレーやライス、チャパティが所狭しと並べられていて、食えという。

 誰かわからないインドの神様の像が花や綺麗な布切れで飾り付けられている。

 紙のお皿に大量に盛り付けられたそれを右手で鷲掴みに食べる。


 その辺の店で食べるよりはうまい。

 ただ量が半端ない。


 何とか食べ切っておかわりをよそおうとするインド人を何とか断ってデザートの甘くて黄色くてにゅるにゅるした変な食べ物を一口に飲み込んでやっと解放された。

 その日も一緒にふらふら出歩いていたシン君はおかわりを入れられて吐きそうになっていた。

 少なめで、というインド語は各言語ごとに覚えていった方がいいと確信しつつ何とか退散したのだが結局何のイベントだったのかは不明なままだった。


 道にテントを張って封鎖して、椅子やら机を置いてお祭りみたいにするのはインドではよくあって、その後も別の場所で何度か見かけた。

 極力近寄らないようにした。


 それが学校のすぐ南の通りでまたテントを張ってインド人たちが何やらしていたので、初めの日は近寄らないで避けていた。

 翌日、ベーカリーに寄るついでに、テントの中にいる人に聞いてみた。


「何かの祭りなの?」


 何やら英語で答えてくれたが訛りがひどくて聞き取れなかったので


「ふーん、ナイスだな」


 と言っておいた。

 で、中を見ると透明な長い箱が置いてあって、花がたくさん飾られていて、中にはおじいちゃんが安置されていた。


 お葬式だった。


 何がナイスだと、自分で自分を助走をつけてぶん殴りたくなった。


 ぼくがハリーズ・バーガー・ショップをやめたいきさつ、というタイトルのアメリカのSFがあってそのオチでは「君はどうしてベナレスなんかに来たんだい」と異世界に行かないで今いる地球を見て回る決心をしたプアホワイトの田舎者が言う。

 ベナレス、現バラナシでは輪廻転生が信じられていて死は新しい生まれ変わりの第一歩とされているのでそういう考え方も間違いではない、と自分に言い訳してこそこそと逃げ帰る事しか出来なかった。


※予告※

4ヶ月以上過ごしてインド飽きてきたなろう主、VISAもじきに切れる。そろそろ次の目的地を決めなければオーバーステイの危険も。


次回『さよならインディア』旅とは新しい景色を探す事などではなく新しい目で見る事だッ!


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