亜細亜人
紹介が遅れたが36歳(入学時は35)のおっさんが学園生活を始める事になったこの英語学校。
インドの中でも大分安く、一月10,000ルピー前後で授業が受けられる。
1時間目が朝9時から11時までの文法。2時間目が11時から1時の英単語。30分の昼休憩を挟んで1時間の会話。
クラスによって多少違うが、その5時間で1日の授業が終わる。
土曜は半ドンで、2時間ずつテストとプレゼンテーションがある。
その、プレゼンテーションが一番辛い。
知らないムスリムのインド人達の前で、下手くそな英語で自分の意見を発表、披露しなければいけないのだ。
それも出来ればカンペ無しで。
殆ど逃げてサボった。
一回、蚊について喋っただけだ。
自分の将来や夢だとか、科学技術の未来だとか、スティーブジョブズの話だとか、過去の素晴らしい体験談なんかを披露するなんか意識の高い彼らに混じって、
「テーマは?」
と聞かれて、
「蚊です」
失笑。
でも今更変えられない。それしかメモをしてきていないからだ。
やけくそで前の壇上に出て、飛んでいる蚊を見つけてぱちんと叩く振りをしておもむろに、
「蚊は世界で一番人間の命を奪っている生き物です」
とかFBから取ってきたような言って話を5分ぐらいしたらそこそこ受けた。インド人たちは暖かかった。
デング熱、マラリア、ジカ熱、イエローフィーバー。
蚊の媒介する病気は数知れない。致命的な物も多い。
黄熱病の予防接種を受けた証明の、通称イエローカードという紙があり、持っていないと入国を拒否される国が異世界には沢山ある。
あの金遣いが荒くてひょうきん者の、結局ほぼ何の研究成果も残せなかった日本での評価だけが高い愛すべき元・身体障碍者。千円札の野口英世が死んだ病気だ。
そのイエローカードの原紙をちょうど持っていたので見せびらかしたりもした。
リョーコさんはこれを聞いて、インドで予防接種を受けたそうだ。
「忘れてました、アフリカに行くなら必要ですよね。ありがとうございます」
日本は大阪の南港検疫所で接種した俺は10,180円も払ったのに、インドでは500ルピーもしなかったそうだ。十分の一以下だ。予約は大変だったようだが。
アフリカはエルトリア出身のケモくんはノリノリで、何度も俺の蚊を叩く振りを真似する。
授業を受けた事のなかった知らない先生にも後々まで言われて恥ずかしかった。
「蚊のプレゼンよかったわよ(笑)」
なのでプレゼンテーションの授業は二度と出席しないで逃げた。
しかし蚊にはよく刺された。
授業中に蚊が飛んでいる、と思ったら必ず足を刺されている。他の生徒は刺されないのに絶対俺の血は吸われている。
美味いのか。蚊に愛されているのか。
お酒を飲む人は汗にL乳酸だったかが含まれていて、それが蚊を引き付けるという説もあるそうだ。
ムスリムはお酒を飲まない。
同じ教室に何人いても、必ず蚊は俺を刺した。
しまいに俺は、蚊を見つける度に授業を放棄して絶対に叩き潰すまで執拗に追いかけるようになった。
この学校はそのオーナーがムスリムのせいか生徒はほぼアラブ人だ。
イエメン出身で、今は家族がサウジアラビアに住んでいて単身インドに英語を習いに来ているという生徒が多かった。
肌の色も顔形もほとんど同じなのでインド人と違いが分からない。
初めはだから全員インド人かと思っていた、だがインド人は学校で英語を習うし日常的に使うのでわざわざ英語学校に来たりするのは少数だそうだ。
アラブ人はインド人が好きじゃないらしい。ほとんど見た目は変わらないくせに、一緒にされるのをとても嫌うのだ。日本人が中国人と一緒にされたくないようなものだろうか。
彼らはインドのローカルフードなんて一切食べなくて、自炊かカメネヘンリ町まで高い外食に行く。
生徒の割合はほぼそのアラブ人、あとはモンゴル人、タイ人とネパール人が少しいた。
あと、一人だけいたアフリカ出身のケモくんはドレッドヘアーで本当に陽気な奴だった。
「お前の友達面白いな、コメディアンみたいじゃん」
最初にいた日本人についてそう言っていた。
「おう、友達じゃないけどな。あいつは頭がおかしいんだ」
今更気付いたんだけど、ごちゃごちゃ言っていないでさっさとぶん殴るのが正解だった。次からはそれが選択肢の優先順位だ。
でもケモくんはいい奴だ。
アフリカの実家ではおじいちゃんが毎晩、襲い来る猛獣を槍で刺して追い払っていたと言っていた。
コニチワ、とか合掌しながら日本語を喋ろうとしてくる。
「なんで知ってるん」
「前にいた日本人に教えてもらったんだ。アリガトゴザイマース、オハヨー」
あとドラゴンボールとかワンピースやナルトだとかのアニメが好きだそうだ。
「サムラーイ! ニンジャー!」
うん。
でも多分、忍者とかよりお前のおじいちゃんの方がすごいよ。
他のアラブ人達も、いつも学園前に溜まってスマホで日本のアニメを見ている。音声は日本語でアラビア語字幕。
フェイトだとかタイトル忘れたドラキュラの奴だとかリゼロとかが面白いって言ってたけど俺最近のアニメとか全然見てないんだよねごめん。
リゼロなら、なろうの奴は読んだけど。
あとOne Punch Manがいいとか言ってた。
あのハゲの奴。
あれもウェブで無料公開の奴しか読んでない。
ドラゴンボール位なら話が合うのだが、異世界で世代の差を感じた瞬間だ。
でもこのラノベが売れていつかアニメ化したら、絶対自慢してやるんだ。
マルワンくん見てるかー!
ムハンマドも!
彼らは文法も単語も全然知らないのにがんがん喋る。
授業でも、拙い英語で先生の話なんて遮ってとりあえず喋る。
これが上達の早道なんだろう。
アラビア語混じりで、発音も変だ。
アラブ人はPとBの発音を区別しない。ぜんぶBの発音で喋る。
日本人がLとRを一緒にするのと同じだ。
先生は「この単語はペプシのP」と言って教えている。
LとRもそうやって欲しいが日本人はマイノリティなのでそんな配慮はしてくれない。
ちなみにタイ人はCHとSHをまぜこぜに喋る。
糸の電話で、クラスメイトの仲良くなったタイ人で、ザキアちゃんというムスリムの女の子と話していて、
「今何してんの」
と聞いたら、
「ウォッチクローズ」
と言われた。どこかお店で服でも見ているのか、家でクローズというヤンキーもののマンガかアニメでも見ているのか。意味が分からなかった。
後で直接聞いたら手でごしごしする真似をしてもう一度、
「ウォッチクローズ!」
と力説する。
「あー、それウォッシュな」
「YEAH! ウォッチ!」
「だから……」
かと思えばビッグ君というタイ人の青年は、全部SHで発音するのだ。
母言語で区別がないというのはそういう事なのだろう。
たまに日本人の素人さんの書いている英語を勉強するためのホームページで、普通に言えばLの発音になる、だとか逆にRの発音になる、だとかそれぞれ書き手によって全然別の事が書いてあるのだが、つまりはそういう事だ。
そのビッグ君は国に彼女がいるにもかかわらず、旅先で知り合ったらしいパーンちゃんという同じタイ人と、旅の間だけの大人の付き合いをしていた。
パーンは肉食系で年齢も三十路過ぎの、タイ人と分からないくらい色白で、骨太だがいい肉付きをしている。躊躇なく人に腕とかを絡めてくるビッチだ。
ビッグ君は弁護士志望だそうで、大分年下だ。若い男を捕まえやがって、と少し引いていた。
しかしパーンはそのうち背の高い別のアラブ人の男と仲良くなってしまったようで、振られたビッグがやたら絡んで来るようになってちょっと面倒臭かった。
「なーなー、今日は今から何すんの?」
「うん、寂しいのは分かったから!」
モンゴル人のガナン君もいい奴だ。
金髪で色白の、でも東洋人の女の子と日曜日にオリオンモールで遊んでいるところを見た。
「誰なん?」
と聞くと、
「妹」
ガナン君は蟹が潰れたような顔をしている。でも女の子は美人だった。
あれが兄妹なら、お前の母さん確実に浮気しとるぞ。
でもニヤニヤして照れながら、妹だと言い張る。
授業終了後にベーカリー前で、リョーコ先輩と三人、英語の発音難しいよねという話をしていた時。
「いつも先生に何を言ってるのか分からないって言われるんですよ」
リョーコさんは典型的な日本人英語の発音で喋る。なので俺には分かりやすい。
俺も人の事は言えない。入学当日でまだ知り合う前に、声を聞いただけで日本人が入って来たと分かったそうだ。
「音楽をたくさん聞くといいよ。俺はいつもたくさん洋楽を聴いてる」
と、ガナン君がスマホに挿したイヤホンを見せてくる。
だがそう言う彼の発音は鼻声で、無茶苦茶聞き取りづらいのだ。
他にもアラブ人たちに誘われて北のムスリムタウン、カメネヘンリにビリヤードをしに行った時、
「このシチュエーションではこの辺を狙うんだ」
彼は親切にアラブ人達に教えてあげている。
「すげー。やってたの?」
と聞くと、
「それほどでもないよ」
と謙遜する。
で、ガナン君の番のプレイではアラブ人にケチョンケチョンに負けていた。
最後に勝敗を聞いたら三戦して全敗だったそうだ。
「アイムボアリング」
と不貞腐れていたが、それじゃお前がつまんない奴って意味だぞガナン君、ボアードって過去分詞言わないと。
きっとそういうかわいい所がモテる秘訣なのだ。
ひねくれたおっさんはもてない。
モンゴル人はあと三人いて、まずレスラーみたいな男女のカップル。どっちも似たような体格なのだが男の方はいつも乳首の透ける白のタンクトップを着ていて目の毒だった。7年くらい鍛えているそうだ。
残りの一人はイケメンだった。
チベット仏教の僧らしい。筋肉はあるのだが痩せていて背が高い。
名前は、ど忘れしたので思い出したら追加するが、僧服っぽい、派手じゃなくてルーズなのにしゅっとした格好で、やる事なす事スマートだった。
非ムスリムのアジア人仲間でバーにビールを飲みに行った時も、彼は一緒に付いては来るが決して飲まない。
信条と友情を両立できる奴なのだ。
名前はロギー君だった。
授業を一週間サボって彼とシン君とザキアちゃんと三人で、ケッラに旅行に行く計画を立てていた。
俺も誘われたが止めておいた。
電車のチケットも大分前から三人分取って、準備万端だった。
だが、出発前日にザキアが道でこけた。
足を怪我しておまけに挫いてしまったらしく、行けないかも知れないと泣きながら電話してきた。
シン君もおろおろして、チケットを払い戻した方がいいのかと困り顔。
「よかったらツヅキさん代わりに行きませんか?」
「うーん、ごめん。やだ」
そこに彼が登場して、
「いけるいける! そんなん舐めときゃ治るって!」
「えー?」
で、結局大丈夫だったそうだ。
ザキアも人一倍楽しんでいたとか。
出来る男っていうのはこういう奴の事を言うんだろう。
ムーサ先生は彫りの深い初老の先生で、人生経験も深そうな渋い雰囲気だ。白髪混じりのロン毛を後ろでくくって、でも頭頂は実は禿げかかっているのでいつも帽子を被っている。
映画好きで、日本の文化にも造詣が深く、赤穂浪士の討ち入りの話などを振られて逆にこっちが答えられない事もあるくらいだった。
ちょび髭で小太りのシングという先生がいて、その人は50歳を超えているのにもかかわらず人間的に子供で鬱陶しい。
英国紳士のキングスイングリッシュしか認めないと言って、アメリカ訛りの真似をして馬鹿にする。
地黒なことを気にしているようで、ホワイトボードや壁を背景にしては、
「保護色で見えなかっただろう?」
と言ってくる。
「あれっ、どこにいたの?」
といちいち乗ってあげるのも3回までが限界だった。
リョーコさんは広島出身者なのだが、彼がニュークリアボムの話を冗談として何度も繰り返すのでイライラしたと言っていた。
オマール君という、やんちゃな小学生くらいのインド人の生徒がいて、すぐにふざけようとする彼に言うことを聞かせる為に、手で机を叩いて大きな音を出して脅しつける。耳障りだ。
とてもうるさい。
最初にいた日本人とは仲が良かったようだ。類は友を呼ぶのだろう。
授業も詰まらなくて全然頭に入らなかった。
しばらく我慢したが、もういいだろうと適当に理由を付けてムーサ先生に替えてもらった。
バンガロールはずっとイギリスの占領下にあった都市で、英語話者も多いし発音も比較的インド訛りが少ない。
先生たちの英語はそんなに巻き舌じゃないし、慣れれば聞き取りやすい。
ただイギリス英語なので日本の学校で習ったのと違う綴りや発音もあった。
語尾のseがceだとかesになるような細かいものが多かったが、テストではミスになる。
早口で授業の速度も全然付いていけないティーチャー・スレイヤという女性が文法の先生だった。
実は最初の一月半ほど別の先生だったのだが、その人は家族が病気だと言って休み始め、一ヶ月ほど来なくなった。
なので変更になって、進んでいたはずの授業ももう一度やり直し。一ヶ月以上後に入ったシン君たちと同じ進度の授業に振り替えられた。
「ここ、もうやったんすけど」
と言うと、
「復習も重要なのよ」
と誤魔化された。
実際、最初の頃は訳が分からなかった部分も多かったし、このスレイヤ先生のテンポの速い授業には復習でも付いて行くのがやっとだったので結果オーライといえばそうなのだが、授業料を半分でもいいから返せと言いたかった。
彼女の授業は遅刻厳禁で、と言うのもそれまでは9時ギリギリに起きて用意をして、ベーカリーでチャイを飲んで学校前で一服して、9時半頃に教室に入ればぼちぼち生徒も集まり出して先生もやって来るという、なんとものどかなインド時間で過ごしていたのだ。それが、
「私が先生を始めてすぐの頃、授業に遅刻してしまい、生徒の一人が怒って帰ってしまった事がありました。
私はその子の家に行って、何度も謝ったのです、でも結局許して貰えませんでした。そしてその時からもう二度と時間に遅れないと誓ったんです」
宿題も大量に出す厳しい先生だったが、人間的で面白い人だった。
大学の頃に仲のいい友達五人でつるんで悪い事ばかりしていたので悪名高い五人組と呼ばれていたという武勇伝をたまに自慢してくれた。
ロバ先生は色白で恰幅のいいメガネ美人だった。
教え方がものすごく上手い。でも授業はあまりせず、ほとんど事務をしているようだ。俺は最初の先生が休みがちになった頃に代替で一、二度教えてもらっただけだ。でもその授業が一番覚えている。
俺と同い年だと言っていたが真実は不明。
偉いのだろうか、態度がでかい。
それでかスレイヤ先生にはマフィアと呼ばれていた。
ある時、釘を踏んで破傷風の初期症状かも知れない顎の筋肉痛が起きた時、病院を聞いたら彼女の姉が医師をしているそうで、そこを紹介された。
日本人なら幼少時に三種混合のワクチンを打っている筈だが、破傷風ワクチンの有効期間は2〜30年程らしい。だから既に切れている心配があった。
病院のあの独特の匂いは日本と一緒だった。
ロバ姉先生を見つけて貰って、受診する。
顎が開かないと言うと、だがまず歯医者に行けという。
「歯は大丈夫なんだけど」
「順番だから最初は歯医者を受診しなさい」
「破傷風の薬くれるか、注射打ってくれたらそれだけでいいんだけど」
「順番だから最初は歯医者を受診しなさい」
あ、これ例の奴だ。はい、を押さないと進めない進行の。
極限まで粘って「やだ」と言った。最終的にロバ先生にまで電話されて「言う事を聞いてください」
500ルピー払って、二階の歯科に行く。
「えっ、何が悪いの?」
と、診察した歯医者談。
しかもちょこちょこっとミラーで見て、それだけだ。
「何も悪くないよ。
だから、それは何回も言ってるんだ。なのに、ここを受診しろって何回も言われて仕方なく来たんだ」
ロバ姉が呼ばれて、何か説明をしている。そして、
「じゃあ次はレントゲンを撮りましょうか」
切れた。
「ふざけんな! 薬だか注射をするのかしないのかどっちなんだ! 歯なんか大丈夫だって何度も言ってんだろが!
噛み合わせなんか悪くても誰も死にやしねーよ。
インド人と違って日本人は繊細なんだよ。
致命的な危険性があると思ったから来たんだ。
破傷風じゃないんだったら病院なんか来るか。
インドの医者は予防注射の有効期限を知らないのか?
予防だかワクチンだか、効くやつがあるならそれを打ってくれたらいいだけだ。
無いなら帰る。
それ以外は何も求めてなんかねーんだよ」
それでも注射も薬もくれないようだったので、そのまま踵を返して帰った。
500ルピーも返ってこなかった。
医者が大嫌いな原因が一つまた追加された。
医療として、考えられる要因を一つずつ確認していく手段が必要な事は分かる。プロフェッショナルのプライドで素人の自己判断を受け付けないのだって、理解は出来る。
だが床屋に行ったのに髪を切って貰えずに、何故かいらないサンダルを買わされたりしたら誰だって怒ると思うのだが。
ロバ先生とはそのまま気まずくなってしまった。いい先生だったんだが。
悪化したら心底恨んでやる、とそのまま放っておいたが、破傷風は今の所発症していない。
感染したら免疫が勝つ事はないらしいので、やはり異世界生活のストレスによる単なる顎関節症か何かだったのかも知れない。
だから、悔しいが結局ロバ姉が正しかったのだ。
※予告※
テンプレ特集
次回『バーにて』うえーい、酔っぱらっちまったーい。あんだぁ? おめえ、やんのかぁッ!




