インドの虎狩り
タンザニアでWi-Fi無しの宿に泊まってて更新出来ませんでしたごめんなさい
ブバネーシュワルの宿のスタッフには、翌朝の朝食も俺はあえて「いらない」と言ってみた。なのに彼はそれを無視して持って来た。
これも劇的に美味かった。
こいつは自分たちの料理を食べさせたいんだな。そう理解した。
これはきっと、稼ぎ云々はむしろ言い訳に過ぎなくて、自慢のカレーをどうしても食べてもらいたかったんだろう。
間違いない。
何か問題でも?
と、チェックアウトの際の彼の得意げな顔がそれを雄弁に物語っていた。
だらだらして昼過ぎに宿を出て、昼飯を食べてから駅に向かう。
インドのホテルではチェックアウトタイムの二十四時間制が一般的で、午後5時に入れば翌日の午後5時まで居てもいい、怠け者には都合のいいシステムになっている。
損にはなるが流石にそれよりは大分早い時間に出発した。
今回は大回りをせずに駅構内を通って一時間ショートカットする。
駅をさまよって荷物預かり所を発見した。30ルピー、五十円弱だそうだ。
電車の出発は大分後なので駅で待つのも暇だ。
ブバネーシュワルは歴史ある寺院がざくざく立っているという。
どっか行っちゃおう。
デジカメだとか貴重品など必要最小限をタンクバッグに移して、シートバッグの方を預ける。
盗まれて困るようなものはその鞄、それ自体くらいのものだ。インドの荷物預かり所を信頼できるのかと聞かれたら不安の一言だが重いのは嫌だった。
人に聞きながらバス乗り場を探し、行き先を告げると19ルピー。
手持ちの残りルピーが心許ない。プリーの三倍の宿代、それとおいしいマトンカレーが予算を圧迫した。あと200ルピー少々で足りるんだろうか、不安ながらもそのまま向かう。
考えてみればインドに転移してから二週間ほどで、100ドルを二回両替している。宿代食費移動料金生活費もろもろ全て込みで週1万円ほどの計算だ。1日あたり1500円にもなるが、一カ月生活して4万円強と考えればまあ安い。日本じゃ家賃にも足りない額だ。
バスは相変わらずクラクションを鳴らし続け、路上の牛や人を回避しながらゆっくり走る。着いた頃には午後4時を回っていた。
遅い。
もっと早く出発すれば良かった、でも怠かったので仕方ない。
バス停から少し歩いて動物園に着いた。
寺社仏閣なんて実は特に興味なんてないし、それよりはインド象を見たかった。
ブバネーシュワルの北には広大な敷地面積を誇る動物園がある。
入場料は地元民とインド人と異世界人でそれぞれ違い、転移者の割高料金で100ルピーも取られた。
インド人の3倍以上だ。
水と煙草を買ったら帰りのバス代くらいしか残らない。
夕日の中を閉園時間が気になりつつ、中に入って行くとやたらインド人に話しかけられる。
「ガイドするよ、200ルピーでどうだ」
「いや兄ちゃん、俺に頼めば150ルピーでいい、残り時間が少ないから効率的に回らないと何も見れないぜ」
「いらねーよ」
何処の馬鹿がそんなもの頼むのか。それでも彼らはそれが当たり前のようで、邪険に断って追い払っても食い下がってくる。
言ってみて、払ってもらえれば儲けものというスタンスで要求するのがインド人の流儀なのだ。
京都人の底意地が悪いのと同じように、インド人は嘘をついて限界までぼったくろうとしてくる、それは文化だ。
一人で歩きながら、とりあえず入口で無料で貰ったマップを広げる。
よくわからない。
最近自覚したのだが、俺は実は方向音痴らしい。転生前はトラック野郎なんてジョブを勤めていた癖に、地図もぐるぐる回してやっと読めない訳ではない、という有様だった。
タイでもコルカタでも迷いに迷ったし、歩くのは嫌いじゃないからいいものの。
で、適当に歩いていたら二人組の男が喋りかけてきて、一緒に行こうぜみたいな事を言ってくる。
別にそんなつもりはなくても道が一緒なので同行する事になる。
付いて行けば迷う事も無いだろう。
何が楽しいのか二人はうきうき手を繋いで歩いてる。
インドではよく男同士が手を繋いで歩いている。でもそれは婦女子対策のBL的な意味ではないらしい。保育園児みたいな雰囲気で仲のいい友達同士では普通にそうするそうだ。ちなみに、書かなかったがプリーでは俺もjyoti君に手を繋がれた。
「この先に湖があって、足漕ぎボートに乗るのが一番楽しいんだ」
と、ニコニコしながら誘いかけてくる二人組。
俺はアニマルが見たいんだが?
「俺、金ないからいいよ」
「気にすんな」
30分75ルピーの船乗り場で、チケットを買われ、俺は舟に乗り込まされる。
払えって言われても無いものは無い。気にしない事にした。
何が楽しいのか男三人でチャプチャプとボートを漕ぐ。
反対側の岸に向かって疾走したり、かと思えば華麗にターンを決めたり。
異世界ってまあこんな感じだよね。
そういえば、中学生の頃に好きだった女の子。名前を何と言ったっけ、あの娘とデートして地元の公園にあるスワンボートに一緒に乗りたかったという記憶が、封じ込めた筈の過去から甦ってくる。
水面から顔を出してニタニタと笑いかけてくる奴の頭を抑えつけて、再び深い奥底に鎮める。
苦しそうにゴボゴボと泡を立ててもがきながら、恨みがましい目で俺を睨みながら悲しい思い出は追憶の彼方へ還ってゆく。
だって仕方ないじゃん。モテなかったんだよ、全然!
水面下にはアナカリスだか何だか知らない水草が生えていて、転移前飼っていた熱帯魚の水槽に追加したくなった。
疲れると交代で漕いで、舵を思うままに進める。
狭い湖の中をクルクルと回る、みずすまし。
夕陽の中でさまようそのボートはまさに行く先の見えない俺の転移後の人生そのものだと言って差し支えなくもなかった。
どれだけ時間を無駄にしただろう、満足したのか制限が来たのか彼らはやっとボートから降りると、ようやく動物のいる檻へ向かえる事になった。
コブラとかカメとかワニだとか地味な爬虫類系のゾーンが最初で、次に羊とかインドのおいしい山羊だとかをおさわり出来るブースがあって、でもそこは閉まっていて、あとはサイも見た。
新しい動物のエリアに来るとその度に写真を撮れ撮れとうるさい。
「撮りたきゃ勝手に撮るって」
で、ぶらぶらまわってやっと目玉の一つ、ベンガル虎のいるあたりまで来た時。
「じゃあガイド料1000ルピーでいいよ」
「は?」
密林の王者が枝葉の陰に潜んでいる。
遠い。
デリーかどこかの動物園では3メートル四方の小さな牢獄に、虐待そのもので窮屈に閉じ込められているというベンガル虎。
それが、ブバネーシュワルのこの動物園では広大な密林の居住スペース、背の高い木々が生い茂り草葉の繁茂する遥か彼方にちょこんと座っている。小指の爪ほどの大きさに、顔だけしか見えない。
これはこれで、野生と比べたらほんの小さな縄張りなのだろうが虎にしてみれば四畳半のアパート暮らしよりは一軒家の方がマシだろう。
異世界転移みたいな冒険は出来なくても衣食住は保証されている訳だし。
「ないよ?」
「は?」
それを全部捨てて来ているのだ、こちとらは。
デリーの虎並みに狭いアパートに住んで、深夜に泣きながらトラックを運転してひたすらお金を貯めた。付き合いの麻雀で先輩たちにふんだくられながら、それでもなんとか貯金した。
人並の生活やありきたりの幸せを全部捨てて、呼ばれたインドにやって来たんだよ。
「帰りのバス代しか持ってねえって言ってんだよ、んなもん払うかバカが」
「んでもATMとかあるから」
「使うかぁ!」
30ルピーで毎食を食べて過ごしてた事を考えると、1000ルピーが例え1600円程に過ぎないとしても、正気の沙汰と思えない法外な金額だという事は一目瞭然だろう。
彼らは俺をインドに転移したばかりのおのぼりさんだとでも思ったんだろうか。
確かに初めてだったら分からないかも知れない。
コルカタの駅で払う必要のない20ルピーをただホームを教えてくれただけの人に請求されて、つい払ってしまったあの時の悔しさを思い出した。
人は成長する。
男は失敗からしか学ばないという言葉だってある。
その通り、あの時の激情が今の俺を形作っている。
「ふざけんな」
「俺たち、頑張ってボート漕いだんだぜ?」
「え、そこ? ちょっと笑うわ」
「そこのATMで簡単に降ろせるんだよ」
「いらんて」
「えーっ?」
「えーじゃねーよ。
だが断る、だ。
残念だったな、俺は何度でもノーと言える日本人だったって事だ、既にな。
あっ、あーもうこんな時間じゃねーか、そろそろ帰らないと。
じゃあね! バィバーイ」
逆に何か悪い事をしたような気にならなくもないが、そのままバスに乗って帰った。
インド人おとこカップルはしつこく付いてきたが最後には諦めたようだった。
結局、インド象は見れなかった。
もう少し早い時間なら乗ることだって出来たらしいが、 既に日は沈み、夜の帳が下りはじめている。
ATMでお金を降ろすのにはずっと抵抗があったが、両替所を探すのも面倒臭い。
それに田舎町の交換レートはとても低いらしい。大都市でもなければ両替は控えた方がいい。
さっきの二人組に簡単だよと教えてもらったのもあって、ようやく貯金に手をつける気になった。
ちょうど銀行があったので入ってやり方をチェックする。
言語の選択肢で英語にして、ウィズドローというのを選べばいい。
大袈裟なくらい覆い隠して、暗証番号の入力をする。
最初は少なめに、3000ルピーを引き出した。五千円くらいだ。
やっと駅に着いた頃には午後の8時を回っていた。
で、下ろしたお金で切符を買った。最短の電車は出発が明日の早朝4時だそうだ。
600ルピー。千円ほどで、WL411と書いてある。
目が点になる。
これはウェイティングリストと言って、キャンセル待ちの状態だ。411人待ち、という意味だ。
これは乗れるかどうか不安、というか普通ならまず無理だ。
インドの電車は完全予約制で、と言うのも長時間の場合が多いので、通常は寝台車で一人一寝台を使用して、寝ながら移動する。
そのため、ツアー会社が事前に切符を買い占め、売れなかった分を直前に大量にキャンセルするという悪習が蔓延している。
ツアー会社を通すと料金は倍以上。キャンセル料は掛からないので、会社からしたら売れれば売っただけ儲けの出るノーリスクハイリターンなボロい商売なのだそうだ。
あこぎだ。
人を不便に追い込んでお金を取るなんて脅迫まがいではないか。
誰がそんなものを使うか、潰れてしまえ。
しかし昨日の段階で、いやそれこそ動物園なんかに行くより前に買っておけば余程マシだったかもしれない。
でももう遅い。
まあ何とかなるだろう、転生者は駅長に相談すれば大抵は便宜を図ってくれるという話を聞いていた。
なので駅長室に行くと、出発直前に言えと言われたのでそれまで駅近くのショッピングセンターで時間を潰し、最上階のフードコートでディナーを食す。
何と珍しい事にパスタがあったのだ。
麺食いの俺はライスやナン、チャパティにはもう飽き飽きしていた。
チョーメンという中華風麺もたまに売っているが、それはまずい。塩気の足りない伸び切った焼きそば玉にソースを掛けずに食べている感じだ。申し訳程度に細切れ野菜が入っている。
それに、何にでもマサラが入っている。
プリーでコーラそっくりのラベルを貼られたスパイスアップという名前のジュースを買った時、溢れ出るマサラ味に驚愕した。
どういう神経をしているのだろう。
ジュースにスパイスを入れるのだ、インド人という奴は。
その時俺は相当喉が渇いていた。なのに、それにもかかわらずあまりの不味さに飲めなかった。
黒い炭酸の液体、見た目はコーラ。一口口に含むと、そこからカレーの匂いと土臭さと牛のうんこを混ぜたような薫りがして結果、吐いた。
辛いわけではない。
各種スパイスをブレンドして混ざりあった香り。基本的にそれだけがインド人の味覚なのだ。
ブバネーシュワルの宿で旨味のあるマトンカレーを食べる事が出来たのが驚きだったというのは、だからそういう面も大いにある。
ポテトとパスタと普通のコーラのセット。
インドでスパイスの入っていない洋風の食事なんて何日ぶりだろう。そう思って巻いて口に運ぶと、パスタの味付けはしっかりマサラ味だった。あとポテトにもマサラが掛かっていた。
コーラは大丈夫だった。
仕方ない。マクドナルドのハンバーガーにも隠れていない隠し味でマサラは入っているのだ。
ここは異世界なのだから。
あと、フォローするつもりもないが、それでも決して不味くはなかった。
ブバネーシュワルは食べ物の美味い町だ。この先何箇所もインドの町を巡る事になるが、その優位性だけは一度も覆らなかった。
出発時間は午前4時。
それまで煙草を喫ったりラッシーを買って飲んだりだらだらして時間を過ごす。ショッピングセンターでパンとかチーズ、クッキーを買って食料も万全だ。
若者が、ホームレスの不可触民を棒でぶん殴っているのを見た。
これは発見器にツイートするべき案件だろうか。
人が集まってそれを見ている、でも誰も止めようとはしない。
若者は木の棒を振りかぶってタメを作る。
やめてくれ、と不可触民は手で防ごうとする。
「暫し、暫し待たれい」
「御意見無用」
のようなやり取りがヒンディー語か何かで交わされている。
そして彼の命乞い、それを無情にも無視して若者はとうとう棒切れを振り下ろす。
打撃音と悲鳴がコンコースにこだまする。
そして堰を切ったように何度も打ち付ける。
その度に上がる悲痛な悲鳴。
何が気に食わなかったのか、駅で寝る為のみかじめ料を払わなかったのか。若者は、何かを返せと言っているように聞こえる。乞食が何かを盗んだのだろうか。
インドであからさまな暴力を目撃したのはこれが初めてだった。
俺tueチーレム主人公ならここで割って入って止めるべきなのは当然だ。
でもそうじゃないから放っておいた。
おじいちゃんの不可触民ホームレスに手を差し伸べる者は、だから誰もいない。
余興のように観戦するその他大勢のインド人に混ざって、ただその虐待を見ていた。
ちなみに近くにおじいちゃんではない別の不可触民の女の子もいて、彼女は駅構内で平然とおしっこをしていた。
ぺろんと着物をめくると当たり前のようにその辺でじょろじょろと。
何見てんだよ、あ?
と逆に睨みつけてくる。
なんと言うかとても自由だ。
それを自分で選んだのだとしたら、カースト制というのはある意味合理的な社会構造だったのかも知れない。
貴族の責任、乞食の自由。
制度としてそれを固定することは選択が不可能な不公平度合いに起因する理不尽さに対する不満を感じないではないが、仮に転生前の日本でだって、覆い隠されてはいるものの生まれながらにして貴族や平民、中産階級、貧乏人と運命はほとんど決められているのに変わりはない。
安倍首相が一食四千円のカレーを日常的に、むしろ安いと思って食べるのは普通の事だし、それを報道する新聞記者の給料はざらに国会議員を凌駕している。
可能性なんて、ないのだ。
宝くじなんて、当たらない。
どんな努力だって糞の役にも立たなくて、たまたま生まれ落ちた場所や環境、それだけでほとんどすべての事が決定される。
平等なのは、誰もが等しく死ぬ事だけだ。
どんなに金持ちのマハラジャも、世界最強のクシャトリアも、のべ修行時間が世界最長のバラモンでさえ死ぬ。
それまでの時間稼ぎにどんな状況に置かれようと、最終的に同じならば何を嫌な思いをして頑張るのか。
ハエに生まれて糞にたかるのも、天皇陛下に生まれて全日本人のアイドルとして一生を過ごすのも、それなりに有意義なのだろう。
でもじゃあならば俺はその先を知りたいのだ、生まれつきの馬鹿のくせにそれでも。
※予告※
インドの夜行列車には本当に妖精が出るのです。
そして同じように死も本当に身近にあります。
次回『夜行列車の妖精』人生は恐れを知らぬ冒険、もしくは虚無であるッ!




