異世界は辛いらしい
部屋は薄暗く白熱球が一つだけ点いているだけだったが不潔な感じはしない。あとは室内禁煙だとか、シャワーはトイレと同じ個室に付いていて紙がないとか、些細すぎて特筆するような事はない。
街も日本と変わらない。道がガタガタでコンクリが割れたり側溝の蓋が落ちていたり嵌ってる金網のスパンがワイド過ぎる位だった。子犬位なら平気で落下しそうな幅だ。
寝て起きて一通り見てまわって、二泊もとる必要があったのか少し後悔した。
異世界ってもっとなんかこう、危険とか、トラブルとか、怪しい奴が湧いて出たりするものじゃないのか。
昨日のわんこたちがこの街のクライマックスだとでもいうのか。
宿に戻ると日本からの転移者らしき人がいて、話しかけて来た。
「日本人のヒトですよね?」
「あ、まこっちゃん?」
昨夜、チェックインの時に宿のオヤジが言っていたのを覚えていた。
そんな名前の同郷の者が泊まっているぜ! とかなんとか。
ここでチート能力のもう一つを明かすが、俺は英語はちょっとしか出来ないが、英語に限らずどんな言語の相手でも集中すると言いたい事が分かる特殊能力を持っている。
複雑なのはダメだ。ピンクの棚の上から二番目の引き出しに黄色のハンカチに包まれたグリーンの封筒が入っているからハンコを二つついて市役所に提出してくれ、みたいなのは流石に分からない。
それでも状況や文脈や緊迫感の有無などで伝わってくる意図を感じ取る事が少しばかり得意で、嘘か本当かを判断する事も出来る。根源的な物が一番分かりやすい。
ただし集中力もといMPを大量に消費するので普段使いには向かない。
これは実は自慢にも何もならなくて、ある程度の経験値を積んだ人間ならば自然に身に付けてしまうような能力なので、未だ会得していない人も僻む必要はないです。
「俺はツヅキっていいます、宜しく」
「旅は長いんすか?」
まこっちゃんが俺に聞く。
容姿が、転移前に現地人に舐められないようにと伸ばした髭の所為で相当癖者のように見えるらしかった。
「えへへ、実は初めてなんスよ」
「はあ?」
旅立つ前に、はるか昔に百と七つの異世界を旅したと云う現ニートの師匠にお墨付きを貰った程で、宿でTシャツ短パンに履き古したサンダルをペタペタしているさまは、格好だけは熟練の冒険者と相違なかった。
「嘘っしょ」
「いや昔、社員旅行で一回だけどっか行ったけど、こんなのは初めてなんよ。でも場慣れしてるみたいに見えるでしょヒゲとか」
白状するとまこっちゃんは呆れているみたいだった。
「だから、初めはクアラルンプールで慣らして、っていうのもここなんか日本といっこも変わんないでしょ。んで次はバンコクで情報とか集めて、それでさいごはインドに行く予定なんですよ。こわいからちょっとずつ慣らして行こうかと思って」
説明すると、一応納得してくれた。
「僕も次はインドに行くんですよ、インドの何処ですか?」
「コルカタ。カルカッタ」
インドの地名は世代や文化によって呼び方が違うので併記して言った。ムンバイがポンペイだとか、西洋人の命名と現地での呼ばれ方は乖離が激しい。
「えー、僕も明日飛ぶんですけどカルカッタっすよ。知ってます? マザーテレサのボランティアが出来るんです」
うわ、なんかその人嫌いだったわ。幼い頃に伝記なんかで読まされる偉い人。
でもそこは大人なので顔に出したりは多分していない。
「へー。何それすごい」
「人気なんで抽選で」
レアらしい。
「機会があったらきっと行ってみるよ!」
あと彼はマクドナルドのケチャップが辛かったと教えてくれた。
「ジャンク好きなんです、前の街じゃ全然なくて。やっと見つけて入ったんですけど、僕辛いのダメなんです、赤い方って日本だと普通でしょ」
「うん甘いよねあれ。ってかマクドあるの? 行くわ!」
「それがめっちゃ辛いんです! トウガラシ入ってるみたいで」
「ナゲットとかどうすんの? 辛いのにしますか? もっと辛いのにしますか? って聞くの?」
「色じゃないすか? でも赤いのに辛いって騙された気分で」
「てかインド行くのに辛いのダメって、大丈夫?」
「それがちょっと心配なんですけど、あと僕お腹弱いんです」
「ダメじゃん! 120%向いてないじゃん!」
そして彼は空港へと旅立ち、俺はクエストを開始。
マクドナルドの道を聞いたタバコ屋の姐ちゃんは俺のマクダーノゥという発音を笑って、メクデァーノオと訂正した。
※予告※
警戒に警戒を重ね慎重に旅を続けるなろう主、しかし突如その目の前に立ち塞がる究極の詐欺師! 果たして騙し合いの勝負の行方は如何に!?
次回『チートされる方はやっぱりむかつく』無事に次の街へ辿り着けるのかッ!