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ただのトラック転移で異世界観光  作者: 都築優
อาณาจักร ไทย (Ratcha Anachak Thai) currency:Baht(THB/฿) rate:3.0/JPY
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聖剣フィロソフィー


 帰りついでに盗賊市に寄った。

 王国の、駅から徒歩で30分ほどの所にジャンク屋、道具屋、リサイクル屋などに偽装した泥棒たちの店が軒を連ね、ビルを占拠した魔窟がある。


「安いよー、安いよー」


 売り子の声。

 ここでは盗品だろうがそうでなかろうが、他ではあり得ない値段で物が買えるという。

 そろそろ、装備を整えてもいい頃だ。

 いつまでも回し蹴りしか攻撃手段がないようでは俺tueee主人公としての自覚が足りない。


 剣とか鎧とかレールガンは残念ながら空港で持ち込めなかった。エアアジアの一番安いプランでは、手荷物以外の空港預け荷物に追加で五千円くらいかかる。

 無駄な出費を避けたため、要するに機内持ち込み手荷物のみでは銃器も刃物も一切不可。なので鼻毛切り一つ持っていなかった。


 まあ裸一貫だとかジャージのみで異世界転移する猛者のいる事を考えれば、武器がないくらい大した制限でもない。

 買えばいいのだ。チート能力ジャパンマネーの力を見せてやるのみ。


「なんぼやねん!」


 こういう所は勢いだ。


「400バーツ。それ以下は絶対無理!」


 おばちゃんは引かない。

 魔窟。確かにそう言われても過言ではない、名古屋で言えば大須近辺と、大阪にある道具屋筋だとか古き良き日本橋、オタクカルチャーに犯されていない頃のそれと、東京は戦後の秋葉原をただ一箇所に凝縮して何倍も濃くしたような雰囲気。

 王都バンコクの片隅にひっそりと佇む一角。その場所は、俺にとってまさに……。


 何だ。この気持ちは。


 前日に、実は伊勢丹デパートに行っていたのだが、それをはるかに凌駕するこの安心感。

 王国には日本から侵略を果たした伊勢丹がある。里心のついた冒険者が、ひと時の安らぎを得て望郷の哀しみを堪える場所として有名だ。

 だがそこの屋上高級レストラン街のココイチでカツカレーを食べた時。その百倍もの『帰ってきた』感じ、これは原風景とでも言うんだろうか。

 多分これこそがきっと俺の居場所なのだ。


 訳の分からない部品。

 用途不明の工具。

 ゴミのようなDVD、積み重ねられている映画ソフトやゲーム、アプリケーション。

 厨二な刃物や伸びる警棒。

 下らないオモチャや、死んでもいらない家具とか電化製品(シロモノ)たち。

 ウーハーだとか、車載用の音響機器。LED。

 使えるか分からない汚れた最新式魔導通信機器やドキドキ爆発機能付き三星製のスマートフォン。

 知識のある人間が、組み合わせを間違えなかった時にだけ激しく光り輝く、今はただのゴミの山。

 装備を探して彷徨いながら、心の中では狂喜乱舞していた。


 何だかんだで結局おばちゃんに100バーツ負けさせて、300バーツでヴィクトリノックスそっくりのツールナイフ、刃渡り5.8センチの聖剣を手に入れた。


 店には30センチもあるサバイバルナイフや巨大な山刀も置いていたが職種が違うので装備できない。斬馬刀みたいな奴を背負って武者修行な旅もそれはそれでいいとは思うのだが。


 レート通りの換算なら900円で、300円も安くなったそれは赤い樹脂のフレームに収まった、egoというメーカーの逸品だ。とてもコンパクトで、ハサミとナイフ、ヤスリ、爪楊枝、ピンセットが付いている。


 これでもう野犬も恐れるに値しない。ゴブリンでもオークでもかかってこいという気分で、意気揚々と部屋に帰ってやっと使えたWiFiの魔導通信で詳細を調べると日本でなら100円少々で買える“伊戈中华军刀红色”とかいう中華人民共和国製品らしい。

 そこがまた素晴らしい。

 下手に貴重品だと、例えばヴィクトリノックスに吸収合併されたウェンガー社のデッドストック品などをここで手に入れてしまったら下手に次のフライトで捨てるに捨てられない。

 何処でも買えるヴィクトリノックスと違って、ハサミにマイクロウェイヴとかいう細かいギザギザが付いていて切るものが逃げないウェンガー製品は今やもう手に入らない。

 基本的に賛同しているUNIXの設計思想("do one thing, and do it well"; 1つのことだけをうまくやる)には適合しない。UNIX は十徳ナイフではなく、簡単な仕事をこなす軽いツールを作ることをよしとするそうだ。でもこれ位なら別に構わない、たった58ミリの聖剣。

 敢えて言えばブレードがちょっと細めで研いだらすぐになくなりそうな位だ。


 いい買い物をした。


 それをドライバ代わりにメモリを増設したりしていたら、そのうちアランも帰ってきた。

 彼はバックパックのドリンクホルダーに狐だかバンディクーだかなんかの汚い縫いぐるみをずっと入れている。

 何の思い出の品なのか知らないが、それを聞きたいとも思わない。

 由縁がありそうで、面倒臭い。

 ただでさえアランは面倒臭い奴なのだ。


「夜景が綺麗な夜の市バスに乗ればたったの16バーツで市内一周出来る。連れて行ってやるから写真を撮ればいい、チャイナタウンも見れるしお城や一面のお花市場も通るんだ」


 いつもそんな事を言って誘ってくれる。


「いや別に行かねーよ。お花とかお城とか、そんなファンタジーなもん求めてないし」

「だってこれがツアーなら500バーツくらいぼったくられるんだよ?」


 とあまり話が通じていない。

 思い出の写真とか、観光地だとか綺麗な景色みたいなものに興味なんてない。出会いだとか自分探しだとか新鮮な異世界の経験だって、本当を言えば求めてなんていない。そんなのは安っぽいお土産と変わらない。


「じゃあお前は何で旅をしてるんだ!?」


 ごもっともだがお節介な事をアランに訊かれ、


「ほんなら逆に聞くけど、人は何のために生きてると?」


 そんな深そうに聞こえる事を言って黙らせるしか対処出来ない。

 お前は何が楽しくて生きてるんだという類の質問は、言われた方からしたら侮辱に他ならない。

 同じ事だ。

 効いた、と思った。通常ならこれでおしまいだ。しかし、俺はアランの出身国を忘れていた。フランス人と人生について語り合うなんて藪蛇というか、それこそ相手の土俵だった。


「くぁwせdrftgyふじこlp」


 せめてフランス語が流暢に喋れるようになってから、した方がいいのだろう。

 悩ましげな顔をして饒舌に、多分糞っ垂れな人生(セラヴィ)について語り出すアラン。


「何を言っているのか全然分からないよ。てかぬいぐるみ洗えよ」


 単に形骸を不毛と言いたいだけなのだが、フランス人に色即是空を伝えるには俺は語彙が足りない。


 更にそこへインド人がおやつを食べに帰ってきて会話に入り、更に面倒臭い雰囲気になってゆく。これが人外魔境か。そのうち、


「汝は何者なりや、何処から来たりて何処へ去らん」


 みたいな所まで話が及んでしまい、もう収集がつきそうにない。


「そんなの知らないけど、次は俺インド行くよ」


 とりあえず無難にそう答えると、二人の顔色が変わった。


「バカな」

「ありえない」


 アランどころかインド人までがそれを止めようとしているようだった。


「やめとけ、死ぬ気か?」

「どういうつもりだ? 人生の何が気に食わなかったんだ」

「は? どゆこと? もうチケット取っちゃったんだけど」


 やれやれといった顔で二人は順番に諌めはじめる。


「インドは超絶汚ない。空気も水も大地も、何もかもがだ。きっと病気になるぞ。最低でも下痢だ」

「誰も信じるな、インド人は一人として真実を話さない。全員がお前を騙そうとしてくるぞ。」

「どんなとこだよ! そんなとこで十億人も生きていけるの?」


 それと、お前はインド人じゃないのかというと、カシミール地方の出身なので一緒にするなと言われた。そのへんは涼しくてキレイらしい。

 あと二人ともインジャーと発音するので最初は何を傷付けるのか全然分からなかった。インディアはもしかしてカタカナ英語なのか。

 前に会ったタトゥー術師の男もやたら脅すような事を言っていたし、インドのチュートリアルはまあこういうものなのだろう。


「気をつけるよ」


 バンコクには日本からの転移者が沢山いて、様々な異世界各地の情報をあれこれ教えてくれる、そもそもそう聞いたからこそ、わざわざ王国くんだりまで足を伸ばしたのだ。特にインドの話は脅しのように、内臓を取られただとか昏睡強盗だとか取り返しのつかない失敗談、おどろおどろしい冒険譚をたくさん聞ける、そんな場所のはずだった。

 が、時期が悪かったのか実際そういう歴戦の冒険者みたいな日本人には未だ会わない。夏休みで若い観光客が押し寄せるのを嫌って全員どこかに逃げたのか、今日日安いチケットも情報もネットを使えば簡単に手に入るので、ここに集まる冒険者はいなくなったのか。

 しかしまさかフランス人とインド人が代わりにその役割を果たしてくれるとは思いもしなかった。


 アランの直ったタブレットにWiFi設定をしてチェスのアプリを落としてインストールしてあげたら喜び、お礼にと缶ビールを買ってくれた。



 




※予告※

乱れ乱れる政争、とうとう起こってしまったクーデター。ようやく再開を果たした異世界転移駐在員の友と語り合う、その帰り道に突如襲い来る恐怖の存在。


次回『王国の危機』旅をする時、あきらめを十分に用意する事がどんな荷物や装備よりも重要であるッ!

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