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二日目 第二話

自分よりも明らかに歳が下の少女に手を引かれ、エスコートしてもらう男性。それを他者が見て思う事は様々だろう。歳の離れた兄妹か、元気のあふれる年頃の従姉妹に引っ張りまわされているか、いたいけな少女を騙し毒牙にかけようとする性犯罪者か。それとも、美味そうな肉を他人に取られまいと確保している食人鬼か。

 実際は、そのどれでもない。食堂の場所がわからないから案内してもらっている情けない男と、それに人格を奪われた哀れな少女のセット。なんとも滑稽で、なんとも不思議な実情だ。

 さて。しばらく連れられて歩くと、昨日は案内されていないフロアに到着した。いくつかのテーブルが並べられ、椅子と料理がセットされている。そこには既に従業員らしい人々が着席して、食事をしていた。私が一歩その空間に交じると食事の手を止めて、新たに混じった異物、私とエンジェルに注意を向けた。

 いや、私とエンジェルに、というのは間違いだ。どの目もエンジェルにしか向けられておらず、そのどれもが、サファリパークで見たことのある目をしていた。野生味を出すために故意に餌を抜かれた肉食獣達の目だ。いつまでもここに置いていては、彼らの爪牙にかかり朝食にされかねない。そう思って、彼女に部屋に戻っていろと言おうとした。

「私はこの方の所有物です。手を出すと怒られますよ」

 その一言で、彼らの目にこもっていた熱が急速に冷めていく。他人の持ち物に興味はないのか、それとも人の物に手出しはしないという協定でもあるのか。何にせよ、これで心配事が一つ減った。私の心の拠り所として、彼女の意志も何もなく生まれたエンジェルを失う事はなくなった。

 おおよそ外道と言えるような手段を黙認してまで助け、心の支柱にしている彼女を一日と経たない間に失っては、その瞬間に狂気に落ちるだろう。ひとまず私の心は守られた。

「朝食はセルフサービスになってるから。要るだけ取って食べなさい」

 そこまでのことは、言われなくとも見ればわかる。ただ、セルフサービスにしても色々と種類がある。主食にしても、パンや米、シリアル、スパゲティなどの麺類など様々。副菜も、卵にソーセージ。フライドポテト、各種野菜のサラダ等。これほど選択肢豊富な朝食は他所ではとてもお目にかかれないだろう。

 だがあえて私はいつも通りの、パンとバターを選ぶ。四枚切りのパンを一枚オーブントースターに入れて、軽く焦げ目が付くまで焼く。その間にコーヒーを一杯淹れて、バターも用意する。パンが焼けたらバターを塗り、皿に乗せてコーヒーと一緒にテーブルへ持って行って席につく。ここからはいつもなら、神様に祈りを捧げてから食べるところだが。昨日の段階で神様なんて居やしないと確信したから、祈りもせずにパンにバターを薄く塗って、そのまま齧りつく。

「……」

 毎朝食っていたスーパーの特売品のパンより格段に美味い。添加物まみれでバサバサした食感と、雑味だらけの味とは大違い。とても一言では表せない旨味を感じた。勿論バターも美味い。特別な乳牛でも使っているのか、今まで食べたことのない風味だが、好きになれそうな味だ。黙々とパン一枚を平らげ、少し冷めて飲み頃になったコーヒーを口に入れ、水分を取る。これもまたいい香りだ。

 エンジェルも隣に座り、私と同じようにパンを食べている。ドリンクは私とは違い、彼女の飲んでいるのはコーヒーではなくミルクココア。歳相応、というか見た目相応の嗜好。過酷な環境に荒んだ心の大地が、少しだけ潤される。

 例え印刷された嗜好と思考だとしても、それは考えなければいいだけのこと。だが自分がどういう立ち位置に居るのかを見失わないためにも、頭の片隅に常に置いて、一日一度は思い出す必要がある。自分を見失えばあとは落ちていくだけだ。

「やあ、おはよう新入り」

 一枚では腹が満たされない、と席を立とうとしたところで肩を叩かれた。足から力を抜き、座ったまま後ろを向くと、昨日人肉料理を作っていた吸血鬼が。

「おはよう。吸血鬼のくせに、日が出ている間も起きてるんだな」

「そりゃ吸血鬼なんて言われてても、実際はただのヘマトフィリアだからな。太陽を浴びても、十字架をつきつけられても平気だが、夜になれば眠くなるし銀の銃弾や杭が無くても死ぬ」

 そんなことは知ってる。俺は別にこいつが本物の吸血鬼だとは思ってない。ただ冗談で言っただけだ。だというのに、まじめに返されてしまっては困る。

「まあそれはともかくだ。今日はお前にウェイターをしてもらうから、そのつもりで頼むぞ」

「研修期間は?」

「人が少ないんだ。一から十まで教えてる暇はない。目立った失礼や、あまりにも礼儀を欠く行動さえ無けりゃいい」

 吸血鬼の口から失礼や礼儀なんて言葉が出てくるとは驚いた。こういった思い込みが失礼に当たるのだろうが、まだ外の世界の常識が残っているために出てきた思考だ。適応すれば消えてしまう。ならこれも汚染具合の指標の一つとして意識していこう。

 さて、それはともかく。こういうのは得意な方だ。学生時代にバイトしていたレストランでもよくチップをもらっていた。だから任せてくれと、相手が吸血鬼、殺人鬼でなければ胸を張って言いたい。

「死刑囚なんて、世界中の牢屋に腐るほど居るだろ。どうして人手不足なんかになる」

「死刑囚で俺達みたいにマトモな性格してる奴は珍しい。それを頭に置いとけ」

「お前がマトモ? 面白い冗談だな」

 人を殺すような連中が、自分はマトモな性格だと言い出す。最高におかしな冗談だが、被害者のことを考えると最高に笑えない冗談だ。

「じゃあそういうお前はどうなんだ」

「お前と同じだよ」

 嘘。私はまだマトモだ。だが、同類と思われている方が都合がいい。一々事情を説明する手間が省ける。

「じゃあマトモだな」

 呆れた。今の会話の流れからどうしてそんな答えが出てきたのか、全く不思議ならない。

「おっと、今のはもちろん外での話じゃないぜ。この島での話だ」

「そういう事か。すまん、どうも外での常識が抜けきってなくてな」

「そりゃ一日二日で適応できりゃ誰も苦労しないさ。気長に付き合ってやるよ」

「ありがとう」

 心にもない礼を言う。正直放っておいて欲しい所だが、今日からここで働くのだし。会社での付き合いとして受け入れよう。相手は殺人鬼とはいえ、善意からの発言なのだし。

「それじゃ午前七時半になったら、またここに来てくれ。案内する」

「わかった」

 その言葉を最後に、彼は自分の席へと戻っていった。一つ言葉を交わす度にボロが出ないかと不安に思っていたが、なんとかやり過ごせたらしい。

「そういえば、エンジェル。私が仕事してる最中はどうするんだ」

「部屋で本でも読むわ。殺人に快楽を感じるような変態の元死刑囚がウヨウヨしてるような島で、私みたいな非力な少女が一人出歩けばどうなるか。考えなくてもわかるでしょう」

 言うとおり、考えるまでもない。彼らの餌食になる以外の未来が浮かばない。それだけ答えが出たら、そこに至る過程が自然と頭に浮かんでくる。

 この島の頭のおかしい男達の内の誰に襲われて、バラバラにされて食われるのか。犯されてからバラバラに引き裂かれて食われるのか。犯されながらバラバラに引き裂かれて食われるのか。それとも犯されながら食われるのか。過程は異なれど、悲鳴を上げ、苦痛に泣き狂いながら、折角助けられた命を狂人に奪われるという結果は変わらない。

「それはわかる。だが、ならどうして今彼らは襲ってこない」

「さっき私はあなたの所有物だと宣言したから、誰もあなたの前じゃ襲ってこないわ。誰だって死にたくはないでしょうし」

 なるほど、確かに私はあいつらと同類と思われている。つまり何かあれば躊躇なく人を殺せるような人間だと思われている。そんな奴の目の前で獲物を奪えば、報復として殺される可能性が非常に高い。それが怖いから、手出ししてこないと。

 遺憾ながら、第一印象を良くするために作った嘘のプロフィールが奴らに対する予防線になっているようだ。だが、もし目の前でエンジェルを殺されたとしても、報復に殺し返したりはしない。多分助け合った恩人を守れなかった事に罪悪感を感じて、自殺する位だろう。私に人を殺すような勇気はない。

「それなら、一緒に居る間は目を離さないようにする」

「そのセリフが恋人のものなら、とてもロマンチックなのだけれど」

「こんな島だ。恋人なんて諦めろ」

 しかし、恋愛に関する知識をインストールするとはフィッシュも性格が悪い。この島でそんな相手を求めるなど無意味に等しいだろうに。

 もしこの島の中の誰かに恋愛を求めたとして、恋とは何かや、恋愛をする幸せというものを知る前に天国へ送られるだけだ。


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