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一日目 第六話



仕事の案内が全て終わった。その感想はと言うと、やはりここで仕事をするのは気が進まない。しかし働かなければ死ぬ。死にたくなければ働くしか無い。

 その点は外の世界とも変わらない。外の世界では働かなければ金がなくなって、乞食になるかいずれ野垂れ死ぬかの二択だが、こちらでは働かないことが即ち死に直結する。死ぬまでの時間が短いのと、選択肢が一つしかないのが外との差。

「さて、仕事場はどうだった」

 テーブルを挟んで向かい合う形で、ソファに座るフィッシュと私。

「やっぱり地獄は地獄です」

 いくら見て回ったところで地獄が天国に見えるようになるわけがない。

「感想も重要だが。君がこの島で働けるかどうかというのが聞きたいのだよ」

「そっちの意味でしたか。最初に言った通りですよ。ですが……もしもの話ですが。気が変わって、働けそうにないと言った場合はどうなります」

 実に愚かな質問だが、この質問の意図は答えを知ることではない。そんなわかりきった事を聞くためだけにわざわざこんな馬鹿な質問はしない。

 これは自分の意志を固めるため。あえて希望を断ち、地獄に身を投じる覚悟を持つための質問。

「あえて言う必要もない事だが、従業員の質問に応えるのは社長の義務だ。語らせてもらうよ。うちに適応できない従業員候補には、二つの選択肢が与えられる。と言っても生きている内にはない。死んだ後にだ。肉質が良ければ料理の材料になるが、悪ければ魚の餌になる。気は変わったかい?」

 完全に希望が断たれた。私に働く以外に生きる道は存在しないと、こうもハッキリ示されて決まらぬ覚悟も無いだろう。

「これからよろしく、オーナー」

 今度は自分から握手を求める。これで自分の意志を示したら、もう後戻りはできない。考えてみれば、戻る道なんて元から無かった。

 差し出した手をガッチリと掴まれ、数秒間視線を交わした後に笑顔でにらみ合い、どちらともなく手を解く。

「よろしく。ジョン君。では契約金として、早速君に給料を渡そう。こちらに来てくれ」

 フィッシュが立ち上がり、その後を追って私も立ち上がる。彼が歩けば私も犬が飼い主を追うように付いていく。一度部屋を出て、そしてすぐ隣りの部屋のドアロックを解除して、中に入っていく。私も付いて入ってもいいものかと入り口で悩んでいると、中から手招きされたので、少し迷って入室する。

「これが君の給料だ」

「……」


挿絵(By みてみん)


 言葉が出ない。何を言っていいのか、わからないから。さっきの部屋よりも貧相なソファにちょこんと座る、精巧な女の子の人形。よくよく注視すれば、それが人形ではないことがすぐに分かった。瞬きもするし、呼吸に合わせてほんの僅かだが胸と肩が動く。なぜこれを一瞬とはいえ人形と思ったのか。あまりにも生気というものが感じられなかったからだ。音にも反応せず、目の前で動く私達にも一切反応せず、ただそこに座って呼吸をしているだけ。人間ならば目の前を人が通れば必ず少しは反応するのに、その反応が一切ない。だから、人形だと思った。

「君はマトモな人間だから助けてもらった事に恩を感じているだろう……そう思って、君を助けた子を連れて来た。外見の好みを聞いていないからわからなかったというのもあるがね。もしも好みでなければ取り替えるが、どうする?」

 容姿が不満、ということはない。私の好みからは年齢層からして外れるが、十分可愛らしいと言える。だが、この娘が私を助けてくれた少女だと言われると、激しい違和感がある。化粧や衣服の有無、髪の長さもあるが、ここまで大きな違和感を生み出すのはそれではない。私が起きた時に、私を囲んでいた少女たちは、その何れも生気に満ち溢れて、動いていないと落ち着かないようにも見えた。一言で表すのなら野生、一文字で表すなら動。そんなものが感じられた。しかしこの少女といえばどうだ。野生とは全く正反対、人形のように静止している。

「この子でいい」

 彼女が何をされたかは知らない。だが、助けられたというのなら、私も助け返すべきだろう。

「では性格はどうする。好きな性格をインストールできるが」

「ああ……そうだな。マトモな、優しい子。それでいい」

 今更だが、やはりこの島は何もかもが異常だ。今得られた情報から立てた仮説が正しければ、この少女はあの放牧場から収穫されて、おおよそ人格といえる物を何らかの手段で抹消されている。そうであれば今の彼女の状態にも納得がいく。言うなれば、一枚の絵に真っ白なペンキで上塗りして、無理やりキャンバスに仕立てあげたような物。そこに客からの要望にマッチした絵、つまりは人格を描くと、商品の出来上がりだ。なんという非道。なんという外道。

 そして、要望を出した今この瞬間。私もその外道の仲間入りを果たした事になる。外ならば裁かれるべき重罪人。しかしこの島ならば裁かれることはない。外の法を守ろうと思っていた矢先にコレだ。だがこれで、肉として食べられる運命にある一人の少女の命を救えた。そう思えば、そう思わなければやってられない。

「名前はどうする?」

「名前か」

 まだ子を持ったこともなく、親戚から名付けを頼まれた事がないこの私が、こんなところで名付け初体験となるとは。

 名前、名前か。アジアでの名前とは、人にこうあってほしいという願いを込めて付けられるものらしいが。私はこの娘にどうあって欲しいのか。この娘に何を求めるのか。

 特に何かを求めるわけもない。こうあってほしいという願いもない。だが、とりあえず一つ浮かんだのが、死んだら天国へ行きたいというそんな自分の願い。そこから連想したのが、

「エンジェル」

 地獄の中の天使。自分を助けてくれた、心優しい天使。きっとこれからも世話になるだろう。

「HAHAHAHAHAHAHA!!」

 フィッシュがそれを聞いた途端、急に大口を開け、立派な腹を抱えて笑い出した。その笑い声には、アンドレイの笑顔に極めて近いものを感じる。あいつは隠そうともしていなかったが、こいつは狂気を善良そうな面で覆い隠していた。私の今の発言で皮が破れ、漏れ出てきたのだろう。

 面が歪むほどおかしいのは自分でもわかる。この島はフィッシュのような人種にとっては天国だ。彼らにとってはこの島の家畜全てが天使なのだ。その内の一人に『エンジェル』と改めて名前を付けるのは、最高に滑稽だろう。私からしても滑稽なのだ。地獄に天使など居るはずがないのに、天使と名を付けるとは、愚かしいにも程がある。

「はーぁーー……おかしかった。こんなに笑ったのは久しぶりだ。生まれて以来最高のジョークだったよ」

「それはどうも」

 こっちは大真面目に考えて……訂正しよう。そこまで深く考えたわけではないが、それなりに考えて出した名前なのに、それをこうも笑われては腹が立つ。その苛立ちも外の世界のマトモな労働で習得した営業スマイルで包み隠す。上司には逆らわない方がいい。外でもここでも、それはきっと同じだろう。

「では、名前に見合った性格に調整してインストールしよう。早ければ朝までに。遅くても明日の夕方までには終わるから、楽しみに待っていてくれ」

「楽しみにしておきます」

 心にもないことを、心からの発言のように錯覚させるように言う。

「今はまだ無理でも、いつかこの島が天国に感じられる日が来るといいね。それじゃあ、いい夢を」

 それだけ言って、少女、もといエンジェルを肩に担ぐ。担がれるエンジェルは、一切抵抗せず、されるがままに持ち上げられ、手足をだらりと伸ばしたまま。それを見ていると、一瞬だけこちらに眼球が動いたような気がした。きっと錯覚だが、罪悪感が胸を貫き、心臓を荒縄で縛り付けられた。苦しさに顔をしかめ、痛む心臓を抉りだすように鉤状に曲げた指を胸に突き立てる。しかし、鋭い爪を持った化物でもなし。いくら胸に指を押し付けても指先が白くなるだけで、心臓を抉りだす事は叶わない。



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