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四日目 第七話

 私がいつもベッド代わりに使っているソファの端に深く腰掛ける。反対の端にはエンジェルが座り、クッションを抱いて足をぶらつかせながら、二人でコメディ映画を眺めている。映画と言っても、大物俳優の出ない、所謂B級映画というというもの。やはりそれらしい安っぽさはあるものの、それでもいかにして観客に娯楽を与えるかと練りに練った努力の跡がそこかしこに浮かんでいる。俳優のやや大げさな演技もまた。

 一時間半ほど見続けて、笑って、、時折つまらない場面に欠伸を出しながら、いよいよクライマックス。主人公が想っている女性への告白シーンがやってきた。普段はだらしない、髭にぼさぼさの寝癖がいつも立っているような主人公が珍しく格好をつけている。髪をセットし、髭も剃って、糊のきいたタキシードにネクタイ、艶のある革靴を履き、胸には大きな花束を抱いて。これからの告白に緊張しているのか、やや口元は硬い。目当ての女性の後ろ姿を見てにやけ面になると一度大げさに顔を振り、崩れた髪を撫でて整えて、再び引き締まった表情で歩き出す。

 女性はまだ気づいていない。友達との楽しいお喋りに夢中になっているようだ。BGMに混ざって入る効果音、心拍の音は、二人の距離が一歩、また一歩と縮まるごとに早まり、彼女の後ろに立った時には400mを全力で走り切ったようなペースで心臓が波打っている。

 男が女の名前を呼ぶ。女が振り返る。

「私と結婚して下さい」

「ごめんなさい、黙ってたけど私レズビアンなの。でも気持ちはありがたくもらっとくわ」

 絶望が色濃く表情に出ている男性から花束を奪い取ると、さっきまで話していた友人らしき女性に渡した。二人の顔がアップで映るが、男性とは対照的になんとも幸福に満ち溢れた顔だ。

「私と結婚して」

「喜んで!」

 そして二人仲良く手を繋いで去っていく。前半にあった濃厚なベッドシーンは何だったのかと思うほど、衝撃的かつ急な展開に唖然としたまま固まる。取り残された男の顔にカメラが移った。人生のすべてを失い、この世を呪い、悲しみ、希望もなくして膝をついて泣きわめき、最終的にヤケになったのか笑い出した。そこへバラを咥えた男の友人が颯爽と登場し、男の方を抱いて慰め始める。

 この流れはもしや、と嫌な予想が浮かんだところで場面が変わる。喫茶店のベランダから、人であふれる境界に。その人々の視線の先には二組のカップルが。真っ白なタキシードに身を包んだ男が二人。同じく純白のウェディングドレスを来た女性が二人。それぞれが神父の言葉とともに、熱い口づけを交わしたところで盛大な拍手が鳴り響き、閉幕。画面が暗転してスタッフロールが流れる。

「まあまあ楽しめたわ」

 珍しく、笑顔だ。いや、珍しいどころか、今まで彼女の笑顔を見たことは無いような気がする。ひょっとすると、これが初めてではないだろうか。貴重な瞬間を残しておくために、資格情報をデジタル処理して、脳のチップに刻みこむ。一瞬で保存が終わり、何時でも思い出せるようになった。

「趣味に合ったようで何よりだ」

 彼女の本当の好みなのか、それとも植え付けられた好みなのかは考えないでおく。

「次は何を見る」

「あなたが観たくないものを」

 私が見たくないものか。外にいる間は、時に好き嫌いなく観ていたが……今見たくないものといえば、スプラッタ系の映画。こと最近の映画はCGの質が良く、恐ろしくリアルで、まるで目の前で本物の人体が破壊されているかと錯覚する程の出来の物ばかり。とは言っても、やはり本物の方が残虐。だからと言って見たいかと言われると、間違いなくNOだ。

「スプラッタ系だな」

 正直に答える。彼女がそれを見たいというのなら我慢して付き合おう。できる限り、彼女の要望には答えていく。それが私にできる、数少ない贖罪なのだし。

「それは私も見たくないわ。他にないのかしら」

 他に、と言われても。思いつくものは彼女も見たくないであろうものばかり。

「どうして私が嫌がるものを見たいんだ」

「それを見て、嫌がるあなたの顔が見たいのよ」

 やられた事への意趣返しとも取れる発言。私も随分と嫌われたものだ。それだけの事をしてしまったのだから、仕方ないと言えばそうなるが。

「他に見たくないものなんて、ポルノ位だぞ」

「モラルもなければデリカシーもないのね。最低だわ」

 蔑む視線と、罵る言葉。嘘はつくまいと正直に答えたのが仇になったらしい。

「そんなのは今更だ。おとなしくコメディを見よう」

「しょうがないわね」

 つまらなさそうな顔をして、渋々頷いてくれた。きっと面白い映画を見れば気分も直るだろう。そうであって欲しい。



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