四日目 第五話
二人で静かに森林浴を楽し……楽しむという表現が正しいかはともかく……ただ何もせず、何も考えず、何も話さず。ひたすら変わることのない目の前の景色を眺め続けて、どのくらい時間が経つだろう。
なんとなく影を見下ろせば、傘のちょうど真下近く。ということはもう昼か。どうりで少し腹が減ってきたわけだ。
「エンジェル」
下を向いたまま声をかける。
「……」
返事がない。頭を持ち上げて首をひねり、隣りに座る少女を視界に入れる。こくり、こくりと船を漕いで、小さな寝息を立てていた。この情景だけを切り取れば、歳相応の普通の少女のようにも見える。名前の通り天使のような可愛らしさだ。起こすのは憚られる。
しかし、それとは関係なしに腹は減る。飯を食いに行くにも、彼女を一人置いていくわけにはいかない。二人の仲がもう少し健全なものであれば、背負って行くという選択肢もあったのだが、彼女は私のことをひどく嫌っている。私に触れられれば、強く嫌がるに違いない。気持よく眠っている所を起こされるのも不愉快だろうが……嫌がるとわかっていることをするのは心苦しいが、仕方がないのだ。もう一度、少し大きめの声で名前を呼ぶ。
「エンジェル、起きろ」
「……何」
片目を薄く開き、その向こうにある青い瞳で私を覗く。やはり気分を害したか、声には少しどころではないトゲを感じる。
「そろそろ昼食だ」
「はぁ……そういう事。じゃ、戻りましょうか」
欠伸を一つして、ベンチから跳ねるようにして立った。私も釣られて、どっこいせと掛け声を上げて膝に力を入れる。
それほどの歳ではないはずなのに、どうも身体が重い。どうも、ここに来てから心が一気に老けこんだらしい。
「先に行くわよ」
私より先に歩き始めたエンジェルの背を追って、私も道を進む。彼女に合わせて早足で。
それから数分経たず、公園に出た。ここに来た時に盛っていた客と商品の姿はなく、彼らの座っていたベンチには血痕だけが残っていた。一瞬だけ目を取られたが、この島でそんなものは一々気にしていられない。無視して元来た道を辿る。
「昼は何だろうな」
「楽しみなの?」
「まさか。肉以外で、腹が満たせるメニューがあればいいんだけどな」
「どうかしらね」
もし肉ばかりのメニューなら、最悪パンとコーヒーだけで済ませてもいいだろう。一度や二度不摂生したところで身体を壊したりはしない。
しかし、心は一度や二度の不摂生で簡単に壊れてしまう。一度衝撃を受けて罅が入ってしまったが、それでもギリギリ耐えている。ただ、二度目はもう耐えられない。だから肉は避けていく。
またしばらく。腹の虫がやかましく主張し始めた頃に、食堂へ辿り着いた。そこには既に見慣れた顔が何人も居り、それぞれが違うメニューの食事を摂っていた。その中には魚料理もあったので、これはいいと、私も同じものを食べようと決めた。
まずは手を洗ってから皿を取り、バイキング形式に並べられたメニューを眺めていく。
イタリアン、フレンチ、中華、和食とあるが、今日は中華を選ぶ。衣をつけて揚げた魚に、何種類かの具が入った餡をかけた料理。あとは、ライスとサラダ。適当な量を取ってテーブルに置いてから、コーヒーを淹れる。そして中華にコーヒーはミスマッチだと気付いて後悔。淹れてしまったものは仕方がないので、それとは別に水を二人分入れてテーブルに運ぶ。コーヒーは食後に、冷めてから飲むことにする。
エンジェルは先に席について、私と同じ料理を食べ始めていた。彼女の正面に座り、水で口を湿らせてから料理に箸をつける。
衣が餡の水気を吸ってふやけているが、それは味が染みているということ。身も火が通り過ぎず、柔らか。口に運んで咀嚼する。餡がからんだ衣と、ふっくらとした身が混ざり合い、美味。これを外のレストランで食べようと思ったら、一体いくら掛かるか。
無言で箸を進める。内臓は抜かれているので、骨とヒレだけを避けて食べていく。舌休めに適度にライスとサラダも口にして、量を減らす。どれも美味しい。どう美味しいかは、食通ではないのであまり詳しく語れないが。
ひたすら咀嚼と嚥下を繰り返して、皿の上に乗っている物が骨とヒレだけになったところで箸を置く。ライスも一粒残さず、サラダも破片一つ残さず。水で後味を洗い流し、そこへ冷めたコーヒーを注ぐ。
ほのかに残った魚の香りも、コーヒーのそれでかき消された。余韻も何もありはしない。




