四日目 第一話
朝起きて、先に起きていたエンジェルに朝の挨拶をする。
「おはよう」
「おはよう。遅いわね」
「これでも早いほうだ」
外の生活を思い出せば、早い方。軽いやり取りの後に、洗面台へ。顔を洗って、歯を磨いて、髭を剃って。あとは服を着替えてから髪の毛をセットして。十分ほどで、私の準備は終わり。一度部屋の外に出て、エンジェルの着替えを待つ。待った時間は五分ほどか。持ちだした本を一ページ読み終わるか、終わらないかのところで、彼女も出てきた。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
昨日、一昨日と同じように、触れ合うこともなく、無言で廊下を歩いていく。途中で何体かのアンドロイドとすれ違った所まで、これまでと同じだ。
そして、何事も無く食堂まで辿り着いた。扉を開いて中へ入ると、食欲をそそる香りが鼻についた。
「おはよう」
奥へ進もうとすると、顔に包帯を巻いた男に前を塞がれ、挨拶された。吐息からは少し鉄、血の臭がする。不快な臭いから離れようと、一歩下がろうとするが、エンジェルが居て下がれない。いつの間にか私の後ろに隠れていた。
「昨日の夜はすまなかった」
そして唐突に謝罪された。何か謝罪されるような事をされただろうかと考え、すぐに昨日のことを思い出した。もしや、この男、あの血まみれの獣と同一人物か。なら吐息に血の臭いが混じっているのも頷ける。人の肉を貪り食えば、口から血の匂いもするだろう。それに顔に包帯を巻いているのは、私が殴ったせいで鼻でも折れたか。口にも血が流れ込んで、その臭いも息に出ているのだろう。
「いや、こっちこそ。殴って悪かった」
心にもない謝罪。微塵も悪いなんて思ってない、あれは正当防衛だ。悪いと思う必要もない。
「いいんだ。ありゃ俺が悪いしな。昨日はつい薬を飲むのを忘れててなぁ。でも今は薬が効いてるから安心してくれ。あと、俺はリチャードっていうんだ。順序がおかしいが、まあよろしく頼む」
「……そうか。ジョン・ドゥだ」
安心してくれと言われても、昨日の恐怖を思い出すと安心などできるはずがない。人間嫌な記憶ほど印象強く残るものだし、おまけに他人への評価のほとんどは第一印象で決まる。あれほど最悪な初対面で、気を張るなという方が無理な話だ。
エンジェルも珍しく私の後ろに隠れて出てこないし。少女らしい一面もあるものだ、と一瞬思ったが、どうせこれもプログラムされた動きなのだろう。
「昨日の今日だからな。忘れて仲良くってのはちょっと無理だ」
「ああ、そうだよなぁ。とりあえず謝っときたかっただけなんだ。許してくれとは言わん。邪魔をしたな、ゆっくり飯を食うといい」
言われなくとも、最初からそのつもりだった。本当に邪魔をしてくれた。まだ礼儀があるからフィッシュほどではないが、朝から不快な気分にさせてくれた。これでフィッシュも居れば、最悪を通り越す気分で朝食を取ることになっていただろうが、幸い奴の姿は見当たらない。いい事だ。
食堂を見渡して、空いている席を探す。なるべく他の連中とは離れたところを。どこに座るかを決めたら、先に朝食のメニューを選んでおく。
昨日、一昨日と同じように並べられた多彩なメニュー。その中から私が選んだのは、四枚切りのパン二枚。スクランブルエッグ。鮮やかな緑色をしたレタス。それからコーンスープと、コーヒー。パンにはバターが使われているだろうが、そこまで気にしていては何も食べられなくなる。肉を食うよりはマシだし、多くの人間が母乳を飲んで育っているのだ。生産過程にさえ目を瞑れば、幼少の頃に食った物をまた別の形で食っているだけだ。おかしくはあるが、まだ異常という程ではない。
「エンジェルは何が居る」
「自分の分は自分で取るわ」
とは言うが、この前は私の焼いたトーストを横から取っていったではないか。なんてことは口には出さずに、選んだメニューを必要な分だけさらに載せていく。
新鮮そうなレタス。柔らかなスクランブルエッグ。湯気を立てるコーンスープとコーヒー。全部をトレーに乗せて運び、席について、トースターにパンを放り込み、焼き時間を三分にセット。遅れてエンジェルが席につき、朝食を広げる。私はパンが焼けるまでは熱々のコーヒーをゆっくり楽しむことにする。相変わらずコーヒーだけは妙に美味い。細かい味はわからないが、ともかく私の好みだ。
エンジェルが飲んでいるのは、紅茶。香りからしてダージリンか。無難な所だ。
二人で向かい合い、無言でお互いの飲み物を飲む。静かだ。半分ほどコーヒーを飲んだところで、丁度三分。チンッとベルの音が沈黙を破った。飛び出たパンをつまみ、皿に乗せて、レタスと卵を乗せ。ドレッシングをかけて、半分に折る。簡単なサンドイッチのできあがり。焼けたもう一枚は、やはりエンジェルが取って、バターを塗って食べ始める。
さて、今日も一日、心が壊れないよう気をしっかり持って仕事をしよう。




