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三日目 第八話


 連れられた先は、私達が住むのとはまた別の、客の宿泊する専用の建物。彼女の泊まっている部屋。そこは私の部屋よりもずっと広く、キッチンがあり、ダイニングがあり、ロフトもありベランダも有り。部屋というよりも最早小さな家と言ってもいいほどの物だった。

「ワイン飲むかしら?」

 部屋を見回していると、客がいつの間にか冷やしていたワインを取り出して、グラスに注いで、私の方に差し出してきた。酒は嫌いではないが、この状況で飲めと渡されても……正直言って飲みたくない。

「お気遣い結構」

 よって、断っておく。毒を入れられていないとも限らない。

「そう、エンジェルちゃんは?」

「お誘いは嬉しいけれど、まだ飲める歳じゃないから遠慮しとくわ」

「飲める歳ねぇ……アメリカじゃ21からだけど、この島じゃそんな法律はないわよ。それに、きっとその歳まで生きられない」

 微笑みを絶やさずに毒を吐く。確かに、私は一年どころか一ヶ月持つかどうかの状態であり、私がおかしくなれば彼女も殺される。それは先ほどエンジェルに言われた通りだが、他人に言われると腹が立つ。不快な女だ。既に彼女への評価点はゼロなので、そこからさらに下がることはないが、もう二度と評価の点数は上がらない。何をしても、昔のようなあこがれを抱くことは二度と無いだろう。

「不愉快だわ」

 失礼な事を言うのをためらう私の代わりに、エンジェルが強く主張する。

「こんな気分にさせるために呼んだのなら、ご主人様を連れて部屋に帰らせてもらうわよ」

 体は小さいのに、これほどまでに気が強い。そんな彼女に比べて、私のなんと不甲斐ないことか。

「そんなつもりは無かったの。ごめんなさいね。今日あなた達を呼んだのは、つまらない男たちとの付き合いに飽きてきたから、マトモな人と話がしたかったの。あとは、来る前に話したディナーもね」

 本当にそれだけが目的なのか、怪しいものだが。疑っても仕方ない。

「ディナーって言うけれど、人肉料理なんて趣味の悪いものを食べさせる気? もう失礼無礼を通り越して野蛮だわ」

 エンジェルが怒っている。私以外に怒っている所を初めて見たが、そもそも私以外と会話をする所を見るのも初めてだ。どうやら彼女の厳しさは、私以外に対しても向けられるらしい。

「そっちこそ随分な物言いね。礼儀に欠けるわ。ご主人様を私に取られて嫉妬してるのかしら」

「馬鹿なことを言わないでくれるかしら。私は彼に正気で居てもらわないと困るの。狂気に引きずり込もうとするあなたとは利害がまるで逆なのよ」

 二人の間に剣呑な空気が立ち込める。身長の差から、片方が見下して優位に立っているように見えるが、言葉の勢いから感じられる精神状態は拮抗している。その証拠に、客の顔から微笑みが消え、真顔になっている。

「……やっぱりあなたも面白いわ。本当に、マトモにしか見えない。普通の気の強い女の子みたい」

「褒め言葉として受けとっておくわ。生まれも育ちも異常だけれど」

 私は会話に入っていけずに、ただ言葉の刺し合いを続ける二人の様子を立って眺めていた。エンジェルなら、私とは違い客とも立場は対等だ。好き放題、言いたいことを言える。うまくすれば説得もしてくれるかもしれないと、会話の行く末を見守る。

「本当、食べちゃいたい」

 ゆっくりと、客の手が伸びる。視線の先はエンジェルの首。最悪のビジョンが頭をよぎり、弾かれるようにエンジェルの前へと割り込む。

「いくらお客様でも、彼女には触れさせませんよ」

 彼女は私の心の殻だ。卵の殻のように、私の心を守っている。だが、その殻は、肉体は、歳相応の少女の物でしかなく、ひどく脆い。悪意を持って触れれば、いとも簡単に破れてしまう。だから、体だけは彼女よりも強い私が守らなければ。そんな思いが、一瞬で浮かんできたからこその、この行動。

「ちょっと撫でようとしただけよ」

「昼に私の首を絞めようとしたでしょう。あの時と同じ目つきでしたから」

 この期に及んで、まだ失礼の無いようにしながらエンジェルを庇う。彼女に死なれては、私はもう正気では居られない。それはつまり心の死だ。死にたくないという願いのためにも、彼女に触れさせる訳にはいかない。しかし、礼儀を欠くわけにもいかない。

「その子を愛してるのね」

「愛とは別、彼女を守るのは罪悪感からです」

 それと、最期に自分の心の保護のため。

「ふぅん……まあ、いいわ。そろそろ料理が来るから、一緒に食べましょう?」

 食人鬼との晩餐。これで二度目だ。この島は一体どうして私を追い詰めにかかるのか。泣きたくなるが、ここは我慢。相手の目を見据えて声を出す。

「先に断っておきますが、私は肉は食べられませんので」

 人肉でも、何でも。哺乳類の肉は食べられない。魚なら多分食べられるだろうが。

「私のお願いでも?」

「お客様の目の前で吐くなど、そんな失礼なことはできませんから」

 人の肉は嫌いだから食べたくない、素直にそう言って聞いてもらえるはずがないので、この選択が相手のためであるように話す。自分のためでなく、あくまでも相手のためというように。

 まあ、そんな子供だましの話術が通用するはずもないが。

「……仕方ないわね。じゃあ肉は食べなくていいから、ひとまず席についてね」

 言われたとおり、部屋の中央にあるテーブルに着く。エンジェルは私の隣に。そして対面に彼女が。気味の悪いほほえみは、相変わらず絶やさない。


 少しの間無言で待っていると、誰かが部屋の扉をノックした。部屋の主が許可を出し、扉が開かれると、女性型のアンドロイドが料理を載せたカートを押して入ってきた。それから一切表情を動かさずに淡々と、全く滞りのないスムーズな動作で料理を私達の前に並べていく。

「どうぞ、ごゆっくりお楽しみくださいませ」

 料理を並べ終えると、その言葉一つだけを残して、カートを押して部屋から出て行く。それを見送ってから、正面に視線を戻す。

「さあ、食べましょう」

 満面の笑みを浮かべる彼女に対し、私の気分はまさしく最低そのものだった。それでも観念して、料理を見つめる。メニューはシンプル。スープに、ステーキ、スライスされたバゲット、サラダの四点。その内私が食べられるのは二つ。パンとサラダ。それだけだ。

 ステーキは、焼けた鉄板に肉が乗せられ、その上からソースがかけてあり、肉汁とソースが鉄板で焦げて、とても胃を刺激する香りを立ち上らせている。食欲はなくとも、悲しいことに体は素直だ。目の前の肉を欲しがっている。それでも、食べない。その肉が何か知っているからこそ、食べない。

 次にスープ。こちらはまさしくだ。わずかに色づいた透明に近いスープの底に、何種類化の野菜と一緒に、腸詰めのような形をした肉が沈んでいた。よく見れば、それがぶつ切りにされた指というのがわかる。爪を剥がれて、中に入れられている。

 食欲は一瞬で消え失せたが、席は立たない。水で口の中を湿らせて、バゲットを齧る。表面は固い歯ごたえがあり、内側はもっちりとした柔らかな触感。美味い、のだが、美味くない。エンジェルも、実に不機嫌そうな顔をしてサラダを食べている。

 そんな私達に対して、目の前の女優は……

「……」

 スープの中に入っていた指を口に入れ、咀嚼し、食べやすいように骨が抜かれていたのか、骨を吐き出さず、そのまま飲み込んだ。

「ああ、美味しい」

 ため息を一つ。感嘆と共に、感想を一言。優雅な食べ方で、動作に不快さを感じる所など何一つ無いのに、ただただ気持ち悪い。昨日はなるべく見ないようにしていたが、目の前で見せつけられては嫌でも視界に入ってしまう。不快感が限界を超え、眉間にしわが寄るのを自覚する。

「あなた達は、食べないの?」

 既に味の付けられたサラダを、咀嚼する。味は、美味なはず。この島で出される品がマズイはずがないのだが、全く美味いとは思えない。感じない。何故そうかというと、やはり気分の問題だろう。

 本来食事とは、生命維持のための活動ではあるが、今の時代では娯楽としての一面も持つ。味を楽しむという娯楽だ。しかし、娯楽というのはやはり楽しいものでなければならない。しかしこうも最悪の気分では、楽しめという方が無理な事。

「美味しい?」

「美女とご一緒しての食事が不味いはずがありません……とでも、言えば満足していただけますか?」

 美女でも食人鬼と知っていれば。食人鬼が食べている料理の材料を知ってれば、一緒に食事を楽しむなどできるはずがない。自分が食われないか不安で、心配で、その状況で食事を楽しめるほど私は狂ってない。私は、まだマトモなのだから。


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