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三日目 第七話

 今日の夕食はなんだろうか、と嫌になりながら、エンジェルを連れて食堂へ向かう。テッドは従業員の普段の食事に人肉は使われないと言っていたが、それでも昨日の今日で、あれほど衝撃的な出来事を忘れられるはずがなく。おかげで腹は減っても食欲は欠片も湧いてこない。

 しかし、何かを食わなければいずれ衰弱して倒れるだけなので、仕方なく食べに行くのだ。頭に浮かぶのは、野菜と穀物か粉物、あと魚介。それだけでも腹は満たせるだろうと、重い足を引きずって歩いて行く。

「こんばんは」

 そして角を曲がれば、会いたくもない相手に会ってしまった。胸から湧き上がる不快感を堪えて、挨拶を返す。

「こんばんは。また会いましたね」

 挨拶されたら、同じように返すのが礼儀だ。それが例え、どれだけ嫌いな相手であろうと。

「ねえ、知り合い?」

 エンジェルに袖を引かれ、耳元で関係を尋ねられる。

「さっき話した、昼に私の首を絞めてくれたお客様だ」

 わざと目の前の客にも聞こえるような声で話す。反応を横目で見るが、変わらず薄ら寒い微笑みを顔に貼り付けたままだ。何を考えているのか、全くわからない。ここは従業員用の施設、迷い込んだということは無いだろうし。こいつがここに居る理由は、誰かに会いに来たということ。その相手は、多分私だ。そこまではわかったが、私に会いに来た理由がさっぱりわからない。

 しかし、彼女の顔を見た瞬間に、条件反射で意識は警戒態勢に入ってしまっている。

「下がれ」

 エンジェルを庇うように、後ろに下げる。あの細い首を、私にしたのと同じ力で絞められれば、あっさりと折れかねない。それこそタンポポの茎を指で挟んで折るように、簡単に。あぶくを吐き、白目を剥いて、意識と力を失うエンジェルの姿を幻視。

 一瞬だけ浮かんだそのイメージを、頭を振って追い払う。

「可愛い子ね。食べちゃいたいくらい」

 微笑みをそのままで、舌なめずりを一つ。寒気がより一層増して、全身に鳥肌が立つ。

「……」

 エンジェルも私も揃って言葉を失う。外でなら何でもない冗談で済ませられるセリフなのに、この島で、この客に言われると、恐怖で背筋が凍る。恐れに飲まれないために、もう一度口を開く。

「何か、御用でしょうか」

 精一杯の気力を振り払って出てきたのが、そんな言葉。会いに来たのなら、何かしら用事があるのだろうから、この聞き方は正しい。声が恐怖で震えてさえいなければ。

「ディナーでもいかが? その子も一緒に」

「き、拒否は」

「認めないわ」

 即答。予想通りの返答。逃げられない。食虫植物の腕に、既に絡め取られている。

「安心して。ほんとうに食べたりしないから。フィッシュにも玩具を壊さないでくれと怒られちゃったし」

「人の首を殺す気で絞めておいて、よく言いますね」

「でも拒否はできないわよ」

 わかっている。拒否すれば、きっとこのまま付いて行くよりも恐ろしいことをされるに違いない。私はまだ死にたくないし、狂いたくもないから、付いて行くという選択肢を選んだ。

「仰るとおりに」

 頭を垂れて、恭順の姿勢を示す。もちろん恭順するのは姿勢だけだ。

「正気?」

「大丈夫だ。殺されはしないだろう」

「昼に殺されかけた相手の言葉を、よく信じられるわね」

「信じなきゃ死ぬんだし、嘘でも死ぬんだ」

 なら、嘘でない可能性を信じて行くしかない。信じる以外にも道はあるが、その道は崩れていて、進めば地獄へ真っ逆さま。そうとわかっているなら進めはしない。しかし、選んだ道にも、目には見えない地雷が埋まっている可能性がある。だがそれは確定ではない。埋まっていない可能性もあるのだし、それにかける。

「じゃあ、行きましょう」

 差し出された手を、握らない。すると客は一秒ほどその姿勢を維持した後に、手を引っ込め、不思議そうな顔をして私の顔を覗きこんできた。色が深すぎて、黒にも見える青い瞳から目をそらす。深海のようで、見ていると引きずり込まれそうになるからだ。

「どうして手を取らないの?」

「私なりの、想いの表現です」

 できる限りの嫌悪の表現。エンジェルが私の手を握らないのと同じ。触れたくもないほど、毛嫌いしているというのをわかってくれればいいが。

「わかったわ、愛しすぎて触れないのね」

「……」

 本当にそう思っているわけではないだろう。いくら考えが読めなくとも、このくらいは会話の流れでかる。だが、この状況での返事としてそれはどうなのか。エンジェルも後ろで呆れている。

「それじゃ、こっちに来て」

 昼と同じように。違うのは、手を握らずに。彼女の後ろを付いて行く。昼は林の中だったが、今度はどこへ連れて行かれるのだろう。

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