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第2話

ヘリに乗せられて、眼下で流れていく景色を眺めながらどこかへと運ばれていく。どこへ連れて行かれるのかはわからない。わかるのは、運ばれる先も下と地続きということだけ。

 しばらく景色を眺めていると、やがて緑色の大地は灰色のコンクリートで整備された地面に変わった。見渡すと、いくつかのビルが建ち、道が整備され、ずっと奥には空港のような建物も見えた。しかも、そこには今の時代では金持ちの道楽でしか見ることのないジェット機が何機か駐機してあり、この島がマトモかもしれないという、わずかに残っていた希望を粉微塵に打ち砕いてくれた。

そのまま数分間遊覧飛行を楽しんだら、今視界に入っている中で一番高いビルの屋上へとヘリが降りていく。着陸までの間に、心のなかでこの世との別れの挨拶を済ませておく。思い残すことといえば会社に残した仕事と、田舎の母を一人残して死ぬこと位。それほど大した未練でも、問題でもない。私一人居なくなったところで、会社はすぐに他の人員で穴を埋めるだろうし。母親は兄弟がなんとかするだろう。悲しいことに、私一人が居なくなったところで社会が困ることなど、ありはしないのだ。

 ヘリがビルの屋上に着陸し、ドアが開かれる。

「よし降りろ」

 背中を銃口で突かれ、急かされるままにドアから降りていく。足をついたのは、柔らかい土ではなくコンクリート。そこだけは故郷と変わらない、世界のどこへ行っても変わらない硬く冷たい感触に、わずかに安心できた。しかし少し安心したところで、ここから先に待つ自分の運命を考えれば気分は落ちる。

「なあ、私はこれからどうなるんだ」

 不安が高まってきたところで、自分の処遇を聞いてみる。

「とりあえず俺達の雇い主に会ってもらう。どうするかはあの人が決めるから、俺は知らん」

「少なくとも生きて島から出られるってことはないな。この島のお客さんは政治家やら俳優やら大企業の重役やら……揃って地位の有る奴ばかりだ。外部に知られちゃまずい」

 元居た所には戻れない。そう宣告されても、今更驚くようなことは何一つない。この島の客についても、何もかも予想通りだ。あまりに予想通りの事態に肩を落として、案内されるままに建物の中へと入り、急かされるままに通路を歩く。高級そうな内装のビルの中を、水を滴らせながら歩くのはどうなのかと思うが、これから死ぬ人間がそんな事を気にする必要もないか。

 階段を降り、廊下を歩き、エレベーターに乗って階を下る。しばらく無言のままに歩き続けて、やがて大きなドアの前にたどり着く。

「侵入者を連れて来ました。入ってもよろしいですか」

「入れ」

 歳を食った男性の、低い声。案内をしてくれた二人の手でドアが開かれ、中にいる人物の容姿が明らかになるかと思うと、窓を背にしていて、逆光のせいで顔はよく見えなかった。

「二人は下がれ」

「了解」

 私を連れて来た二人の人間が部屋から出ていき、部屋の主はデスクからよっこいせと立ち上がり、部屋の真ん中にあるソファに移る。場所を移動して光の加減が変わり、彼の顔が見えるようになっので、その容姿をじっくりと観察する。声から想像した年齢ほどではないが、顔に刻まれたシワの数からするにそこそこの歳なのだろう。顔に貼り付けられた笑顔のおかげで、一目見ただけでは穏やかそうな老人にしか思えない。しかし見た目は見た目、中身は別だ。こんな島の主が、正常であるはずがない。その証拠に目はしっかりと開かれ、私を品定めするように上から下まで眺め続けている。その不快な視線に顔をしかめると、こちらの気分を察したのかそれとも品定めが終わったのか、視点が私の顔に定まる。

「君のような人間を招いた覚えはないが、まずは挨拶を交わすのが礼儀だ。私はロバート・フィッシュ、ここ天国にいちばん近い島の管理人だ」

「ジョン・ドゥです。職業はただのサラリーマン。この地獄みたいな島に来たのは飛翔機がトラブルを起こして墜落したからで、こっちも招かれた覚えはありません。家に帰れるのならぜひ帰してもらいたいところです」

「名無しか。まあ、名前や職業は偽りでも何の問題もない。本題はここからだ。君はここで死ぬか、それともこの島で働くか。どちらがいいかね」

 何の前触れもなく、いきなり意図を考えるまでもない直球を投げてきた。企業面接のような遠回しな質問よりもずっといい。これが生死を分ける質問でなければもっといい。

「第三の選択肢で、ここのことは黙っておくから生きて祖国に帰らせてもらうというのは」

 無駄な問い。生きて島から出られることはないのは、わかっている。遊覧飛行中の景色から考えて、その結論は既に出ていた。警備員にもそう言われた。それでもわずかな可能性に縋りたい。

「残念ながら、初対面で堂々と偽名を名乗るような人間の言葉を信じろというのも無理な話だよ。まあ、いずれにせよ帰すつもりはないが」

「……ファック」

「ここで働くのなら、報酬としてここの少女を何人か好きにしてもいい」

 違う。今のはファックしたいという意味で言ったわけじゃない。

「ついてないな」

「ついてない? いやいや。君は最高についてる。本来なら君のような平凡な人間がこの島で生活する権利を与えられるなんて。世界の99.9% の人がこの島のことを知ることすらできないのだから、それを考えればどれだけ幸福な事かわかるだろう?」

 余程自分の経営する島を愛しているのか、私の事を幸福、あるいは幸運であると熱く語り始めるこの島の経営者フィッシュ。当事者である私の心は、彼とは正反対に完全に冷め切っている。与えられた選択肢は二つ。故郷にも帰れず死ぬか、この地獄で予想もつかない仕事をしながら生きるか。とても冷静とは言えない精神状態で、どちらがいいかを考える。

「……質問をしても」

 考えたところで、一つ疑問が湧いてきた。

「構わないよ」

「なぜ私を雇おうと」

「暇つぶしとお詫びだよ。君が墜落したのは、この島が原因だからさ」

「なんと」

 衝撃の事実。いやしかし、それならば突然に飛翔機にトラブルが起きたのも納得も行く。私が乗っていた型の飛翔機でいきなり問題が起きて墜落するような事例は、メーカーが隠匿していなければ一つとして聞いたことがないが、原因が外的要因によるものならばいくらでもある。操縦者のミスであったり、運悪く隕石にぶつかったり、鳥がエンジンに吸い込まれたりと。そしてさらに稀なのが、紛争地帯を見学しようとした馬鹿が撃墜されるという例だ。しかし私のケースはどれにも当てはまらない。

「簡単に言うと、この島はVIPが集まるから、空も海もしっかり警備してるのだよ。某国の偉い人から型落ちの防空システムを融通してもらってね」

 そうとも知らずに島の近くを飛行したせいで、その防空システムに引っかかって、撃ち落とされたと。一度も警告せずに即撃墜とは、これほどひどい話もない。どれほど評判の悪い国でも、まずは最初に警告をするだろう。

「あのとき死んでればな」

 そうすれば今こんなに迷うこともなかっただろう。だが今更死ぬのは怖い。だが、地獄も嫌。生きるも地獄、死ぬも地獄。どっちの扉を開いても行き先は変わりない。ならどうすればいいか。どうするべきか。

 考えるまでもない。

「それで、どうする」

「働かせてください」

結局、死ぬのは怖い。そういうことで私は生きる地獄を選んだ。この先に待ち受けるものは、おそらく……否、間違いなく私にとって幸運、幸福とは言いがたいものだろう。それも、きっと心の持ちよう一つで変わる。かもしれない。希望は打ち砕かれるもの。そうとわかっていても、それに縋るのが人間という愚かな生き物だ。

「そう来なくてはな」

 差し出された手。それを取り、握手を交わす。書類はないが、これで契約は完了した。満足気な笑みを浮かべる老人に、腹の底から湧いてくる嫌悪感を隠しもせず、顔に出しながら手を放す。

 書類も何もない口頭での契約だが、悪魔はヒトではない。ヒトの常識は当てはまらない。これで十分なのだろう。

「ここで働くからには、まずはシャワーを浴びてもらおうか。磯臭いままでは客に不快感を与えてしまうからね」

 怪しさ何倍増の笑顔で、採用通知をもらってしまった。それならまず最初にシャワーを浴びさせてもらいたかった。おかげですっかり、肝も体も冷えてしまった。

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