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三日目 第五話

 昼飯を食った後。工場の見回りを終わらせて、午後からは好きにしていいと言われたので、一人で島を歩いている。この島の全景は一度空から見ているが、地面を歩いて見る景色はまた違う。例えば、空からは胡麻粒以下のサイズにしか見えず、ただ人がうごめいていることしかわからなかったビーチ。これも地上から見れば大分違う。ゴミの無い白い砂浜に、地平線まで見える青い海。そこでバカンスを楽しむ、テレビや映画で見たことのある俳優、政治家達。景色と合わせれば絵になる輩ばかりという訳ではないが、絵になる輩の方が多いように見える。

 ところが内面を考慮すれば、景色に不釣合いどころか、美しい景色を汚し尽くす汚物にしか思えなくなる。彼らに抱いていた憧れや尊敬などは全て幻想で、真実を知ればそんなものは欠片も残らず消え去っていった。

嫌になりながらも、道を歩く。好きにしていいと言われても、こうして島の散策をする以外にやれることはない。いや、できる事は多いが、やる気にならないと言う方が正しいか。

 フィッシュはエンジェルを好きにすればいいと言って寄越した。好きにする、という言葉に含まれる行為は、お客様が島の商品に対して行うこと全て。それができる事だ。しかし私はまだ正気で居たい。正気で居たいから、それはできない。やってはいけないのだ。

 つまらない思考も一段落したので切り上げ、今度は景色だけを楽しむことにする。海からは一度目を離して、進行方向。道路上に目を移す。正面に二人、テレビで見たことのある議員が何かを話しながら、こちらに向けて歩いていた。あの顔は昨日来た客の中には居なかった。となると、少女の肉ではなく体を味わいに来たペドフィリア。普段はご高説を振りかざして対立する党を攻撃してばかりの議員が、この島でどんな話をしているのか。少しだけ気になって、横を通る際に注意しながら聞いてみる。

「――の島はいいですな。あなたには感謝してますよ」

「この島の事を知らないなんて、人生の大部分を損してますからな」

 普段から汚い部分をテレビ越しに見せつけてくれていたので、失望することも無かった。感想は、「ああ、やはりそんなものか」程度のものだ。

「ああ、そこの君」

「……私に、何か」

 不意に呼び止められて、足を止めて振り返る。するとなんともいやらしい、下心の見え透いた笑顔が。顔に出るほどではないが、不快感がある。

「君はどこの俳優だい? 良ければ握手をお願いしたいのだが」

「私は島の従業員でございます。俳優などと、立派な者ではございません」

 嘘をついても仕方ないので、正直に言う

。すると一瞬で先ほどの笑みは消え失せ、媚び諂うような視線から見下すような視線に変わった。票に関わらない人間の前ではこの態度。これがおそらくこの議員の本性なのだろう。評価はこれ以上無いというところまで落ちた。

「ああ、そうか。なら結構、早く失せなさい」

「何か御用がありましたら、お呼びください。失礼致します」

 内心では見下している、命令されたとおりに去っていく。呼び止めたのは、きっと私が俳優ならお世辞の一つでも言って票を稼ごうという魂胆だったのだろう。

 今の話をSNSに投稿したらどうなるだろうと思い、顔を背けて歩きながらページを開く。ページを開くのは開けた。試しにログインして、つぶやきを送信。エラー。再送信。エラー。

 考えても見れば自然なことだ。馬鹿なつぶやき一つで島を台無しにされては、いくらフィッシュでも笑えないだろう。あの笑顔をぶち壊してやりたい気持も無いこともないが、まだ死ぬには早い。死ぬのは頭がおかしくなってからと決めている。

「ジョン」

 歩いていると、また呼び止められた。そして今度の声には聞き覚えがある。つい昨日に聞いたばかりの声だ。忘れるはずがない。

「こんにちは、ごきげんいかが?」

「最高、の正反対ですね」

 今度は見知った相手だ。話をしたことも、一度だけだが在る。本性を知るまでは憧れすら抱いていた相手。それが水着姿で私に声をかけてくれている。本来なら喜ぶべきところなのに、感動は一切ない。むしろ放っておいて欲しい気分だ。無視して歩こうかとも思ったが、私はこの島の従業員で、彼女は客。客に失礼なことはできない。生きていたいなら、礼儀正しく。

「今は休憩中?」

「そんなものです」

「そう、じゃあ遊びましょう」

 宝石のような美しさと、花のような可憐さ。その両方を兼ね備えた笑顔で、手を差し出される。それでも心は全く揺れない。

「お誘いはとても嬉しく、ありがたいのですが、お断りさせて頂きます」

 差し出された手を、握らない。食虫植物に一度捕まれば、もう逃げられない。そのまま消化されて養分にされるだけだ。

「何故?」

「あなたなら、私よりももっと相応しい相手が居るでしょう。それもすぐ近くに」

 ビーチに群れている汚物たちを指さす。

「声をかければ、いくらでも応えてくれるはずです。同性愛者か、私のような臆病者でさえなければ」

「あなただから面白いのに」

「私は玩具でも、愛玩動物でもありません」

 だから、他を当たれと言ってやる。汚物は汚物同士で、仲良く戯れていればいい。

「ふーん、そう。じゃああなたじゃなく、あなたのかわいがってる子で遊ぼうかしら」

 日差しが痛いほど熱く照らしているのに、一瞬で寒くなる。心臓に氷のナイフを当てられたような気分。

「なぜそれを」

「面白そうだから、オーナーに聞いたの。それで、どうするの? 遊んでくれるかしら」

 下唇を噛む。自分の弱さに呆れてしまう。弱みを握られても、そんな事は知らないと言って逃げるだけの強さがあれば、こんな脅迫じみた要求も無視できるのに。

「……わかりました」

 渋々、了承する。

「ふふ、それでいいの。女に恥をかかせたらダメよ」

 恥をかかせるのはダメでも、脅迫はいいのか。言葉には出さず、飲み込んでおく。

「それで私は何をすればいいんです」

「ただ私の言うとおりにしていればいいわ」

 ただ、言われたとおりに。何をすればいいのか。何をさせられるのか。どんな要求をされても、私に拒否権はない。私にできるのは、彼女からの要求が、心を壊すようなものでないことを祈るだけ。


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