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三日目 第三話

放牧場と、居住区の境に作られた小さな工場。客の来る場所ではないため、あまり金もかけられていないのだろう、この建物は雨風さえ防げれば良い程度の非常に簡単な外観をしていた。

 その工場の中を、男二人で無言で歩いて行く。テッドと呼ばれた男と、私の二人だ。有機ELの優しい照明で照らされた廊下、その終わりに一つの扉があった。前を行くテッドが立ち止まり、扉の横についた機械に触れる。電子音が鳴って扉が開かれた。

 扉の向こうには、多くのパイプと、役割のよくわからない機械が並び、それぞれが少し気になる程度の音を立てながら稼働していた。テッドが先に扉をくぐり、壁にかけられた帽子と長靴を投げて渡される。

「異物混入防止用の帽子だ。ここらは外の工場と変わらない。あと機械には触れるなよ、誤作動したら困る」

 言われるままに帽子を被り、長靴に履き替えて中へ入る。工場といえば、もっと粗雑なイメージがあったが。実際は予想よりも清潔だ。

「ここらは居住区以上に衛生に気をつけてるが。ついてこい」

 施設を見回す私を置いて先に行こうとするテッドを追い、私ももう一枚、奥の扉をくぐる。明るい部屋から、照明の落とされた暗い部屋に踏み込む。途端に、不快な香りが鼻についた。反射的に鼻をつまむ。

 嗅いだ覚えのある悪臭。床にこぼした牛乳が完走したような、そんな臭い。

 部屋の暗闇の中でうごめく何かは、きっと牛ではない。空から見た限りでは牛などどこにも見当たらなかった。では、何がこの臭いを放っているのか。予想はできる。

「スイッチはどこだったか……あった」

 パッと部屋が明るくなり、一瞬目をとじる。そして開くと、予想通りの光景。


「はぁ……」

 あまりに予想と目の前の現実が合致しすぎていて、いっそのこと清々しくもある。気分は最低だが、こんな事を考えられる辺り、少しはこの島に慣れてしまっているのだろう。

 この部屋に居るのは、裸で、胸に機械を繋げられた少女たち。どれも目は虚ろで、宙を見上げたままこちらを見ようともしない。名前を付ける前のエンジェルを思い出す。しかし彼女たちの年齢は、エンジェルよりも上なのだろう。どの個体もエンジェルより体が大きい。餌やり場で見た少女達のどれも、ここに居る少女たちよりも小さかった。何故だろう。

「気になるなら説明するぞ」

 理由を考えていると、それを察したようにテッドが声をかけてきた。

「お願いします」

 知りたいと強く思ったわけではない。だが、少しだけ気になった。私の心には、まだその答えを受け入れられるだけの余裕があるので聞くことにした。

「こいつらは、旬というか。食べごろを過ぎた商品。言わば売れ残りだな。客に格安で体を提供させて、妊娠させて、次の商品を産ませる。産んだ後しばらくは母乳が出るから、それを有効活用しようって話だ」

「まるで乳牛だな」

「まるで、じゃない。そのものだ。ああ、いや。milk《乳》 cow《牛》じゃないからmilk《乳》human《人》か。語呂が悪いから乳牛でいいか」

 そういう問題では無いだろう、人を家畜と同列に扱うとはどういうことだ。などと言うのはきっと無駄だろう。

「こいつらは子を産んで、乳を出して。出産に耐えられない位に消耗したら、潰して腸詰めにする。ステーキにするには、出産したのは肉質が悪いからな」

「……解説ありがとう」

 実に最低な気分だ。この子らが哀れだとは思うが、私がしてやれることはそれ以外に何一つない。自分の心を守ることさえ満足にできないというのに、さらに他人のために動くことなど、とてもじゃないが無理だ。

「タスケテ」

 幻聴か。そんな言葉が聞こえた気がする。

「タスケテ」

 また聞こえてきた、救いを求める声。視線を泳がせると、乳牛の中から一本の手が伸びていた。細く白い、綺麗な手。

「ちょうどいい。仕事を見せる」

そういって乳牛たちをかき分けて、その手の主の下へと進んでいき、発砲音。白い手が赤い血で斑に汚れ、力が抜けた腕が落ちていき、見えなくなる。

「ここに来るのは人格を消されてるはずなんだが。まあ、たまーにこういう例外もある。そんな例外が暴れて、機械を壊したり他の乳牛を傷つけたりする前に始末するのが、見回りの役目だ」

 返り血を手で拭いながら、これが仕事だと事も無げに私に言うテッド。いずれはこれもやることになるのだろうか。でっちあげた殺人の経歴が、現実のものになる時が来るのだろうか。やれるのだろうか、私に。やるだろう、きっと。心が壊れかけていて、エンジェルを人質に取られて。そんな状況で命令されたら、きっとやるに違いない。状況を免罪符にして、自分に責任はないと。

 自分の心を守るために少女を飼い。それを守るために違う少女の命を奪う。結局は自分のためだ。自分のために人を殺してしまえば、もう後戻りはできない。蓄積した悲しみが抑えきれなくなり、氾濫して、情動の濁流に正気が押し流されて消えてしまうだろう。

 そうなれば私という人格は、作られた殺人鬼のジョン・ドゥに取って代わられる。その後どうなるかは、想像もつかない。だが、そうなったほうが、耐え続けるよりも幸せかもしれない。

 そうだとしても、そうはなりたくないが。


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