二日目 第七話
食べてしまった。最初の一口は食べさせられたとはいえ、それ以降は自分の手で、自分の口へ運んで食べてしまった。
味は覚えていない。材料も自分て調達したわけじゃない。料理をしたのも自分じゃない。それでも材料になった少女たちの顔が、声が、脳裏にちらついて消えることがない。
吐き気はしない。それでも気分は最悪。言いようのない不快感が、私の体をソファに縛り付けて離さない。見上げる天井は高く、私が新たに犯した罪を許容しているかのようで、これまた気分が悪い。背中に当たる柔らかいソファは行動意欲を奪い去り、ただ無意識に行われる生命維持活動以外の全ての動きを停止する。
「寢るならせめて服くらい着替えたら」
シャワーを浴び、バスローブを着て浴室から出てきたエンジェルが、背中まで伸びる髪をドライヤーで乾かしながら、平然として言った。
「……君は、人間の肉を食ってなんとも思わないのか」
私と同じように人の肉を食ったというのに、あまりにも平然としすぎている。人の肉を、それも自分と同じ境遇にあった少女たちを。つい昨日までは一緒に過ごしていたかもしれない少女の肉を食うことに、本当に何も思っていないのか。
「夕食の時に言ったはずよ。私達はこうなるべくして生まれ、育てられた。外での牛や豚と何一つ変わらない家畜。だから気にすることもないわ」
「そう言うようにプログラムされてるのか」
夕食の時と、一字も変わらない答え。全く変わらない表情に、そう思ってしまった。する彼女は少しだけ考える素振りを見せ、返事をした。
「わからないわ。私は自主性が強く設定されてるみたいで、一回だけ楽しめればいいだけの人形よりも、人格が深く作りこまれてる。だから私自身で考えて答えを出せる。この答えも、自分で考えて出した物。でもその思考が誘導されていないとは言い切れない」
つまり、どちらの可能性もあると。本当のことは設定した本人、フィッシュに聞かなければわからない。だが、そうまでして知りたい事でもない。自分の信じたい事を信じて、フィッシュを悪役に仕立てあげて、彼女を単に被害者として見て。彼女の思考が誘導されていなければ、きっと深く傷ついていただろうと、勝手な可能性を信じこむ。その方が気が楽だ。
そういう風にプログラムされていて、本当の彼女の人格では食べたくないと思うに違いないと。そういう事にしておこう。本当の、大本の人格などもう有りはしないというのは考えずに。都合のいいことだけ見て、都合の悪いことは見ないフリ。
「よいせ……」
話をしていたら少しは気が紛れた。彼女の言ったとおり、寝るにしても服を着替えてから。ついでにシャワーも浴びて寝よう。ソファから足をおろして、柔らかい絨毯を踏みつける。向かう先は昨日も使ったシャワールーム。施設を利用する客が客なだけに、これもまた広い。二人どころか、三人が同時に入ってもまだ余裕がありそうだ。服に手をかけて、さあ脱ごうとしたら、こちらを見る視線に気付いた。
「間違っても、溺死しようなんて考えないでよ」
「大丈夫。まだ、そんなことはしない」
自分の犯した罪を残したままでは、死ねない。まだそう思えるだけの良心が残っているから、自殺はしない。できない。
「まだ……ね。脅してご機嫌取って、優しくしてもらおうと考えてるなら無駄よ」
「そんな事は考えてない。ところで、一緒に入りたいんじゃないならドアを閉めてくれ。抱きもしない女に裸を見せたくない」
「つまらない上に最低な冗談ね。抱く? 一緒に入る? 死んでも御免だわ」
バタン、と乱暴に閉められた扉から、もう少し気の利いた言い方をすればよかったと今更ながらに思う。こんなことだから、外でも恋人の一つも作れなかったのだろう。