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二日目 第六話


 朝と同じように、エンジェルと一緒に食堂まで歩いて行く。朝と違うのは、彼女が後ろで私が前を歩いているということ。

 食堂へ辿り着き、職員食堂用にしては豪華な作りの扉を開くと、既に朝見たほとんどの顔ぶれがそれぞれの席に座って待っていた。視線が朝と同じように、私とエンジェルに集まる。

 居心地の悪さに顔をしかめていると、食堂奥のテーブルからフィッシュが立ち上がり、こちらに歩いてきた。

「遅かったじゃないか。さあ、早くこっちに来たまえ」

 手を握られ、そのまま強引に引かれて奥のテーブルに案内される。エンジェルは私の隣に座った。

 席についたら、周りを観察する。島の外での生活で、こうして職員同士で顔を合わせて食事をすることはあっったが、やはり雰囲気は異なる。はっきりと言葉に言い表すことはできないが、外とは温度が違う。そんな気がする。

「今晩は君の歓迎会なのだから、そんなに嫌な顔をしないでくれ」

「……わかった」

 顔を一度片手で覆い、一撫でしていつもの営業スマイルを貼り付ける。ヘラヘラと笑って相手に媚び諂うこの表情は好きではないが、思っていることを隠すのには実にうってつけだ。

 営業スマイルのまま辺りをよくよく見てみれば、ここに居る者達は皆私と同じように、穏やかな笑みを浮かべている。しかし私は誰も、彼もが狂人の本性を持っていると知っているがために、それがどうにも肉食獣が獲物を前にして牙を剥いているように見えて仕方がない。

「同志諸君。この日より、この島の従業員が一人増えたということは知っているだろうが、しかしあえて紹介しておこう」

 マイクを片手に、嬉しそうに話すフィッシュから目で立つように促され、それに従って立ち上がる。

「彼はジョン・ドゥ。前科は同僚殺し。牢屋ぐらしが長かったせいで外の間隔がつよく残っているそうだ。それのせいで変な行動を取ることもあると思うが、仲良くしてあげてくれ。挨拶を」

 フィッシュの体温が移った熱いマイクを突き出され、受け取る。挨拶するなど知らなかったせいで、全く考えていなかった。どうしたものかと思うが、とりあえず挨拶だけしようと口を開く。

「よろしく」

 営業スマイルを顔に貼り付けたまま、一声だけの短く、単純な挨拶をしてマイクをフィッシュに返す。それから椅子に座る。ギシリと椅子が軋む音が食堂に響き、直後に軽いブーイングが起こる。無愛想だと思われただろうか。そう思われても気にしない。狂人達との仲を深めたいとはこれっぽっちも思っていないのだし。

「彼はどうやら人見知りのようだね。まあいずれ打ち解けるだろう。では、お待ちかねだ。ディナーにしよう!」

 フィッシュが大げさな身振りで話し、手を二度叩くと、外からアンドロイド達が料理を載せたカートを押して入ってきた。料理は銀色のクロッシュで覆い隠され、その中身は知ることができない。その中身を想像すると冷や汗が出てきた。

 昼に自分が運んだ料理、それと同じ。あるいは近いものである可能性を考えると、今すぐここから逃げ出したくなる。

 しかしそれは許さないと言わんばかりに、エンジェルが人形のように無表情かつ無言で袖を掴んでいるために、動けない。

 何度かグイグイと引っ張って手を放させようとしても、全く放す気配がない。観念して立ち上がるのを諦め、料理が配られていく光景を黙って見つめる。カートが従業員達の前を進み、ついに私達の目の前に来た。人の肌と区別の付かない、人工の皮を被ったアンドロイドが、それらしい動きで料理を私達の前に置く。そして、クロッシュを外す。

 湯気とともに『肉』の香りが立ち上る。そして現れたのは、野菜と、ソースと共に一枚の皿に絵画のように盛りつけられた、肉料理。それは嗅覚と視覚の両方を同時に刺激して、巧みに食欲を引き出そうとしてくる。

 が、食欲は一向に湧いてこない。材料のことを考えてしまうと、どうしても手を出す気にはなれない。

「フィッシュ」

 ささやくように声をかける。他の席とは離れているため、小声で話せば周りには聞こえない。

「察しの通り、材料は今朝収穫してきたばかりのものを使っている。客に出すのと同じ出来のものを作れと命令してあるから、味は保証するよ。まあ、質が高すぎるから、君にそれがわかるかどうか」

 最後の皮肉はもう耳に入らなかった。絶望する事などもうありはしないだろうと思っていたが、甘かった。また絶望させられた。牛や豚、鶏など、一般的に食用として生産される家畜の肉ならともかく、人間の肉と知っていて食うのは、そうしなければ死ぬというような状況でなければ、必ず罪に問われる。

 私はまた罪を犯すのかと、心が沈む。私を助けてくれた、生気に満ち溢れていた少女。それと同じ娘たちを、こうして食らうのかと思うと、手が動かない。

「私はベジタリアンで……」

「食べないなら食べないでいいが、そうなると明日のランチに出るのはエンジェルになる」

「……」

 少しの間料理と睨み合っていると、隣からカチャカチャと食器の擦れる音がした。目を向けると、貼り付けていた笑みが一瞬で崩れた。エンジェルが切り分けな肉をフォークに突き刺し、それが小さな口に消えた。そして少しの間咀嚼し、そのまま嚥下した。

 それが何度か繰り返された後、彼女がこちらの視線に気付いた。

「私は今こうしているけれど、私達はこうなるべくして生まれ、育てられた。外での牛や豚と何一つ変わらない家畜よ。あなたは外では、一々肉を食べるのに罪悪感を抱いていたの?」

 家畜の肉なのだから、それを食べるのは当然と言い切った彼女の言葉に、思わず納得しそうになる。彼女は自分と同じ少女だったものを食べるのに、何の疑問も持っていない。割り切っているのか、それともそうプログラムされているからなのか、どちらかの区別は私にはできない。ただ、呆然とするばかりだ。

「食べなさい。美味しいわよ」

 わずかに開いた私の口に、切り分けられ、彼女が使っているフォークに刺された肉がねじ込まれる。

口の中に肉の味が広がり……そこから先は、あまり憶えていない。とりあえずなんとか完食した、ということだけは憶えている。



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