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二日目 第三話

食事を終えてエンジェルを私の部屋まで送り届けた後は、道中で掃除用ドローンとすれ違いながら、少し早足で食堂に戻っていく。島の敷地は広く、私の部屋のある宿泊施設から食堂まで往復するだけでも結構時間が掛かる。七時には朝飯を食べ終えて移動したのに、戻ってみれば時間ギリギリ。

「時間ギリギリ。元ビジネスマンなら、余裕を持って行動しろって言われてないのか?」

 腕時計を眺めて、仏頂面で待つ吸血鬼に文句を言われてしまった。

「イタリア人なら一時間後集合二時間後出発だ。遅れずに来ただけでも良いと思ってくれないか」

 大体、五分前集合なんて日本人くらいしかしないんじゃないか。

「料理は十秒あれば味が変わる。余裕を持って動いてくれると助かる」

「了解、了解」

 軽い調子で返事をして、彼の後ろを付いていく。移動の時間は三分とかからなかった。どうもレストランの近くに食堂が作られていたようだ。到着したらすぐに給仕服を渡され、それに着替える。いつの間に採寸されていたのか、サイズはまるでオーダーメイドのようにぴったり。そして首から研修中の札を下げさせられる。

「よく似あってるぞ」

「どうも」

 今のセリフを言うのが美女だったなら、一体どれほど嬉しかったか。男、しかも吸血鬼に言われても全く嬉しくない。

「それで、客が来るまで俺は何をすればいい。フロアでテーブルのセッティングしてるアンドロイドの手伝いか?」

 フロアで忙しなく動くヒトガタ達を指さして言う。ぱっと見てもあれがアンドロイドとはわからないが、少し見てればわかるものだ。動きが規則的過ぎるのと、瞬きが一切ない。私があそこに加わっても邪魔になるだけだろう。そして、料理の仕込みなどもできるはずもない。

「あれは任せときゃいい。ほっときゃ勝手にやってくれる。俺は冷蔵庫へ行って、今日使う材料を取ってくるから、その間にそこの端末から給仕のマナーデータとレシピ一覧をダウンロードしとけ。必要になる」

 彼が示した方向を向くと、一台のパソコンから巻取り式のコードが中空に垂れ下がっていた。スクリーンを見つめて眼球を介した赤外線が利用できないか試してみたが、どうにも対応していないらしい。

「なあ、もしかして有線式か?」

「有線式だ。万が一にでも客にレシピをダウンロードされて、その客からこの島の情報が漏れたらマズイからな。有線は苦手か?」

「苦手だよ。自分の脳みそに針を差し込むみたいな感触がどうも好きになれん」

 後頭部に設置されたポートにケーブルの先についた針のような細い端子を接続して、直接情報をチップに送り込むのだが。これがなんとも言えない気持ち悪さで、例えるなら頭蓋骨に穴を開けられて、その穴から空気を吹き込まれるような。そんな圧迫感がある。勿論そんな事をされれば死んでしまうので、あくまで喩え話でしか無い。送り込まれるのは空気ではなく質量を持たないデータなので、害はない。

「俺は苦手でもないがな。まあ我慢しろ」

「やれって言うならやるがなぁ……」

 正直、気が乗らない。気分が悪くなるし。

「じゃあやれ」

「へい」

 強い口調で言われ、致し方なくケーブルを手に取り、後頭部、髪で隠されたプラグに差し込む。それからパソコンのスクリーンにタッチして、必要なファイルをダウンロードする。一瞬、本当に一瞬だけだが、頭蓋骨の内側に空気を吹き込まれるような気持ち悪さが。本当に耐え難い気持ち悪さだ。

 ファイルのダウンロードが完了したのを確認したら即プラグを引き抜く。

「あー、気持ち悪い……」

 空気を入れられる感覚は一瞬だが、気持ち悪さは暫く残る。それを我慢して、ファイルを展開して一流の職人の持つ知識を得ていく。

知識だけ得ても、職人の経験まではしていないので、体の動きまで一流という訳にはいかない。何も知らないド素人が、三流位の動きが出来る程度にしか反映されない。だがド素人よりはマシだし、料理やワインの説明など、必要になるのが経験ではなく知識のみの場合はそれだけでも十分だ。それに加えて、研修中のカードも首から下げている。余程のことがない限り、大目に見てもらえるだろう。

 ただ、相手も知識だけなら今私がしたのと同じようにダウンロードしている事もあるから、説明があまり求められない可能性もある。まあ、有れば便利程度のもので。

「戻ったぞ」

 声に反応して振り向くと、皮を剥がれ、内臓を取り出されて、さらに頭を落とされた少女の体のような物体。それを乗せた台車を押して戻ってきた。

 防衛本能からか、それが何かを理解した瞬間に全力で顔を背ける。だが、これからはこれが日常になるのだ。そう考えて、悲鳴を上げそうになる自分を抑えて直視する。

「ダウンロードは終わったか?」

 肉塊の首のところにワイヤーの付いた大きなフックを突き刺して、クランクを回して天井にぶら下げながら聞いてくる。本当に、なんてひどい光景だろう。まず人間のすることじゃない。

「終わってる」

「じゃあレシピのファイルを展開して仕込みを手伝え。野菜切る位できるだろう」

 肉の解体を手伝えと命令されないかと思っていたが、幸運なことにそれはないらしい。そう言われても多分、精神が耐え切れず、肉に刃を入れることも出来なかっただろうが。



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