七話、なにも起こらず夏休みより
確認少なめだったので、誤字脱字があれば御報告して頂けると幸いです。
三ヶ月が過ぎた。この世界では、月(何故か赤色)が満ち欠けを一度繰り返すと一ヶ月になるらしい。つまり、満月の夜からまた次の満月が来た時が、前の満月から一ヶ月ということだ。うーん、説明しづらいな。
ともかく、俺がカンナちゃんに衝撃告白をしてから、はや三ヶ月が経過した。その間特に変わった事はなく、強いて言うなら前よりカンナちゃんの表情が豊かになったことだろうか。笑顔が多くなった気がする。
カンナちゃんとの一件は一応エアリアに話したが、「ふーん、やっとくっつきましたか。女の子から切り出されるなんて、兄さん男として終わってますね」と真顔で罵倒された。
正直俺達の歳で誰々が好きとか言っても、冗談で済まされてしまう。何せ六歳だ。きっと普通にキスもするだろうし、抱き合ったりもするだろう(多分)
でもカンナちゃんは違う気がする。
お友達だから好きとか、幼馴染みだから好きとか、そんな感じではない気がするのだ。根拠はないが、カンナちゃんは今後、ずっと俺を好きなままでいると思う。自意識過剰かもしれないが、何故だかそんな気がするのだ。俺はその事について深く考えず、単純に嬉しく思った。
そんな事を考えている間に、世間の時間は流れに流れて今は夏。虫が泣きわめき、太陽が燦々《さんさん》と降り注ぐ夏である。
「はい、皆さん注目!」
先生の一言で生徒達は雑談をやめ、教卓のマーズ先生に視線を向ける。先生は額に汗を浮かべながらも、爽やかに、簡潔に連絡事項を伝えた。
「今日から夏休み、皆さんが次に学校へ来るのは二ヶ月後です。ちなみに夏休み中に水泳の授業があるので、各自水着を用意しといてください。日時は追って連絡しますので。はい、じゃあ解散!」
先生は颯爽と退室。以上、今日の授業である。
このクソ暑い中、わざわざ汗水流して登校し、蒸し風呂のような教室で長いこと待たされた挙句、このありさまである。学校に苦情でも送ってやろうか。
そんな下らないことを考えてる間に、周りの生徒達は次々に教室を出ていく。俺も荷物を素早くまとめて、エアリアとカンナちゃんと共に教室を後にした。
グラウンドに出ると、アカ、リリ、ランドの三人組が待っていた。クラスメイトの中で、俺と一番仲がいい三人だ。
アカは物知りな人族の男子。カンナちゃんに負けず劣らずの無表情だが、意外とノリがいい。
リリはアカの幼馴染みで、半獣族の獣耳っ娘である。赤髪の頭には、可愛らしい猫耳がしっかりとついている。エアリア、カンナちゃんに並ぶ美少女だ。あとバカ。
ランドはクラスのムードメーカーで、いつもみんなの中心にいる。悪魔のクォーターらしくて、闇属性の魔法に関しては、エアリアよりも強力なものを使える。面倒見は良いが、リリと並ぶバカである。
「おっす、待ってたのか」
「まあね、たまには良いかと思ってさ」
「リリも一緒に帰りたいなーって」
「俺は二人が待つって言ったからな」
いつもはバラバラに帰るのだが、今日は珍しく俺達と帰る気のようだ。
「じゃ、みんな揃ったことだし帰りましょー」
エアリアは先陣を切って、畑に囲まれた一本道に向かって歩き出した。俺達もそれに続いて歩き出す。カンナちゃんはいつも通り、俺の隣にやってきて、手を繋いできた。夏の温度で熱を帯びていた手が、更に温められる。
「二人ともラブラブだな! ヒューヒュー!」
「うるさい」
いつも通りに冷やかしてくるのは、ランド。なんとも子供らしいことだが、それが逆にムカついてくる。ので、俺もいつも通りにに切り返す。
「お前だって、ちゃっかり隣に並んでるじゃん」
「な!? こ、これはだな!」
「これは何だい?」
「そ、それは……」
俺の代わりにランドを追い詰めるアカ。ランドは目を泳がせ、手をもじもじと弄る。
現在ランドは、エアリアの隣を歩いている。ランドは事ある度に、エアリアに絡みたがるのだ。昼休みは積極的に話しかけ、魔法の授業ではエアリアを褒め称え、そして放課後にはこうである。人のこと冷やかしといて、ランドはランドでちゃっかりラブを育てているのだ。
「あー、もう! アカだって人のこと言えないだろ!」
「うわ、開き直りやがった」
「別に僕はそんな事してないよ。してるのはリリだ」
「リリ、アーくんのお嫁さんなのー!」
リリは満面の笑みを浮かべながら、アカの腕に抱きつく。アカは手馴れたように、それを振り払った。夏の太陽より暑い(熱い)カップル。こいつもこいつで、色々大変なのだ。
「うっわ、気持ちワルー!」
「ふうん、ランドはそんな事言うのかー。じゃあしょうがないね。エアリア、なんかランドが話があるって」
「ん、なんですか?」
ランドの方を振り返るエアリア。ランドは「え、いや、あの」と、完全にキョドっている。アカもえげつないことするもんだ。
「あ、あれだよ。夏休み、六人で遊べないかなー、みたいな」
「ほお、いいですね」
「で、でしょ? だからさ、ちょっとみんなで話したいなー、と思って」
くそ、こいつやるな。さり気なく俺たちを会話に引き込みやがった。
「そうですね。私は別に、普通に遊べればいいと思いますけど」
「リリ、草原行きたーい!」
「草原はいっつも行ってるでしょ」
「じゃあアーくんはどこ行きたいの?」
「僕は特に……マアトは?」
「俺か。そうだな、一度北の森を見てみたいな。カンナちゃ「マアトの家」ん……ですよねー」
「んー、多数決的には草原ですね。でもアカの言う通り、草原なんていつも行ってますからね」
「じゃ、じゃあ俺、マアトとエアリアの家に……」
「お、積極的だな、ランド」
「んな!? ちげーし!」
「どういう意味ですか、兄さん?」
「べっつにー、なあアカ」
「気づかないエアリアもエアリアだね」
首を傾げるエアリア。どうやら本当に分からないらしい。それを見たランドは一瞬安堵の表情を浮かべたが、それはすぐに悲しみの表情になった。大きくため息を漏らす。
そんな会話をしているうちに、三人と別れる地点に到着した。遊ぶ場所はまた後日相談ということで、俺たちは手を振って別れた。
三人になった俺たちは、蝉を思わせる虫の鳴き声と夏の暑さに顔を顰めながら、家を目指して歩いていった。会話は特になかった。
ものの五分ほどで、カンナちゃんと別れる道に着いた。
「じゃあね、マアト、エアリア」
「じゃあな」
「さよならです」
特に名残惜しくもない別れを済ませ、俺とエアリアは早々に家に帰宅、そのまま自分たちの部屋へと直行した。
部屋の扉を開けた瞬間、中から爽やかな冷気が溢れ出てきた。
「ふう~、やっぱり夏はこれですよね~」
二段ベッドを上りながら、エアリアは言った。この部屋には魔法式エアコンが備えられていて、常に涼しく、暖かくなっているのだ。
仕組みは簡単、魔法回路を内蔵した空間制御系魔法具を、魔力拡散装置に取り付けて部屋に配置するだけだ。
うむ、分からん。父さんの説明を、そっくりそのまま真似しただけだ。
とにかく、この異世界にも神の発明器具、エアコンは存在するのだ。しかも電気代不要。一人暮らしの学生なら大喜びだ。
「にしても、こっちの学校にも水泳はあるんですね~」
エアリアは、自分のベッドから顔を覗かせた。
「私、水泳得意なんですよ」
「なんだ、習い事でもしてたのか? あと布団に入るのは着替えてからにしろ、汗とか染み込むから」
「いえ、習い事ではないんですけど、魔王時代にプールによく入ってました。魔王城に備え付けられてるやつです。オークさんが管理してましてね、よく泳ぎを教えてくれたんですよ」
ベッドの上から話すエアリア。俺の忠告を聞く気はないようた。
「随分と贅沢だな、魔王ってのは。俺なんて風呂もろくに入れなかったんだぞ」
「うわっ、不潔」
「うるさい、オークとまともに話せるお前の方が不潔だわ。オークってあれだろ、やたらデカくて太ってて顔が豚より酷いやつ」
「オークさんは清潔で良い人ですよ、見た目はまあ、ね」
「俺は絶対に受け付けないぞ、あんな不潔なやつ。唾ダラダラ垂らして、棍棒振り回して、挙句の果ては身体に×××塗ってやがる。なんだあれは、自己防衛のつもりか? 見た目が既にそうなってるっての」
「×××とか、モロに言わないでください。それこそ不潔です」
「汗まみれのお前の方が不潔だよ。ほら、早く着替えろ」
「はいはい、分かりましたよっと」
エアリアは一度顔を引っ込めると、ベッドから飛び降りてきた。まあまあの高さから床に着地したため、「ドスンッ」という音が家内を伝わる。下にいる母さんに怒られると思ったが、特に反応はなかったのでホッとした。
エアリアはタンスから服を取り出すと、汗が染み込み色の変わった半袖を脱ぎ……
「オイ待てエアリア。お前まさか、俺の前で着替える気か?」
「そうですが?」
「そうですがって、お前そういうタイプだったか?」
「別にいいじゃないですか、裸見られても私の可愛さが減るわけじゃないし」
「俺がよくないんだよ。てかさらって自慢入れたな」
「よくないってあれですか、兄さんは妹の身体に欲情するような男なんですか。いやぁ、さすがロリ勇者ですねぇ。カンナちゃんもさぞかし大変でしょう、特に夜と」
「待て、俺たちはそんな歳じゃない」
「とにかくなんですか、兄さんは私に廊下で着替えろと?」
「いや、俺はそこまで酷くねぇよ。俺が出てく。俺が言いたかったのは、もっと自分の身体を大切にしろというだな」
「大切にして私の身体を奪うと、死ねばいいのにロリ勇者」
「黙れビッチ魔王」
俺は部屋を出て、扉を思い切り閉めた。「バンッ」と音が鳴り響く。
まったくなんなんだ、あいつは。兄妹六年目にして初めて本性を垣間見たぞ。てかなんだよロリ勇者って、死ねとかはさすがに酷いだろ。
「そういえば兄さん」
「ああ、なんだよ」
扉の向こうから聞こえた声に、適当に返事をした。
「兄さんは水泳出来るんですか?」
「残念ながら出来ない」
「あら、珍しいですね、兄さん運動は得意じゃないですか」
「……俺にだって出来ないことはあるよ」
――勇者の俺でも、出来ないことはあった。
「へえ、いいこと聞いたかもです」
「なにか良からぬことをかんがてるな」
「いえいえそんなことは、ただ水泳の日が楽しみになっただけですよ」
「やっぱり考えてるだろ……本当に無理なんだよ、泳ぎは。こんな話いいから、早く着替えろ」
「うわ、会話の間にも私の着替えを想像してたんですね。キモ」
「お前自意識過剰だぞ、てかキャラ変わってないか?」
そんなやり取りをしながら、水泳について考えてみた。が、やはりいい事は何一つ思いつかなかった。みんなでワイワイ水浴びするのも、エアリアの水着姿も、カンナちゃんと仲良く泳ぐのも、水泳に関することは全ていい事として認識出来なかった。
この水泳、二週間後に開催されるのだが、そこで問題が起きたり起きなかったり。