六話、魔法と告白より
不定期更新すみません
今日は魔法の授業で、グラウンドに出ている。
「みなさ~ん、こちらに注目~!」
ナーナ先生はグラウンドに散らばる生徒達を呼びかける。すると生徒達は、ナーナ先生の周りに半円を描くように集まった。
「今日は魔法を使ってみます~。と言っても、基本中の基本ですけどね~」
先生はのほほんとした雰囲気で喋る。その傍らには手の入った植木鉢があり、数日前のあの事件が思い出される。あの日はクラス全員が倒れたらしく、生徒達はみんな各家庭に送られたらしい。どうやってあの人数を運んだのは謎だが。
とにかくあの叫び声を想像しただけで、鳥肌が立ってきた。
「はい、じゃあまず、魔法の基本属性の説明です~。誰が知ってる人、いますか~?」
先生の問いかけに、一人の生徒が手を挙げた。純血人族の秀才、アカだ。秀才と言っても、同年代にしては頭がいいってだけだが。
「はい、アカくん~」
「魔法の属性は、火、水、風、雷、闇があります。それぞれ適性があって、個人の適性に合う属性を使えば、強力なものになります」
「あらら~、適性まで説明しちゃいましたか~。先生の出番を取るとは、アカくん凄いですね~」
訂正しよう。アカは本物の秀才だった。
なんでそんなこと知ってんだよこの歳で、物知りってレベルじゃないぞ。
アカの言ったことを要約すると、魔法には五属性があり、個人で得意な属性が違うってことだ。これは前の異世界と変わらないな。
「はい、では魔法の使い方について説明しますよ~」
先生は少し距離を取ると、手を空に翳した。
「先生の適性は風なので、とりあえず風属性の魔法を使いますね~」
先生はそう言うと、翳した両手を団扇のように振り下ろした。するとその動きに合わせて、突風が俺達の間を駆け抜けた。
所々で、「すごーい!」「カッケー!」などと歓声が上がっている。隣にいるカンナちゃんでさえも、無表情ながら目をキラキラさせていた。
「ま、こんな感じですね~。特に特別な時間動作もいりませ~ん、この動きはイメージをしやすいようにやってるだけです~」
服の砂ぼこりを叩き落としながら、先生は俺達の前へと戻ってくる。
「魔法の使い方は簡単。身体の魔力を、火とか水なんかに変えるだけです〜。簡単に言うと、火よ出ろ~、見たいにイメージするだけです~」
え、なに。そんだけでいいの? 魔法チョロイな。
「じゃあみんな、とりあえず魔法を使ってみましょ~。適当に感覚をとって、各自自由に使ってみてくださ~い。最初は使えないかもしれませんけど、適性属性なら絶対に使えるので~」
「「「はーい!」」」
返事をすると、みんな自由にグラウンドに散らばっていった。
「私たちも行きましょう、兄さん、カンナちゃん」
「ああ」
「うん」
俺達もみんなに混ざって、適当に広がった。
「さ、まず何をしましょうか」
「とりあえずやってみるしかないだろ」
「……わたし、やってみる」
「お、カンナちゃん楽しそうですね」
「……魔法、使ってみたかった」
カンナちゃんはそう言うと、俺達から少し離れて手を空に翳した。そしてナーナ先生のように、手を振り下ろす。しかし風は生まれず、ただ手が空を切るだけに終わる。
「あれ、出ませんねー」
「………………」
何回か繰り返してみるが、やはりなにも起きない。周りからは魔法が使えたのか、歓声があがっている。その歓声が、カンナちゃんの心を容赦なく攻撃した、気がする。
カンナちゃんは明らかに凹んだ表情で、俺達の元に帰ってきた。
「落ち込むなよカンナちゃん。ほら、先生言ってただろ、適性があるって。他のやつなら使えるかもしれないぞ」
「………わたしやってみる」
俺が慰めたら、すぐに機嫌を直した。そしてまた距離をとって、次の動作に入る。
手を普通に前に出すと、目を瞑って集中し始めた。
「何やってんた?」
「さあ、見てれば分かりますよ」
しばらく経つと、カンナちゃんの手から水が滴り落ちてきた。最初は一滴、二滴だったが、やがて蛇口のように水が流れ出す。
カンナちゃんは目を開けその光景を見ると、いつもの無表情を笑顔に変えて、俺達の元へと戻ってきた。
「使えた! マアト、使えた!」
「ああ、見てたよ。凄いじゃないか」
俺が褒めてやると、カンナちゃんは無邪気な笑顔を俺に見せてくれた。いつもの無表情とのギャップに、不覚にもドキッとしてしまった。思い立って、頭を撫でてやる。笑えば可愛いな、カンナちゃん。笑わなくても可愛いけど。
「…………ロリコン」
「な、違うわ!」
カンナちゃんの笑顔を堪能していたら、エアリアにジト目で睨まれた。一応言っておくが、俺はロリコンではない。
「……マアト、使ってみて」
「え? ああ、そうだな。次は俺の番だ」
カンナちゃんがいつもの表情に戻ったことに悲しみつつ、俺は二人から距離をとる。
さて、何を使おうか。先生の使ってた風が、カンナちゃんが使った水か。母さんの指パッチンもあるな。
うーむ、とりあえず火を使ってみよう。なんかイメージしやすそうだし。
掌を上にして手を突き出し、目を瞑って火を想像してみる。火、火、火。赤色の燃えてるやつ、暖炉の火。メラメラ音をたてて燃えてる火。火だ、とにかく火だ! 俺の手よ燃えろ! うおー!
目を開けてみると、掌には小さな火が着いていた。
「よっしゃ! 出来たぞ!」
マッチの火程度だが、とてつもない達成感が湧き上がっていた。やったぜ! どうだ!
「なんかショボいですね」
「うるさい!」
やめろよ! 規模なんて考えんな、考えたら負けだ!
「エアリア、俺にそんなこと言うなら出してみろよ、火」
「いいですよ」
「ほぉう、自信満々だな。カンナちゃん、あいつの鼻が折れるのを二人で笑ってやろうぜ」
「……二人で………うん、二人で」
「よし。じゃあエアリア、やってみろよ」
エアリアはやけに得意気な顔をして、俺達から距離をとる。隣のカンナちゃんが「二人で……」とかぶつぶつ言っている。二人がどうかしたのか?
「じゃあいきますよ」
「いつでもいいぞ」
エアリアは片手を空に翳し、その手を見つめる。三秒ほど経つと、「ヒュゴーー」と音をたてて、火柱が立った。凄い勢いで燃えるそれは、少し離ている俺の所まで熱を届けてくる。周りの生徒たちも、エアリアに注目し始めた。
五秒ほど燃えた後、エアリアが手を空に下ろした瞬間に火は消えた。そて何事も無かったかのように俺達の元へと戻ってくる。
「どうでした、兄さん?」
フンッ、と胸を張ってドヤ顔のエアリア。俺はただ呆然とするしかなかった。
「……カンナちゃん、俺達はあっちに行こう」
「……うん」
俺とカンナちゃんはエアリアに背を向けて、とぼとぼと歩き出した。
「ちょ、ちょっと! どうしたんですか、仲間外れにしないでください!」
「うるせぇ! 人のプライド折っといて何が仲間だ!」
「プライド折れたんですか。兄さんプライドモロ。カンナちゃんはそんなことないですよねー」
「……わたし、才能ない?」
「そんなことないよカンナちゃん。あんなクソ妹ほっといて、二人で練習しよう」
「……どこまでも着いてく」
「うん、ちょっと勘違いが起きるから、その言い方はやめようか」
俺とカンナちゃんは、特に宛もなくグラウンドの端を目指して歩き出した。
「ああ、待ってくださいよー!」
エアリアは俺達を追おうとしたが、さっきの火柱を見た生徒達が周りに群がり、その行く手を遮った。その間に俺達は、エアリアから距離をとった。
「さ、練習しよう」
「………………」
「ん、どうしたカンナちゃん?」
「……別に」
頬を赤らめて、俺の隣でモジモジするカンナちゃん。やめてくれよ、そんな露骨な反応。精神年齢思春期の男には、かなりの破壊力があるぞ。
「まー、とりあえずカンナちゃん、さっき出来なかった風の魔法やってみよ」
「……うん」
カンナちゃんは両手を空に翳し、空を見上げる。
「とにかく集中するんだ。風ふけーって、頭の中で考えまくる。そよ風なんかじゃなくて、嵐みたいな凄いヤツ」
「……やってみる」
目を閉じて集中し始めるカンナちゃん。しかしいくら待っても、風は起きない。カンナちゃんは諦めて、手を下ろしてしまった。
「……やっぱ無理」
「諦めるのはまだ早いぞ、ほら元気だして」
露骨に落ち込むカンナちゃん。あれ、この子ってこんな表情豊かだっけ。
………落ち込むカンナちゃんを見てたら、ちょっと試したいことを思いついた。
「じゃあこうしよう、カンナちゃん。もし風の魔法が出来たら、今日の帰り手繋いであげる」
「っ!?」
バッと俺を振り返るカンナちゃん。少しづつ詰め寄ってくる。予想以上の反応に、少し焦った。
「……ほんと?」
「あ、ああ。ほんとだよ」
「……ほんとのほんと?」
「ああ、約束するよ。だからほら、やってみて」
「やってみる!」
カンナちゃんはまた両手を掲げ、目を閉じて集中し始める。今度は「風、風、……マアトと……」という、独り言付きだ。
しばらくすると、カンナちゃんのワンピースがヒラヒラと揺れ始めた。それはだんだん強くなり、はっきりとした風になって俺の周りを吹き荒れる。先生の使ったものと同じくらいの風が、カンナちゃんを中心に吹いていた。
愛の力って凄いな。自分で煽っといてなんだけど。
手を下ろして風を止めると、カンナちゃんは俺にズンズンと詰め寄ってくる。三、四歩で距離は縮まり、カンナちゃんの顔が俺の目と鼻の先にやってきた。
「……出来た、約束」
「あ、ああ、そうだな。帰り、手繋いでやるよ」
「……今」
「へ?」
「……今繋いで」
「い、今って……」
戸惑っている間に、強引に手をとられた。俺の右手に、カンナちゃんの柔らかい掌の感触がやってくる。振りほどこうと思ったが、カンナちゃんがとても満足そうな顔をしてるので、諦めて隣に並んだ。
遠くでは、まだエアリアが囲まれている。どうやらアンコールを受けているようだ、また火柱が立った。そして歓声。あいつにあんな才能があったなんて、正直驚きだ。
………カンナちゃんが俺に惚れていることは、さすがの俺も反応を見れば分かる。最近やたらと俺に絡んでくるので、もしやとは思ったが、今ので確信した。
「……マアト」
「ん、なんだ?」
黙って遠くを見てたカンナちゃんが、俺の方を向いて質問する。俺はカンナちゃんの方を向いて、自然向かい合う。カンナちゃんの手を握る力が、少し強くなった。
「……マアトは、わたしのこと、好き?」
「え、あー……」
なんとも率直な質問だった。少し煽りすぎたかと、今更ながらに後悔する。しかしこの場合なんと答えればいいのか、残念ながら俺は圧倒的に経験が足りない。だから一から考えていこう。
まず俺は、カンナちゃんが好きか。答えは半分ハイだ。最近までそんな考え思いつかなかったので、好きか嫌いかなんて決められない。
しかし、少なくとも嫌いではない。普通以上であることは確かだ。
となると、自然と答えは出てくる。俺はカンナちゃんを少し好き。そして悲しませるのは気が進まない。結論は案外簡単だった。
今のカンナちゃんは六歳、俺も六歳だ。別にこれくらい、何ら恥じることはない。
さあ言え、俺。勇気をだして。
「俺はカンナちゃんのこと……好き、だよ」
ヤベェ、恥ずかしい。死にたいくらい恥ずかしい。
「……ほんと?」
「ああ、ほんと」
「……ほんとのほんと?」
「ああ、約束………はちょっと出来ないかも」
「……なんで」
「なんでって、まあいろい」
突然、口づけをされたことにより、俺の言葉が遮られる。突然のことに反応出来ず、口づけをされたまま固まってしまう。
たっぷり三秒ほど口づけをされ、カンナちゃんは顔を離した。俺はただ目を丸くして、カンナちゃんを見ることしか出来なかった。まだ柔らかい感覚が、唇に残っている。
「……今ので、約束」
カンナちゃんは顔をリンゴのような赤色に染め、ポツリと呟いた。そして羞恥心に耐えきれなかったのか、俺の手を離してどこかに走り出してしまった。
俺はただその後ろ姿を、呆然と眺めていた。唇に手を当てて見ると、既にあの柔らかい感覚は消えていた。
………後でエアリアに、なにかアドバイスを貰おう。恋愛相談ってやつだ。