五話、学舎より
校舎内は、そっくりそのまま日本のものと同じだった。長い廊下、各所にある引き戸、その上にぶら下がっている看板。違うところといえば手洗い場がないのと木製でボロいくらいだろうか。俺達は土間にいた教師らしき案内人について行き、教室へと向かった。
廊下も例に埋もれず俺見慣れたものので、床は相当傷んでるのか、体重をかけるたびにミシミシと沈み込む。ジャンプしたら抜け落ちそうだな。壁や天井の木材も、いい味を出し尽くして黒ずんでいる。ホラー映画に出てきそうな感じだ。
「ここが教室よ」
女の先生(仮)は土間から一番遠い引き戸の前で止まった。先生が扉を開けて、俺を先頭に三人とも中に入った。
教室内まで例に埋もれてなかった。規則正しく並べられた木製の机、そこに大人しく座る生徒達。その光景見ると、あの平和な頃の気だるさが蘇ってくる。最後に教室に入ったのは十年くらい前になるけど。学校とはそこまで生徒にトラウマを持たせるのか。
「空いてる席についてね」
先生は俺達にそう言い残して、教室を出ていった。並べられた席には、運の悪い人のビンゴカードみたいに空席がある。俺達は後ろの方の空席に向かった。
L字に空席ができていたので、自然俺とエアリアが隣同士になり、俺の前にカンナちゃんが前に座る。カンナちゃんは何故か不機嫌な顔で俺を一瞥し、机に突っ伏した。エアリアに目で解説を求めると、ため息が返ってくるだけだった。
◇
十分ほど窓の外を見たり、周りの生徒を観察したり、エアリアを眺めて目の保養をしなりしていると、さっき俺達を案内してくれた先生が教室に入ってきた。そのまま教卓につき、どこからともなく名簿らしき書類を取り出す。
「はい、皆さんおはようございます!」
「「「おはよーございまーす!」」
おそらく幼稚園は、こんな声で支配されてるのだろう。
「私はこの教室の担任、マーズです。みんなは先生、又はお姉さんって読んでくださーい!」
「「「はーい!」」」
なんか最後に、余計なことがくっついてたぞ。この先生絶対面倒なやつだ、見た目お姉さんじゃなくて三十路だし。
「じゃあ早速、出席をとりまーす。名前を呼ばれた子は返事してくださいねー」
「「「はーい!」」」
その後淡々と出席がとられた。その間先生を観察してみたが、うんやっぱり三十路だな。根拠はないけど。黒髪のポニーテールに黒い目、白い肌。種族はおそらく人だろう。
「……はい、以上二十八名!」
二十八名か、田舎の割には子供が多いな。普通十人そこらだろうに。
「じゃあ早速、学校の説明をしますよー」
「「「はーい!」」」
ここの生徒達は『はーい!』しか返事出来ないのだろうか、と思ってエアリアを見ると、元気100%で『はーい!』と言っていた。何やってるんだよ十七歳。
その後の説明は、特にとるに足らないものばかりだった。学校とはなんたらカンタラ、授業時間はウンたらカンたら、その他諸々ナトカカントカ。右耳から左耳に受け流してやった。
「はい、じゃあ早速授業に入ります。授業は教科別に先生が来るので、みんなちゃんと挨拶してくださいねー!」
「「「はーい!」」」
はーい、カッコ棒カッコ閉じ。
三十路のマーズは教室を出ていき、入れ替わりで金髪美人が入ってきた。美人さんは長い髪を翻して一言。
「私はフェア、皆さんに字の読み書きと計算を教えます。よろしく」
なんというか、大人の女性って感じだ。多分あんまり歳はいってないだろうが、大きなな胸とか艶やかな唇とか、身体の各所に妖艶な雰囲気を感じる。耳が尖ってるからエルフだろうか、親戚だな。
服装もとてもセクシーで、胸元が大胆に開いたドレスっぽいものだ。スカートの短さも挑戦的だ、見えそうで見えない。チラリズムか、なかなかやるな先生。
「はい、では授業を始めますよ。まずは……」
授業の内容は、五十音表的なものを見ながら自分の名前を書くというものだった。俺の名前『マアト』は、この世界の文字を使うと単語を五つ使用する。法則は全く分からん。象形文字のような単語を写していると、美術の写生を思い出した。字を書いてて美術思い出すとか、どんな授業だよ。
◇
時間は過ぎ去り二時限目。全員が席についたところで、教師が入ってきた。今度は男の人だ。
「よし、では自己紹介から。私の名前はカームです、呼び方は何でも構いません。主に社会の科目を皆に教えます、よろしくお願いします」
カーム先生は、なんというか執事のようだ。ピッチリとタキシードを着てきて、胸にはお洒落に花飾りがついている。目が赤く髪が白いので、多分悪魔の類だろう。てことは、カンナちゃんの親戚だな。
「早速授業を始めましょう。最初なので、この村について説明したいと思います」
カーム先生はどこからともなく大きな紙を取り出し、黒板に貼り付けた。あれか、教職員の皆様は四次元ポケットでも持っているのか。
「これは皆さんが住んでる村の地図です。と言っても、皆さんが見やすいように簡易化してありますが」
確かに、天気予報の日本地図並にディフォルメされてるな。
「まず、ここが現在我々がいる学校です。村の西側、つまり左に位置しています。周りには麦畑が広がっていて、ここで取れる麦は村の大切な資源になります」
またまた突然現れた指し棒で、地図の左にある学校を指す。地図では学校の四方八方が畑になっていて、道も俺達が通った一本道しかない。さすが田舎。
「次に住宅地。ここにいる皆さんは、おそらくこの地域に住んでいるでしょう」
カーム先生が次に指したのは、地図の真ん中らへん。そこには小さな家の絵が密集している。俺達が住んでるのもあの地域だ、正確にはその東よりの地域。
「さあ次。東側、つまり右側には、皆さんのよく知る草原が広がっています。ここでは牛の放牧が行われています。こちらも麦と同じく貴重な資源になっていますね」
草原は俺達もよく知る場所だ、よく遊びに行ったからな。牛は残念ながら見たことない。父さんが話してるのを聞いたことはあるが。
「次は北、つまり上側です。この辺りには森が広がっていています。森の中は危険なので、皆さんの中でこの森に入ったことのある人は少ないでしょう」
北側は残念ながら行ったことがない。だからその森がどんな場所かも知らない。地図にはとってもファンシーな木々が描かれているが、俺の脳内風景は茨の生い茂る、邪悪なものになっていた。魔女が住んでそうだ、もしくは姫が囚われてるか。
「最後は南、下の方です。こちらにも草原が広がっていていますが、この草原を抜けると大きな街があります。それとこの辺りには、大きな湖がありますね」
南の草原には行ったことがある。確か父さんが連れて行ってくれたのだ。行商人らしき人達が荷馬車を引いていたのを覚えている。
「さ、簡単な説明が終わったところで詳しく見ていきましょう」
その後は先生のくどくどした説明だった。内容もサッパリ。俺は座学には自身があるが、地学はどうにも苦手なのだ。
前に座るカンナちゃんはしっかりと話を聞いていて、感心しながらエアリアに目を移すと、身体をC 字に丸めて机とキスをしていた。
ヨダレたれてるぞ、妹よ。あと寝息が大きい。
◇
時は過ぎ去り今は三時限目。教科は確か魔法だ。wktkですな。エアリアも目を覚まして「魔法ってあれですよね、指パッチンで火がつくやつ!」と、目をキラキラさせている。
魔法は前の世界でも使えたが、使い方が全く違うのだ。あちらの世界だと火をつけるの「炎よ、今我の前にその(ry」という具合いに、中二病じみた詠唱を行わなければならない。そしてその規模は大きいものの、カッコ良さというのは微塵もなかった。火を起こすのもただ大きな火が出るだけだし、電気を操っても雷が落ちてくるだけだ。おそらく詠唱に中二病成分を奪われたのだろう。
しかしこの世界ではどうだろうか。指パッチンで火が着き、手を空に翳せば風が吹くのだ。なんてファンタジーなんだろう。
え、あんまり変わんない? それはあれだ、気持ちの問題だ。
「はい、失礼しま~す」
今度の先生は、かなり特徴的だった。ピンクの髪に若い顔立ちと、それだけ捉えれば何の変哲もない女性だが、頭にはラフレシアのような花が咲いている。私が本体よ、とでも言いたげだ。それと何故か植木鉢を持っている。
「私は魔法を担当します~、ナーナといいます~。よろしくお願いしま~す」
所々で言葉を伸ばすのが、少し鬱陶しい。まあでも、眠そうな顔と相まってゆるキャラみたいになってる。それはそれでありかも。
「あ、それと助手を紹介します~。この子は草の妖精、マナちゃんです~」
ナーナ先生は植木鉢に生えている草を、おもむろに抜いた。その草には人形人参のようなものが引っ付いていた。あれなマナちゃんだろうか。
と、油断していたら、
「キャーーーー!」
超音波のような、この世の嫌な音を全て集約したような甲高い叫び声が、マナちゃんから放たれた。反射で耳を塞ぐも、そんなものいとも簡単に貫通して鼓膜を揺さぶってくる。あまりの不快感にもがくが、その音からは逃れられるわけがなく、足を机に打ちつけるだけだった。周りの生徒達も悶え苦しんでる。
「……っ…………! …………?」
ナーナ先生が何か言ってるが、全く聞こえない。ただこの世のものとは思えない音が聞こえるだけだ。
足に何かが当たった。足元を見ると、エアリアが白目を向いて倒れていた。気絶したのかこいつ。周りの生徒達も次々に倒れていく。
それを見ていた俺もだんだんと耳の感覚がおかしくなっていき、気がついたら床に倒れていた。身体がピクリとも動かない。防壁を失った耳穴に地獄の叫びが容赦なく侵入し、神経を伝わって脳内へと進行してくる。脳をかき混ぜられてるみたいだ。
あー、マズイ。目は開いてるのになにも見えなくなってきた。重力の感じ方もおかしい、仰向けの筈なのにうつ伏せに感じる。
そのまま何も出来ずにジッとしてると、頭の中で何かがプッと音を立てて、その瞬間意識がテレビを消した時みたいに途切れた。
目覚めたら教会、じゃなくてベッドの上でした。