四話、学舎より
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「兄さん、いい加減起きてください!」
「ん~」
まだ覚醒しない脳内に響く不快な声から逃げようと、毛布を頭までかぶる。すると音がこもって快適になった。
「んもー、今日は学校ですよ!」
「あ~」
そういえばと思っている間に毛布を引っぺがされた。朝のヒンヤリした空気と太陽光に晒され、思わず身体を丸める。今なら吸血鬼の気持ちが分かる。太陽よ、何故のぼってきたのだ。それと何で異世界に学校があるんだ、爆破してやろうか。
「そうですか、兄さんは起きないんですか。ならしょうがないですね、朝ご飯のサンドイッチは私が食べとこっと」
サンドイッチ。その単語を聞いた瞬間俺の身体は覚醒した。
「エアリア、家出るまであと何分くらいだ?」
「ほんとサンドイッチ好きですね、兄さんは。安心してください、まだ時間はありますよ」
俺はベッドから起き上がって、タンスから服を取り出す。お気に入りの茶色い長袖に、同じ色の短パンだ。エアリアは既に、お気に入りに追加らしい長袖とホットパンツに着替えていた。
「じゃあ、私は先にご飯食べてますから」
エアリアはそう言い残して部屋から出ていった。俺はそれを見届けてから、部屋着から用意した服に着替え始めた。
――俺とエアリアは六歳になるにあたって、自分の部屋を得た。といっても、二人で一部屋だが。二階の十二畳ほどの部屋に、二段ベッドとタンスが一つ、それに卓袱台が置いてある。窓は東側についていて、朝日をふんだんに取り込む配置になっている。そしてその光は、二段ベッドの下で眠る俺へと降り注ぐのだ。上のエアリアには当たらない、これは差別か? 俺は太陽に差別されなければならないのか?
服を着終わり階段を下る。木製の階段は材質が落ちているのか、体重をかける度にミシミシと音をたてる。下り切ったすぐ隣の部屋へ入ると、横長のテーブルにサンドイッチが置いてあった。エアリアは既に席について、そのサンドイッチを嬉嬉として頬ばっている。相変わらずリスみたいな食い方するな、エアリアは。
「おはようマアト」
母さんがキッチンから顔だけだしてそう言った。
「おはよう母さん」
「サンドイッチ作っといたから。あと荷物の確認しときなさいよ、今日から学校なんだから」
「分かってるよ」
俺は適当に返事をしてから、エアリアの前の椅子に座った。目の前に置かれた三角形の美味な食べ物を口に運ぶ。
「んむ~、美味しい!」
かれこれ三年ほどこのサンドイッチを食べいるが、何故こんなに美味しいのか見当もつかない。レタスと卵には特別性を感じないし、マヨネーズ的な調味料もそこまで美味しいというわけではない。うーむ、謎だ。
そんな事を考えていると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。多分俺達の弁当だろう。
ちなみにこの世界のキッチンは中世ヨーロッパ風で、調理代の下にある暖炉のような部分で火を炊き、その上に鍋やフライパンを置いて使う。火は魔法を使って着けるようだ、母さんが使うのをよく見る。指パッチンで着火するシーンは、如何にもファンタジーという感じだ。これを学校で教えてもらえると思うと、無性にワクワクしてきた。やっぱり魔法は男のロマンだよな、知らんけど。
「一個もーらいっと」
「あ! おいエアリア!」
二つあるサンドイッチの内一つを大事に食べていると、エアリアが一つ奪いやがった。エアリアの手に収まったサンドイッチは、あっという間に口に吸い込まれてしまった。
「おい、なに勝手に奪ってんだよ!」
「いや~、あまりにもゆっくり食べるもんですから、あんまりお腹空いてないのかな~と思いまして」
「味わいながら食べてたんだよ!」
ワタシシラナイデスー、とそっぽを向くエアリア。ムカつく、はり倒してやろうか。
「はいはい、喧嘩しないの。マアトの分は今度多めに作ってあげるから」
母さんが風呂敷に包まれた弁当をもって、リビングにやってきた。母さんはいつもちゃんと俺の分を多めに作るが、その度にエアリアはサンドイッチを奪う。なので結局、エアリアの分が増えるだけに終わる。
「ほら、二人とも食べ終わったなら荷物の確認してきなさい」
「はーい」
エアリアは机を離れて、階段へと向かう。俺もコップに注がれている牛乳を一気飲みしてから後を追った。
自室に入ると、エアリアはバッグの中身を出している最中だった。俺も自分の分を取り、荷物をベッドの上に広げる。ちなみにバッグは草を編んでできたもので、ポシェットの大きいバージョンのような感じだ。
まずはノート。これは村の商店で買ったもので、まあ何の変哲もないノートだ。次に筆記用具。ペン類は万年筆のようなもので、インクを付けて使う。それと定規。長さの単位がさっぱりだが、だいたい二十センチくらいだろうか。メモリが十二個というのが気になるが。あとは弁当水筒を入れればいいかな?
まあざっとこんなところだ、確認するまでもない量だな。一度出した荷物を一つずつ戻していく。ノートを入れる時、バッグがちょうどノートがすっぽり入るサイズということに、若干の感動を覚えた。職人の技ですな。
「マアトー、エアリアー! カンナちゃん来たわよー!」
階段の方から母さんの声が聞こえた。
「はーい、今行くー!」
叫び返しながらバッグを肩にかける。エアリアを見ると既に準備を完了しており、俺に目でオッケーを出してきた。
階段を二人で駆け下りて、そのまま玄関へ直行。靴を履いたところで大事なものを思い出した。
「おっと、弁当を忘れてた」
「おっと、弁当を忘れるとこでした」
「…………」
「…………」
言葉がまるかぶりしたことで、お互いに見つめ合う。兄妹だからだろうか、心は別人だけども。
靴を脱いでからリビングに向かう。それぞれお弁当と小さな水筒をバッグに入れ、もう一度玄関へと走っていく。靴を履いてずれ落ちてきたバッグを直してから、扉を開けた。
「「いってきまーす!」」
「はーい、気をつけなさいよー!」
二人で並んで外に出る。するとそこには、カンナちゃんが立っていた。
「おはよ、カンナちゃん」
「おはようございます、カンナちゃん」
「……おはよ」
相変わらず無表情のカンナちゃん、ピンクのワンピースもいつも通りだ。でも最近は髪を背中の真ん中らへんまで伸ばしていて、昔のオカッパ時代より大人びて見える。まだまだ子供だが。
「さ、行きましょう」
特に会話はせずに、俺達は並んで歩き始めた。右にエアリア、左にカンナちゃんという布陣だ。
学校は村の西側にあり、俺達の住む住宅街からは少し距離がある。徒歩二十分といったところか。住宅街は朝だからかとても静かで、どこからともなく聞こえてくる鳥の囀り以外何も聞こえない。少しヒンヤリした空気と白い太陽光が相まって、まさに朝という雰囲気を感じる。
「そういえば、学校ってどんなことするんでしょうかね。魔法を習うとは聞きましたけど」
五分ほど無言で歩いていると、エアリアが口を開いた。
「うーん、まああれだろ、文字の読み書きとか足し算とか」
「…………」
「うわー、何か幼稚いですねー」
「俺達まだ六歳だろ。それに足し算はできても、文字は全然読めないし」
「…………」
「まあ、確かに文字は習わなきゃですよね。なんですかあのヘンテコな形、β みたいな形のもありましたよ」
「ああ、β モドキな。あれ確か『か』って読むらしいぞ」
「…………」
「マジですか、β のどこにも『か』を感じないんですが」
「まあそれはあれだろ、俺達がくさび文字読めないみたいなもんだよ」
「…………」
「その例え、すっごく分かりづらいんですが」
「そうか? …………なあカンナちゃん、少し近くない?」
「………ん?」
俺のすぐ横で首を傾げるカンナちゃん。距離はもう数センチないだろう。俺達が会話してる間ずっと黙っていたカンナちゃんは、地味に俺との距離を詰めていたのだ。そして今に至る。
「ちょっと歩きにくいんだけど」
「……嫌?」
「いや、別に嫌ではないけど」
「……じゃあこのまま」
「は、はあ」
このままって、もう俺の腕しっかり抱いてるじゃないですか。なんか彼氏彼女みたいになってるじゃないですか。エアリアに冷たい目で見られてるじゃないですか。
「えぇと、俺の腕にくっつく必要性は……」
「………嫌?」
「嫌ではないけど……」
むしろ心がドキドキですなんて、口が裂けても言えない。多分エアリアに殴り飛ばされる。そのエアリアに目で助けを求めても、何故か呆れ顔をされるだけ。どゆこと?
まあカンナちゃんなりの幼馴染みとのスキンシップなのだろうという、かなり無理矢理な捉え方をしてなるべく深く考えないよう務めることにした。
そのままとるに足らない会話を続けるながら歩くこと約十分、住宅街が終わり、両脇を麦畑に挟まれた道に出た。道の先には大きな建物が見える、あれが学校だ。
「さ、もう少しですね」
「あの、カンナちゃん。そろそろ離れない? こんな格好を他の子に見られたら……」
「………もうちょっと」
「はあ」
「ダメですよカンナちゃん。あなたは良くても兄さんが良くないのです。このままだと兄さんは、おない年の女の子を自分に抱きつかせる変態さんになってしまいます」
「…………」
カンナちゃんは何も言わず、俺の腕から離れた。少しムスッとした表情で俺を見る。俺、変態さんじゃないからね?
道をまっすぐ歩くこと約五分。やっと学校に着いた。入口には門は無く、ただ畑の跡地のようなグラウンドが広がっているだけ。校舎は木製で、従来の校舎を一階建てにしたような感じだ。奥に見える土間には、おそらく生徒であろう子供がチラホラ見える。俺達はグラウンドを直進して、その土間へと向かった。