一話、転生前より
前回書いていたものを、新たに書き直した作品です。主人公たちの日常を楽しんで頂ければ幸いです。評価、コメント、ブクマ、お待ちしております。
十五歳で異世界に召喚されてその後二年間、戦争、戦争、また戦争。
俺はそんな人生が嫌だった、疲れた。故に神の提案に即答した。
「お主たち、兄妹になって転生しないかね?」
「はい、します」
「ちょ、ちょっと待ってください! 少し理解をする時間をください!」
真っ白な空間に、女の声が響き渡った。女は俺に向かって話し始める。
「えーっと、私は魔王であなたは勇者なわけですよね」
「ああ、そうだ」
「それでさっきまで戦ってたんですよね?」
「そうだが」
「で、私たちは激闘の末共倒れして死亡したと」
「そういう話だな」
「あれ? おかしいと思うの私だけですか?」
おかしい、と言われれば確かにおかしい。真っ白な空間に三人、勇者、魔王、神が揃っているのだ。しかも自分は死んでると言われた。普通に考えれば理解できない状況だ。
でも今の俺にはどうでも良い。
「で、魔王。俺は転生したいんだがお前はどうだ?」
「なんでそんなにフレンドリー!?」
「まあまあ、少し落ち着きなさい」
興奮気味の魔王を、皺くちゃな顔をした神がなだめる。魔王は胸に手を当て深呼吸、そして神に向き合った。
「えっと、もう少し説明を頂けますかね、神様」
「うむ」
神は大きく頷くと、説明を始めた。
「まず、お主たちが死んだという事は分かるかの?」
「まあ、半信半疑ですが」
「半分わかるかのならよい。次に、ワシはお主たちに謝らなければならん」
「と、言いますと?」
「ワシはお主たちを、かなり無理矢理に召喚した。それぞれ勇者、魔王にのぅ」
神はゆっくりと俺達に頭を下げた。
俺が召喚された日の事はよく覚えている。高校の入学式に行こうと家を出たら、この真っ白な空間にいた。まるでワープでもしたかのような、一瞬で背景がすり替わったような感じだった。
そこに現れたのが、この皺くちゃな神。神は勇者について軽く説明すると、質問をする暇もなく俺を異世界へと召喚した。おかげでこっちは、異世界での種族戦争に巻き込まれたわけだが。
「ちょっと待ってください。まさかですけど、勇者も日本から召喚されてるんですか?」
魔王が俺を指さす。
「ああ、俺は元々日本に住んでたぞ」
「え! 召喚されたのって私だけじゃなかったんですか!?」
またも興奮し始めた魔王、目を開いてビックリした表情を浮かべる。
てかなんだ、こいつ知らなかったのか。
「勇者、その余裕な顔は何ですか! もしかしてあなた、私が日本から来たって知ってました!?」
「そりゃお前、魔族の通貨が『エン』だったり『セントー』なんて浴場があれば嫌でも気づくだろう」
最初に見た時はビックリしたもんだ。とある町を占拠した時に、どう見ても百円硬貨の形をした銀貨が流通してたのだ。しかも『エン』という呼び名で。
それと『セントー』にも行ってみた。典型的な大浴場に、ご丁寧に富士山の絵まであった。しかもなかなかの完成度だったし。
「ごホンっ」
神が軽く咳払いをした。
「続きをいいかね?」
「あ、すみません。どこまで行きましたっけ?」
「ワシが謝ったところじゃ」
神は心做しか、呆れたような声で言った。
「それでじゃ、ワシなりの詫びとしてお主たちを転生させようということじゃ」
転生、それは生まれ変わりを指す。つまり俺達は、生まれ変わって人生をやり直す機会を得るのだ。
「俺は転生したい。あんな人生で満足する奴がいたら、そいつは多分戦争中毒だ」
戦争は酷いものだった。日々魔族の軍と衝突して、いつ死ぬかも分からないまま戦い続けるのだ。俺は勇者の力があったから死なずにすんだが、他の奴はそうはいかない。昨日まで笑ってた奴の死体を見ると、言葉にできない感情が湧き上がってきて、その度唇を噛みきっていた。
そして俺は、その死体を見慣れてしまった。一年経つ頃には死人を見ても、蝉の死体を見ているのと同じ気持ちにしかならなかった。俺は元一般人だったから、相手が魔族であろうと命を奪う気にはなれなかった。仲間を殺されても、だ。薄情な奴といわれるかもしれないが、俺にとっての『殺し』はそれ程までに大きな何かを伴うのだ。
俺の勇者の力を持ってすれば、相手の生き死になど掌に乗っかているも同然だった。俺が殺した魔族は、今俺の目の前にいる魔王だけだ。
「えっと、神様たしか私たちを兄妹に転生させるって言いましたよね?」
「うむ」
「それって少し無理がありません? 私たちは敵同士だったんですよ?」
「まあ、確かにのぅ」
神は顎鬚を撫でながら言った。
「でも勇者の方は良いと言っているぞ」
「まあそうですけど……勇者、なんであなたは私と兄妹になっても良いんですか?」
魔王は俺に向き合ってそう言った。その顔は少し真面目な雰囲気だ。別に隠す必要はないので、正直に話す。
「俺は別に、お前を恨んではない。俺の仲間を殺したのはお前じゃないし、もしそうだとしても俺は仇をとった、それで充分だ。そして俺が魔王を倒したことで戦いは終わった。なら俺がお前を憎む理由はない」
よく戦争で、相手の国自体や司令部を憎む奴らがいる。世間一般ではそれが普通の考えだが、俺は違うと思っている。特に国なんかは、国民が政府のとばっちりを浴びてるだけだ、それはあまりにも理不尽過ぎる。
だから俺が魔王を恨むのはお門違い、恨むなら魔族軍の下っ端だ。
「あの、本当にそう思ってますか? 実は私を憎んでたり……」
魔王は俯きながら尋ねてきた。表情はさっきとは一変、申し訳なさそうな顔をしている。
「ない。俺はお前を恨んでも憎んでもない。」
ハッキリと、魔王を見据えて言ってやった。
「そう、ですか」
魔王は少し微笑みながら、視線を上に逃がす、俺を見ずに。その姿は何故だか、俺の目には悲しそうに見えた。何を悲しんでいるのかは謎だが。
「魔王、お前はどうなんだ」
「へっ?」
「だから、お前はどうなんだって。俺はお前を恨んでない、けどそれだけだと一方通行だろ。お前は俺をどう思う」
俺は魔族を殺さなかったがしかし、魔王の命は奪ったのだ。しかも俺は、魔族を敗戦ギリギリまで追いこんだ。魔王が魔族を慕っていたのなら、こいつは俺を憎んだり恨んだりしているはず。
魔王は少し間を置いてから、今度はしっかりと俺を見ながら言った。
「私は勇者を恨んでませんし、憎んでもいません。あなたは私の仲間の命を取らなかったですし、私があなたに命を取られたのは自業自得というものです。だから私は別に、あなたを憎む理由がありません」
「……そうか」
どうやら俺の考えすぎだったようだ。
「えー、では二人とも、転生するということでいいかね?」
横で俺達を見ていた神が、会話を打ち切るように入ってきた。
「俺は元々いいと言っている」
「……確認ですけど」
「ん、なんじゃね?」
「絶対に兄妹じゃないといけないんですか? 他のパターンは?」
神は「う〜む」と唸ってから、口を開いた。
「今は無理じゃ。もう他に宿れる母体がないからのぅ。ただ百年ほど待てば、バラバラに生まれ変われるよもしれん」
「ひゃ、百年、ですか」
「本当に申し訳ない。生き物の輪廻とは難しいものなのじゃ」
母体やら輪廻やらはよく分からないが、要は今このチャンスを逃せば百年ほど待つことになるということだ。
「そうですか……分かりました、私も転生します。このまま本当に死ぬのも嫌ですし、できることなら人生をやり直したいので」
魔王は俺を横目で見ながら言った。
「よし、決まりじゃな。では少し説明をさせてもらうぞ」
「「はい」」
「お主たちが転生するのは、日本でもあの異世界でもない別の世界じゃ。そこにも魔族と人間がいるが、争いは特にない。お主たちは魔族として転生してもらう。いいかね?」
「はい」
「私は元々魔族だったので」
「そうか、ではさっそくいくぞ!」
神は両手を俺達に向けると、何かをブツブツと唱え始めた。呪文かなんかだろう。俺達の身体がだんだん透明になっていく。
「勇者」
「ん、なんだ?」
魔王の方を見ると、既に半透明になった手を俺に差し出していた。何を意味するかはいうまでもない。
「あの世界では敵同士でしたが、今度は兄妹仲良くやっていきましょう」
「そうだな、宜しくたのむぞ、魔王」
俺は魔王の手をしっかりと握った。その瞬間俺達は完全に透明になり、真っ白な空間に溶けきってしまった――