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 11:45。



 ポールタウンから地上への階段を駆け上がり、狸小路四丁目に出た。僕もハルも、息を切らしている。冷たい外の空気を勢いよく吸い込むと、肺が締め付けられるように感じた。一丁目の外れには、ウチの事務所がある。まさか僕とハルが二人だけでこんな近くにいるとは、源介は思っても見ないだろう。


「ねぇ、おじさん」


 ハルが、肩で息をしながら振り返ってそう言った。高校生からしたら、確かに僕はおじさんかも知れない。だが、いささか心外だった。


「どうしたの?」



「今からあたしと遊びません?どこか連れてって」



 一体、突然この子は何を言い出すのだろうか。


「はぁ?」


 僕の裏返った声を聞いて、ハルはクスクスと笑った。すれた気難しい子なのかと思いきや、人並みに笑うようで安心した。笑窪が可愛らしい。


「学校サボって、暇なんですよね。援交じゃなくて。普通にデート。やです?」


「いや、言ってることがよくわかんないんだけど。何で僕が君と?」


「ん~助けてくれたお礼とか?そんな感じ?」


 確かに見た目はものすごく可愛いが、ずいぶんと生意気だ。僕は少し腹を立てた。


「別に僕はそんなこと望んじゃいないし、お礼は何もいらないよ」


「おじさん、変わってますね。男にもこんな人いるんだ」


 ハルは、バカにするような口調でそう言った。その態度が気に入らなくて、ついカッとなる。


「あのね。君、さっきから失礼だぞ。僕はこう見えてもまだ27だ。それに、男が皆君をチヤホヤすると思ったら大間違いだ。調子に乗らない方がいいぞ。そんなだから男から軽く見られるんじゃないのか?」


 ハルの表情が一瞬のうちに、驚き、不機嫌、悲しみへと次々に変わる。しまった。大人気(おとなげ)なかった。


「ごめん。言い過ぎた。悪気はないんだ」


 腕時計を見ると、もうすぐお昼だ。


「わかった。お詫びに、お昼をご馳走するよ。嫌じゃなければ、一緒にどうかな?」


 ハルの表情が一気に明るくなり、笑った。こうなったらハルと仲良く話をして、少しでも情報を引き出してやろう。


「何がいいかな?」


「うーん、蟹とか?」


「えっ!」


 確かにこの辺りは昼から蟹を食べられる店がいくつかあるが、安くても一人数千円は取られる。普段からそんなものばかり食べているのか?


「あはは!うそうそ冗談です。お兄さん(・・・・)、狸小路詳しい?」


 おじさんからお兄さんに変わった。実は素直な子なのかも知れない。詳しいも何も、もはや狸小路は僕のホームグラウンドだ。


「まあ、知ってる方だと思うけど」


「じゃあ、お兄さんのおすすめのお店連れてって。高くなくていいです。あたし、あんまりご飯のお店わかんないですし」


 無理もない。女子高生であれば、デパートやファストフード店ならともかく、ちゃんとした食事の店なんて詳しくなくて当然だろう。



 12:20。



 店のトイレでリリィに事情を説明した。リリィはこれから車を回収して事務所に戻り、このことを源介にも説明してくれるらしい。ひとまず今は、僕に任せてくれることになった。何かあれば、事務所が近いのですぐに呼ぶこともできる。今後のことはどうするかは、まだわからない。僕は、自然を装って卓に戻った。



「うんまっ!やば~い!」


 ハルは、見た目とは裏腹にかなりの大食いだった。店で用意してもらった紙の前掛けをして、秘伝のタレに漬け込まれた味付きラムを幸せそうに頬張っている。すでに、彼女一人でラム二人前と野菜盛りを平らげている。


 僕は他にこれと言って思いつかなかったので、源介達とよく来る四丁目のジンギスカン屋である『ジン・カン・カン』に彼女を連れて来た。ジンギスカンは匂いが強いので、女子高生は嫌がるかと思ったが、非常に喜んでくれた。年寄りの京子と二人暮らしでは、あまり食べる機会がなかったのだろう。


「学校は、行かなくて大丈夫なの?」


「学校つまんないんですもん」


「そりゃ、勉強は僕も嫌だったけれど。友達とか、楽しいこともあるじゃないか」


 大人ぶって、随分と適当なことを言っている自分に気が付いた。僕は学生時代、友達なんていなかった。


「友達、いるんだけど一人だけだし。その子はあたし以外ともうまくやれる子だし。周りはなんか、あたしを変わり者扱いするから、嫌なんですよね。それに、皆子供過ぎて話合わないし」


「へ~、大人びてるんだな」


 何を生意気なことを言っているんだと思ったが、少し媚びて懐に入り込む作戦にした。


「あたし、夜、バイトでキャストやってるんですよ。ニュークラの。おっさんとかジジィとかと話すじゃないですか。だから、同い年の話がつまんなくなって」


 僕とリリィの予測が的中してしまった。京子に何と説明したら良いのか。風俗でないことだけは、不幸中の幸いだった。しかし、まだ援交などをしている可能性は捨て切れないので、油断は禁物だ。

 確かに、若いうちから酒場で年配者の話に付き合っていると、同年代の話題がつまらなく感じてしまうのは当然だろう。笑い一つに取っても、おもしろさのレベルの違いというものがある。


「君、ニュークラだなんて、お酒を飲まなくちゃいけないじゃないか。学校に見つかったりしたら……」


「あ~その君とかお嬢さんとか、変だからやめません?ハルって呼んでください!」


「あ、ごめん。ハルちゃんね」


「お兄さんは何て呼んだらいいですか?」


「僕かい?オトって呼ばれてるよ」


 この際、本名じゃなくてあだ名なら伝えていいか。


「オトさんね。わかった。何の仕事してるんですか?今日は休み?スーツ着てるけど」


「仕事は、普通の会社員だよ。今日は休みだけれど、僕は普段からスーツだから」


 本当はまさに今、仕事真っ最中だけどな。


「へ~普段からスーツとか、変なの!平日なのに休みなんだ」


「色んな仕事があるもんだよ」


 結局、ハルはラムを三人前食べ切ってしまった。さらに締めのうどんと、食後のデザートに牧場バニラアイスクリームを注文した。


「内緒で夜のバイトだなんて、何か欲しいものでもあるの?」


「欲しいものっていうか、あたし、お金貯めて、やりたいことあるんです」


 単純にブランド物が欲しいとかではなく、目標があるのか。少しだけ彼女への見方が変わった。


「どんなこと?」


「探偵に頼んで、あたしの幼馴染をいじめた奴らを特定してもらうの。結構高いらしいんですよね、探偵って」


 僕は、耳を疑った。


「た、探偵って。子供のいじめとか調査なんてしないんじゃないの?」


「そうやって大人は皆、子供をバカにしますけど~」


 ハルが、ムッとして言った。またしてもやってしまった。



「浜田探偵事務所っていう、ここの近くにある探偵がすごいんだって。こんなバカげた子供の依頼でも何でもやってくれるって。噂なんですよ」



 体中の毛穴から冷や汗が噴き出るのがわかった。


「へ、へ~。それは知らなかったな。すごい探偵がいるんだね、はは……」


「知ってます?去年のガールズバー殺人事件。あれ、警察じゃなくてそこの探偵が犯人捕まえたらしいんですよ。後、皇神會(こうしんかい)も壊滅させたんだって!ヤバいですよね!」


 ハルは、目を輝かせながら語った。

 正確には、警察ではない探偵が、事件の犯人を捕まえることはできない。去年のあれは、僕が犯人を特定しただけだ。そして、皇神會とは、札幌に生き残っていた最後の暴走族だった。壊滅させたのではなく、勝手に自滅したようなものだ。それにしても、世間でそんな尾ひれが付いた噂が出回っているなんて初耳だった。源介は知っているのだろうか。


「そ、そうなんだ。幼馴染の為に、うまくいくといいね……」


「うん。だからあたしバイト頑張るんだ!」


 そう言って、ハルは無邪気にアイスを口に運んでいる。こうしている姿は、やはり今時の女子高生だ。夜のバイトの理由も、驚きはしたが、まぁ理解できた。ここまでは良い。

 問題はここからだ。明らかに彼女が、普通ではない点。僕には、どうしてもさっきから気になっていることがある。まさかとは思うが。



「あの、ハルちゃん。変なことを聞くかも知れないんだけれどね。さっきの男達、あれ……ハルちゃんがやったの?」



 僕は、ハルの目を見て、思い切って聞いてみた。

 常識では考えられないし、単なる見間違いかも知れない。しかし、以前に僕は源介と体が入れ替わるという、とてつもない超常現象を体験している。ありえないことが起こりうるということを、身を持って理解している。



「……すごい、オトさん気付いてたんだ」



 ハルは、アイスを食べるのを中断し、改まって僕に向き直った。否定しない。やはりそうだったのだ。僕は、興奮して胸が高鳴った。京子は知っているのだろうか。源介達に、どう報告したら良いのだろう。源介達も、このことは信じるだろう。


「あ、うん。やっぱり、そうなの?超能力みたいなもの?」


「そんな感じ。誰も信じないだろうし、別に信じてもらう必要もないから、人には言ってないですけどね。オトさん、やっぱり変わってる。こんなこと信じるなんて」


「すごいな。信じるも何も、目の前で見せてくれたじゃないか」


「いや、そうだけどさ。だからってありのまま信じる人なんて、普通いないですって」


 ハルが笑った。僕のことがおかしくて笑っただけじゃなく、何やら少しだけ嬉しそうだった。自分の不思議な能力を理解してくれる人が、今までいなかったのかも知れない。無理もないことだが。


「オトさん、休みなんでしょ?この後どこか連れてってよ」


 僕は、ハルの不思議な能力についてもっと知りたくなった。デートは、悪い気はしない。調査抜きにしても、色々と話がしたいと思い始めていた。僕自身の過去の不思議な体験も、この子なら信じてくれるかも知れないと思った。しかし、理性が働く。


「学校をサボっている女子高生を、連れ回すなんてできないよ。僕が捕まってしまう」


「ふふ……オトさん、あたしの顔見てみて」


「ん?」



 頬杖を付いて見つめて来るハルの透き通った碧眼が、ゆっくりとピンク色に変わり、チリチリと光った。

 やはり、さっきと同じだ。確かに見間違いではない。

 彼女の髪が、少しだけフワりと外側に膨らんだように見えた。



 その瞬間。



 下半身に、何かが起こった。


 僕は突然、予兆を感じる間もなく、勃起した。いや、勃起させられたのだ。強制的に。


「うわっ!!」


 声が出てしまった。

 ハルは、ニヤリと微かに微笑んだ。

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