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 僕とリリィは慌てて立ち上がったが、ハルの体は幸いにも、校庭に積み上げられた巨大な雪山に突っ込んだ。大きく雪煙が舞っている。


「なるほど、びっくりした~」


「そういえば僕も子供の頃、二階の窓から雪に飛び降りたりしてました」


 安堵したのも束の間、わざわざ窓から飛び降りるということは、学校を無断で早退するということだろう。鞄を持っているし、服装もピーコートにマフラーを身に付けているので、帰宅する気まんまんらしい。京子に思い付きで元気付けるようなことを言ってしまったことを、申し訳なく思った。


「あ~あ。おばあちゃん悲しむぞ~」


「本当ですよ、もう。さ、僕達も急いでここ出ましょう!」


 雪山から出て来たハルが、体中の雪を払ってから、小走りで校門に向かうのを見て、僕達は急いで店を出た。ファストフード店は会計が先なので、こういう時にモタ付かず便利だ。全速力で階段を駆け下り、ビル入り口の当たりで急ブレーキをかけ、何食わぬ顔でゆっくりと外に出る。横目で校門から出て来たハルを一瞥(いちべつ)し、ハルの向かう方向とは逆へ歩き出す。そして、自然に後ろを振り返る。



 ハルが、手を上げてタクシーを停めた。



 しまった!あれに乗られたら、見失う!


 そう思った時にはすでにリリィは物も言わず、カローラⅡを停めている駐車場へ向かって走り出していた。一瞬で僕の役割が決まる。タクシーがゆっくりと発進し、交差点で右ウインカーを()けた。



「くっそ!高校生のくせにタクシーかよ!ふざけやがって!」


 ビルの隙間に飛び込み、タクシーの向かった大きな通りを目指す。除雪のされていない路地の深雪に足を取られながら、全力で駆けた。靴下が冷たく濡れるのがわかった。建物の屋根からは、大きなつららが今にも落ちて来そうで恐ろしいが、今は気にしていられない。

 やっとの思いで大きな通りに抜けた所で、ハルを乗せたタクシーが遠ざかって行くところだった。同時に、リリィが僕の前にカローラⅡを急停車させた。僕は助手席に飛び乗った。心臓が大暴れしている。


「このまま真っ()ぐです!あのタクシー!」


「オッケー!危なかったね!」


「学校サボってタクシーとか、いい身分ですね。お小遣い、いっぱいもらってるんでしょうか?」


「かも知れないし、いけないバイトとかしちゃってるかも知れないし」


 僕は、最悪の場合を想像し、胸がムカムカした。どこまで京子をガッカリさせることになるのか。いや、冷静になれ。これは仕事なのだ。ありのままの事実を、報告するだけで良いのだ。僕はシートに深くもたれかかり、溜め息をついた。



 その後、ハルは登校ルートを逆戻りし、地下鉄東豊線栄町駅前でタクシーを降り、地下鉄に乗った。リリィは車を駐車させるコインパーキングを探し、後で合流すると言うので、僕が単身で追いかけコーカクを続けた。結局、ハルは札幌市営地下鉄の三路線全てが交錯する、大通(おおどおり)駅で地下鉄を降りて、地下街ポールタウンに入っていった。



 11:30。



 僕は、スマートフォンのチャットアプリで、リリィにメッセージを飛ばした。


『ポールタウンに入りました』


 すぐに僕のメッセージの横に「既読」のマークが表示され、返信が来る。


『りょ。すぐ追いつくから頑張って』


 この「りょ」とは、調査中のやりとりで「了解」の意味で僕達は使っている。



 この地下街ポールタウンは、大通駅と南北線すすきの駅の間に渡って伸びる、四百メートル程の長い地下商店街である。非常に多数の飲食店や専門店が並び、真冬でも雪や寒さを気にせず歩けるのがありがたい。ここからススキノ側へ向かって地下街を南に歩けば、僕達の事務所がある狸小路の下を通ることになる。当然人通りも多く、途中にある広場は、札幌の若者達の待ち合わせスポットとしても有名である。


 ハルは、リュックのように学生鞄を背負い、両手をコートのポケットに入れたまま、地下街をスタスタと歩いて行く。僕は付かず離れず、適切な距離を意識しながら尾行を続けている。この、いたずらのようなスリルと緊張感があるから、コーカクは好きだ。しかし、仕事だからやるのであって、趣味でやったりはしない。男である以上は誰しも多かれ少なかれ変態の素質を持っているものだが、休日に趣味で人の後をつける程、僕は変態ではない。



 その時、二人組の若い男がハルに近寄り、横について歩きながら、声をかけ始めた。


「あ~。絶対そうなると思ったよ」


 僕は、うんざりして独り言を呟いてしまった。予想していたが、ハルのあの容姿であれば、ナンパは日常茶飯事だろう。ハルは目すら合わせようとせず、歩く速さもそのままで、完全に無視を決め込んで歩き続けている。男達はどちらも、身長164cmの僕と背丈は変わらなそうな小男で、10代後半から20代前半。下品で頭の悪そうな奴らだ。自分より背の高い女、しかも高校生だぞ。ヤれれば何でもいいという感じなのだろうか。少し距離を縮めてみる。


「ちょっとだけいいべや」

「一時間だけっちゅってるべ。ダメなら、ライン教えて?」


 声が聞き取れるくらいまで近付いた。男達の迷惑なナンパは、段々とクドくなっているようだ。


 僕は自分の見た目に自信がないからかも知れないが、正直このナンパという行為がまるで理解できない。逆の立場で考えられないのだろうか。用事があって道を歩いている所に、顔も知らない男が強い押しで、下心丸出しであれこれ馴れ馴れしく話しかけて来るわけだ。迷惑以外の何物でもないだろう。これでホイホイ付いていく女がいたとしたら、余程暇なのか、頭が悪いのか、男がものすごいイケメンなのかのどれかしかないだろう。ナンパをする男も、それに付いて行く女も、僕とは住む世界が違う生き物なのだと思った。


「ま~ま~」

「そこをさ、いいべさ~」


 京子から依頼を受けて調査をしていることを、ハルには知られてはならない。しかし、依頼にはハルのボディーガードも含まれている。目を離せないので、リリィに相談をする余裕もない。最悪、僕が今ここで一立ち回りやることになって、ハルに僕の顔が知られたら、調査員を僕以外の者に変更してしまえば問題ない。それに、これだけ人目がある中で、どんなにこいつらがバカだったとしても、暴れたりはしないだろう。警察沙汰には、誰だってしたくないはずだ。



「お~お~お~!」


 遂に、バカの一人がハルの行く手を阻み、その腕を掴もうとした。



 決めた。ここは僕の判断でやる。



 考える間もなく、バカの腕を僕が先に掴み、ハルとの間に割って入っていた。

 格闘に自信が付いたからか、体が軽い。昔はあんなに臆病だったはずなのに、人は変わるものだ。


「あ?」

「何だおっさん?」


「いや~すみませんけど、この子、迷惑してるようだし。勘弁してあげてくれませんか?」


 自分の顔がニヤニヤしているのがわかった。しかし、バカの腕は放さない。


「プッ!」


 バカ共が吹き出して、僕に負けず劣らずの汚いニヤケ面で言う。


「したけどさー、おっさんさー。関係ないべ?」


「お嬢さん、どうぞ、行って」


「ブハッ!お嬢さんとか!すげーなおっさん!」


 僕の言葉遣いに、バカ共が爆笑した。ハルは、驚いた表情で立ち尽くしている。その驚いた表情も、やはり想像していた以上に綺麗で可愛らしかった。


「さ、いいよ。気にしないで。ね」


 ハルは僕を見つめて、なかなか立ち去ろうとしない。心配してくれているのだろうか。



「おい。腕、放せや」



 油断していた。こいつは正気か?



 僕は咄嗟に、バカの腰の回っていない女のようなパンチを捌いて、反射的に鼻先にジャブを叩き込んでしまった。こんな所でまさかいきなり手を出してくるなんて、本当のバカらしい。常識が通用しないバカは一番面倒だ。バカが鼻から血を出して、尻餅を突く。やってしまった。


「タケ!大丈夫か!?」

「てめぇ~!」


 殴られたバカが立ち上がろうとする。周りが僕達を見て、ザワ付き始めた。まずい。どうする?


「さぁ!早く!お嬢さん!ここはもういいから、行かないと!」



 何だ?



 ハルがバカ共に一歩詰め寄る。

 その美しい青い瞳が一瞬、ピンク色に光ったように見えた。



「えっ?」

「はぁ?ヒィッ!!」


 突然、バカ共が揃って股間を押さえながら、その場に屈み込んだのだ。


「何だこれ!」

「いってぇ!!」


 バカ共は二人とも、顔を真っ赤にして苦しんでいる。一体何が起きている?


 気付けば、いつの間にか僕達を囲むようにして、人だかりができていた。やむを得ない。ハルと一緒に逃げるしかない。警察沙汰になったら、京子に申し訳ないし、源介からむちゃくちゃ怒られる。覚悟を決めろ。



「よし!お嬢さん!」



「行こ!」



「えっ?」


 突然、ハルが僕の腕を力強く引いた。


「早く!こっち!」


「あ!ちょっと!お嬢さん!あの!」


 何故かハルが僕を引っ張って行くという逆の形にはなったものの、僕達はその場から急いで逃走した。

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