20
「いらっしゃいませ、どうぞ!」
一人のキャストが素早くカウンターのスツールを三脚引いて、コースター、おしぼり、ナッツが盛られた小さなカップを三人分並べる。僕達は向かって左から僕、ハル、リリィの順に腰をかけた。
店内は黒を基調としたインテリアで統一されており、落ち着いていてなかなか良い雰囲気だった。カラオケの設備やステージなどはないので、そう言ったショータイムなどはないオーソドックスな店なのだろう。うるさくなくて良い。カクテルカラーでライトアップされた酒棚には、本格的なバーと比べれば勿論見劣りはするものの、ミックスバーであれば十分と言える品揃えのボトルが並ぶ。店内のBGMは特に気取っておらず、有線か何かで流行のJ-popを流しているようだ。僕達は開店時刻と同時に入ったので、他に客はまだ来ていない。
「最初に、システムの説明をさせていただきます!」
僕達が初めてであることをわかっているのだろう。席を作ってくれた黒髪ショートのボーイッシュなキャストが、メニューを開いてシステムの説明を始める。キャストはどの子も、白いブラウスに黒いタイトなミニスカートというシンプルな制服を着用している。
「席料は2,000円で、お時間は無制限です。おつまみも入ってます。後は、お飲み物とお料理のお代金と、お会計の際に消費税8パーセントと、サービス料5パーセントを上乗せさせていただきます」
まぁ、ススキノでは相場だろう。特に安くも高くもない。これが東京だと、チャージだけで時間毎に2,000円から3,000円取られるらしいから恐ろしい。キャスト指名の説明がなかったところを考えると、恐らくこの店では指名のシステムそのものがないのだろう。ドリンクは単価が700円から1,500円と言ったところか。料理は、アラカルトやパスタ類、ご飯ものなど手広く注文できるようだ。
この四人のキャストの中に、果たして石堂明美はいるのだろうか。いたとすればどのキャストなのか。
「お飲み物はどうされますか?」
僕はジンライムを、リリィはカイピリーニャを頼んだ。ハルは大人しくウィルキンソンのジンジャーエールで我慢した。黒髪ショートがドリンクを作り始める。
「こんばんわ。お邪魔します!」
もう一人のキャストが僕達に付いた。茶色いロングの巻き髪が似合う、どちらかと言うとキャバクラに居そうな、明るい雰囲気を持っている子だ。細くて肌の色は白い。
少し長期戦になりそうな気がしたので、落ち着いて探れるように、キャスト達にも酒を付き合ってもらうことにした。
「あんまり沢山は飲ませてあげられないんだけど、よかったら一杯どうかな?お二人とも」
「え~いいんですか~!?いただきます!」
カップ数はいか程か。その胸の膨らみが作る陰影の加減や、ブラウスが引っ張られてできるしわの様子からして、二人ともCカップ以上は間違いなくあるだろう。胸には名札が付いている。どうやら黒髪ショートは『ミサト』、茶ロング巻き髪は『マナ』らしい。どちらも年齢は二十歳そこそこ、性別は声からしても女だと思うのだが、リリィのようなケースもあるので正直わからない。
ミサトはシャンディガフ、マナはグラスビールをそれぞれの両手に持って、僕達と乾杯した。
「あの……こちら、ミックスバーなんですよね?今日はかわいい女の子だけの日とか?」
僕は、さりげなく聞いてみた。
「あれっ、お兄さん、マッチョな男性のが好きですか?ごめんなさい、今日いないんですよね~」
「い、いや!違うよ!」
ミサトがからかうように言うので、僕は慌てて否定した。そのやりとりを見ていたリリィとハルが、爆笑した。
「えへへ。今日、月曜日じゃないですか。ウチの売りなんですけどね。毎週月曜日は、女の子と、ヴィジュアル重視のニューハーフの子だけの日なんですよ」
「え……ってことは、この中に、ニューハーフの子もいるってこと?」
「そうですよ。でも、絶対わからないと思いますよ。当てられる人、あんまりいないから」
ミサトとマナは、得意気な表情をしている。僕はリリィの顔を見た。リリィはしばらく店内のキャストを見比べてから、僕の方へ向き直り、無言で素早く首を横に振った。リリィなら彼女達に近い存在として色々わかるのではと思ったのだが、そうはいかないらしい。
「もし、一発であたし達の性別四人とも当てられたら、ドリンク一杯ずつサービスしますよ!」
すごい。こんなにクオリティが高いニューハーフを複数人抱えているなんて、そうそうないだろう。この店を侮っていた。恐らくニューハーフ好きの客から見れば、この店はススキノでトップクラスの店なのではないか。もちろん、ヴィジュアルが良いことだけが全てではないのだろうが。
「ドリンクをサービスですか。すごい自信ですね。いや、でも本当に皆さん、美人過ぎて。まさかこの中に男性がいるだなんて……」
「今まで一発で全員当てた人、一人もいませんから!」
その時、僕はいいことを思い付いた。
「あの、じゃあ、こうしませんか。ドリンクのサービスはなくていいので、もし当てられたら、一つだけ僕のお願いを聞いてください」
「お願い?どんなことですか?」
ミサトとマナは、ほんの少しだけ心配そうな表情を見せた。
「あ、いや。大丈夫です。無理なことや、いやらしいこととかじゃなくて!恐らく知ってるであろうことを、教えてくださるだけでいいので」
「知ってるであろうこと?え、何ですか?」
二人は首を傾げた。
「まあまあ。大したことじゃくて。その……ええと、まあ、自信あるなら、勝負してくださいよ!それとも、当てられるのが怖いんですか?」
僕は自分で下品なニヤけ面をして言っているのがわかった。
「あっ!そんなこと言うんですね!いいですよ!絶対当てられっこないですもん!負けたらお願い、絶対聞きますからね!もし当てられなかったら、あたし達にドリンクごちそうしてもらいますよー!!」
キャスト達は笑いながらも、ややムキになっている。まんまとわかりやすい僕の挑発に乗ってくれた。
「ハルちゃん!出番だぞ!」
「へっ?」
ハルはマヌケ面で僕を見ている。状況を理解していないらしい。
「君の十八番だろ!やれよ!」
店内の全ての視線が、ハルに集まる。ハルは、「あっ」と小さく声を漏らし、悟ったようだ。
「マジですか?いいの?」
ハルが僕に心配そうな表情を見せる。
「いいよ。やれ。頼む」
何を躊躇することがあろうか。こんな時こそ、その神から授かったとんでもない能力を使う時だろう。ハルには、半径数メートル以内にいる男性が、勃起しているか否かが全てわかる。そして否であれば、それらを勃起させることができる。つまり、この能力を応用すれば、勃起するとかしないの対象ではない人──つまり、女性が混じっていることもわかるはずだ。
「ん~と、気が進まないけど……」
ハルは、右手で自分の目を覆った。恐らく、瞳がうっすら桃色に光るのを隠したのだろう。
「マナさんだけ、女の子。後の皆さんは、全員男の子ですね」
キャスト達が、強張った表情を見せて絶句した。ハルは、自信に満ち溢れた笑顔を見せている。
「どうです?正解ですか?」
僕はカウンターの二人に向かって言った。
「え……何でわかったの……!?その子、すごい!」
「へへ~」
ハルは、途端に上機嫌になった。自分の能力が人の役に立ったことが、嬉しくて仕方ないのだろう。
「なるほど、考えたね」
リリィは僕とハルを見比べて、関心した様子で言った。
「じゃ。約束通り。お願いを聞いて欲しいんですが……」
「悔しい~。でも仕方ないですよね!約束です。何でしょうか?」
「マナさん。もしあなたが石堂明美さんであるなら。去年の九月、あなたを襲った下着強盗について、覚えていることを話して欲しい。言いたくないかも知れないけれど、そこをどうにか。僕達は、犯人を追っているんです」
マナは、一瞬とても驚いた表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻したように見えた。
間違いない。このマナが、石堂明美だ。