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「いらっしゃいませ、どうぞ!」


 一人のキャストが素早くカウンターのスツールを三脚引いて、コースター、おしぼり、ナッツが盛られた小さなカップを三人分並べる。僕達は向かって左から僕、ハル、リリィの順に腰をかけた。

 店内は黒を基調としたインテリアで統一されており、落ち着いていてなかなか良い雰囲気だった。カラオケの設備やステージなどはないので、そう言ったショータイムなどはないオーソドックスな店なのだろう。うるさくなくて良い。カクテルカラーでライトアップされた酒棚(バックバー)には、本格的なバーと比べれば勿論見劣りはするものの、ミックスバーであれば十分と言える品揃えのボトルが並ぶ。店内のBGMは特に気取っておらず、有線か何かで流行のJ-popを流しているようだ。僕達は開店時刻と同時に入ったので、他に客はまだ来ていない。


「最初に、システムの説明をさせていただきます!」


 僕達が初めてであることをわかっているのだろう。席を作ってくれた黒髪ショートのボーイッシュなキャストが、メニューを開いてシステムの説明を始める。キャストはどの子も、白いブラウスに黒いタイトなミニスカートというシンプルな制服を着用している。


席料(チャージ)は2,000円で、お時間は無制限です。おつまみ(チャーム)も入ってます。後は、お飲み物とお料理のお代金と、お会計の際に消費税8パーセントと、サービス料5パーセントを上乗せさせていただきます」


 まぁ、ススキノでは相場だろう。特に安くも高くもない。これが東京だと、チャージだけで時間毎に2,000円から3,000円取られるらしいから恐ろしい。キャスト指名の説明がなかったところを考えると、恐らくこの店では指名のシステムそのものがないのだろう。ドリンクは単価が700円から1,500円と言ったところか。料理は、アラカルトやパスタ類、ご飯ものなど手広く注文できるようだ。


 この四人のキャストの中に、果たして石堂明美はいるのだろうか。いたとすればどのキャストなのか。


「お飲み物はどうされますか?」


 僕はジンライムを、リリィはカイピリーニャを頼んだ。ハルは大人しくウィルキンソンのジンジャーエールで我慢した。黒髪ショートがドリンクを作り始める。


「こんばんわ。お邪魔します!」


 もう一人のキャストが僕達に付いた。茶色いロングの巻き髪が似合う、どちらかと言うとキャバクラに居そうな、明るい雰囲気を持っている子だ。細くて肌の色は白い。

 少し長期戦になりそうな気がしたので、落ち着いて探れるように、キャスト達にも酒を付き合ってもらうことにした。


「あんまり沢山は飲ませてあげられないんだけど、よかったら一杯どうかな?お二人とも」


「え~いいんですか~!?いただきます!」


 カップ数はいか程か。その胸の膨らみが作る陰影の加減や、ブラウスが引っ張られてできるしわの様子からして、二人ともCカップ以上は間違いなくあるだろう。胸には名札が付いている。どうやら黒髪ショートは『ミサト』、茶ロング巻き髪は『マナ』らしい。どちらも年齢は二十歳(はたち)そこそこ、性別は声からしても女だと思うのだが、リリィのようなケースもあるので正直わからない。

 ミサトはシャンディガフ、マナはグラスビールをそれぞれの両手に持って、僕達と乾杯した。


「あの……こちら、ミックスバーなんですよね?今日はかわいい女の子だけの日とか?」


 僕は、さりげなく聞いてみた。


「あれっ、お兄さん、マッチョな男性のが好きですか?ごめんなさい、今日いないんですよね~」


「い、いや!違うよ!」


 ミサトがからかうように言うので、僕は慌てて否定した。そのやりとりを見ていたリリィとハルが、爆笑した。


「えへへ。今日、月曜日じゃないですか。ウチの売りなんですけどね。毎週月曜日は、女の子と、ヴィジュアル重視のニューハーフの子だけの日なんですよ」


「え……ってことは、この中に、ニューハーフの子もいるってこと?」


「そうですよ。でも、絶対わからないと思いますよ。当てられる人、あんまりいないから」


 ミサトとマナは、得意気な表情をしている。僕はリリィの顔を見た。リリィはしばらく店内のキャストを見比べてから、僕の方へ向き直り、無言で素早く首を横に振った。リリィなら彼女(・・)達に近い存在として色々わかるのではと思ったのだが、そうはいかないらしい。


「もし、一発であたし達の性別四人とも当てられたら、ドリンク一杯ずつサービスしますよ!」


 すごい。こんなにクオリティが高いニューハーフを複数人抱えているなんて、そうそうないだろう。この店を侮っていた。恐らくニューハーフ好きの客から見れば、この店はススキノでトップクラスの店なのではないか。もちろん、ヴィジュアルが良いことだけが全てではないのだろうが。


「ドリンクをサービスですか。すごい自信ですね。いや、でも本当に皆さん、美人過ぎて。まさかこの中に男性がいるだなんて……」


「今まで一発で全員当てた人、一人もいませんから!」



 その時、僕はいいことを思い付いた。



「あの、じゃあ、こうしませんか。ドリンクのサービスはなくていいので、もし当てられたら、一つだけ僕のお願いを聞いてください」


「お願い?どんなことですか?」


 ミサトとマナは、ほんの少しだけ心配そうな表情を見せた。


「あ、いや。大丈夫です。無理なことや、いやらしいこととかじゃなくて!恐らく知ってるであろうことを、教えてくださるだけでいいので」


「知ってるであろうこと?え、何ですか?」


 二人は首を傾げた。


「まあまあ。大したことじゃくて。その……ええと、まあ、自信あるなら、勝負してくださいよ!それとも、当てられるのが怖いんですか?」


 僕は自分で下品なニヤけ面をして言っているのがわかった。


「あっ!そんなこと言うんですね!いいですよ!絶対当てられっこないですもん!負けたらお願い、絶対聞きますからね!もし当てられなかったら、あたし達にドリンクごちそうしてもらいますよー!!」


 キャスト達は笑いながらも、ややムキになっている。まんまとわかりやすい僕の挑発に乗ってくれた。



「ハルちゃん!出番だぞ!」



「へっ?」


 ハルはマヌケ面で僕を見ている。状況を理解していないらしい。


「君の十八番(オハコ)だろ!やれよ!」


 店内の全ての視線が、ハルに集まる。ハルは、「あっ」と小さく声を漏らし、悟ったようだ。


「マジですか?いいの?」


 ハルが僕に心配そうな表情を見せる。


「いいよ。やれ。頼む」


 何を躊躇することがあろうか。こんな時こそ、その神から授かったとんでもない能力を使う時だろう。ハルには、半径数メートル以内にいる男性が、勃起しているか否かが全てわかる。そして否であれば、それらを勃起させることができる。つまり、この能力を応用すれば、勃起するとかしないの対象ではない人──つまり、女性が混じっていることもわかるはずだ。


「ん~と、気が進まないけど……」


 ハルは、右手で自分の目を覆った。恐らく、瞳がうっすら桃色に光るのを隠したのだろう。



「マナさんだけ、女の子。後の皆さんは、全員男の子ですね」



 キャスト達が、強張った表情を見せて絶句した。ハルは、自信に満ち溢れた笑顔を見せている。


「どうです?正解ですか?」


 僕はカウンターの二人に向かって言った。


「え……何でわかったの……!?その子、すごい!」


「へへ~」


 ハルは、途端に上機嫌になった。自分の能力が人の役に立ったことが、嬉しくて仕方ないのだろう。


「なるほど、考えたね」


 リリィは僕とハルを見比べて、関心した様子で言った。


「じゃ。約束通り。お願いを聞いて欲しいんですが……」


「悔しい~。でも仕方ないですよね!約束です。何でしょうか?」



「マナさん。もしあなたが石堂明美さんであるなら。去年の九月、あなたを襲った下着強盗について、覚えていることを話して欲しい。言いたくないかも知れないけれど、そこをどうにか。僕達は、犯人を追っているんです」


 マナは、一瞬とても驚いた表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻したように見えた。



 間違いない。このマナが、石堂明美だ。


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