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「えっ!?」


「どういうことだ?マジで言ってんのか!?」


 リリィは、悔しそうに顔を歪めて頷いた。目が赤くなっている。僕達の間を漂っていた酔いの気配が急激に醒めていく。源介は、女将に向かって指を交差させ「チェック」の仕草をし、財布から札を数枚取り出してカウンターに置いた。


「とりあえず、帰ろう。リリィ、ケガは?体は無事か?」


 源介が何よりも先に聞くべきことを聞いてくれた。僕も源介も、リリィに対して畳み掛けるようにあれこれ聞きたいのだが、そのはやる気持ちをグッと堪える。


「体は、無事。何もされなかった」


 僕と源介は心の底から安堵した。源介がリリィの肩を抱きながら、店を出る。女将からお釣りを受け取り、僕も慌てて続いた。来た時には除雪されアスファルトが見えていた店前の通りに、うっすらと雪が積もっており、道行く人々によって無数の靴跡がつけられている。リリィを襲った犯人がどちらに逃走したのか、全くわからなかった。


「くっそ……。だってさ。どうしようもなかったんだよ。もう、こっちは脱いでしゃがんで、その……」


 リリィは、小刻みに震えながら、鼻声で言った。目が潤み、頬が赤くなる。排泄の最中、油断しきっていたところを狙われたということか。


「わかった。そのあたりはもう言わなくていい。しかたねえよ。いくらおまえでも、それはしかたねえ。誰だってそうだ。泣くな」


 源介は、リリィの格闘家としての尊厳と、女性としての尊厳どちらをも尊重してそう言った。


「本当だったらあんなヤツ!あんなヤツなんかに!!」


 リリィが声を荒げ、両手で顔を覆った。素人であれば、ケンカになってもまず負けたことがないリリィが、変質者に対して手も足も出せなかった。悔しさに耐えかねたのだろう。そして恐らく、排泄行為ももちろんだが、それよりももっと深刻な、リリィにとって最も他人に触れられたくないものも、見られてしまったのだろう。


「そいつの特徴は覚えてるか?」


「マスクで顔隠してて、ダウン着てたのは覚えてるけど、色とか……もう暗かったし、わかんない!あ~!!」


「店の中にはそんなヤツいなかったな。外で、女がトイレに入るの待ってたとかか」


 僕は、頃合かと判断して、気になっていることを質問した。



「あの、リリィさん。もしかして、そいつはハサミを使いましたか?」



「え……?うん。そう。後ろから、いきなりパンツ切られて。鍵壊れてて、かけられなくて……」


 新札幌でキヨミを襲った下着泥棒と同じ手口。抵抗する女性から、下着を脱がせて奪うのは至難の業だ。しかし、ハサミで素早く切ってしまえば、あっと言う間に奪うことができる。そして、逃げ足の速さ。マスクにダウンジャケット。共通する点が多い。


「オト。まさか……」


 源介が、何かに気付いたような表情で僕を見た。



「そうです。追い剥ぎです」



 僕は呟いた。


「え、じゃあアイツ、ハルちゃんの友達を襲ったのと、同じヤツなの!?」


 リリィが、驚きと怒りに満ちた顔で言った。


「まだわかりませんが。手口が同じです。ヤツは、どれくらいの頻度で犯行に及んでいるのか。どれくらいの被害者が出ているのか。ちょっと調べてみたくなりませんか?こんな短期間で、身内が二人もやられたなんて、ちょっと黙ってられませんね」


 僕は追い剥ぎを捕まえたくなった。犯人は同一の人物なのか、それとも複数のグループなのかわからない。全く無関係の、偶然に似ただけの犯行かも知れない。だがそんなことはどうでよい。キヨミだけでなく、リリィをも傷付けられたことで、下着強盗という変態全てに対して、怒りがメラメラと燃え上がるのがわかった。


「……クソ変態野郎。見つけ出して蹴り殺してやる」


 リリィは吐き捨てるように言った。ロングダウンコートのポケットに両手を入れて、腰のあたりをさすっている。ノーパンなので、下半身が寒いのだろう。



「おまえら、落ち着け。冷静になれ」



 源介が足を止め、僕とリリィに向かって静かにそう言った。そう言うだろうとわかっていたが。気持ちが先に立ってしまう。


「良いんですか?やられっぱなしで?」


「そーだよ!あたしは我慢できない!こんな恥かかせやがって!わかんねーだろ?この気持ち!」


 一番地味で大人しそうと言われる僕が感情的になり、リリィが賛同し、一番派手で強面な源介がそれにブレーキをかける。傍から見れば不思議な光景だろうが、僕達にとっては、お約束のパターンになってきている。


「気持ちはわかる。でもな、たまたま今日はケガをしなかったが、そんな通り魔みたいな何の手がかりもない危ないヤツを追っかけて、逆に刺されたりしたらどうする?いくらおまえ達でもだ。こりゃあ警察(デコスケ)の仕事だ。それに、俺達にはたまってる通常の依頼に、森本さんからの依頼、ハルちゃんの依頼、やらなくちゃいけないことがいっぱいあるだろ」


 源介は、淡々と正しいことを言う。


「じゃあ、それらをちゃんとこなした上でやるなら、あたしの自由だろ!?個人のプライドの問題だよ!」


「その通りだな。でも、仕事のパートナーではなく友達としても、なおさら同じことを俺は言うぞ。そんな変質者に落とし前を付けさせることで、おまえに何の得があるんだ?気持ちは晴れるかも知れないが、そんなもんは腹の足しにもなりゃしねえ。いいか?悔しいこと、理不尽なことはあるし、それに立ち向かうことも良いと思う。しかし、もう俺達はガキじゃないんだ。自分のことを大切にして欲しいんだ」


 源介は、リリィにだけでなく、僕にも言っている。


「損得の問題じゃねえよ!」


「去年のことを忘れたか?いい加減に懲りろ」


 源介の言葉の最後が、妙に気に障った。


「いや、源介さん。言葉を返すようですけどね、被害にあって傷付いてる側のリリィさんに対して、懲りろってのはちょっと違くないですか?」


 僕は、頭に血が上っているのだろう。言ってから後悔した。源介の眉間に皺が刻まれ、目が釣りあがる。


「そういう意味で言ってねえだろ。極端に話の端と端だけつまんで揚げ足取ってるんじゃねーよ。オト。てめえの、そのイラつくとすぐ口八丁になるのがよくねえな。それで何度危ねえ目にあったんだ?」


 僕は普段大人しいくせに短気を起こすと口が余計に回り過ぎることを、やはり源介は気付いていた。今になってこの場でそれを指摘すると言うことは、少なからず今まで良しとせずとも、我慢してくれていたということか。僕は何も言い返せなかった。それと同時に、先日僕は偉そうにハルに対して、復讐は良くないことだ、なんて上から目線で思っていたことを思い出した。僕はまだまだ子供なのだろうか。


「なあ、気持ちはわかるって。俺だって腹わた煮えくり返ってる。だが、ここは切り替えようぜ」


 僕らの間に、重苦しい沈黙が流れる。気付けばそれぞれの肩に、粉雪が薄く積もっている。僕とリリィは、これ以上の反論はもう持っていなかった。



「パンツなら俺が買ってやるからよ」



 源介が、険しい表情を満面の笑顔に変えて言った。


「ふざけんな、殺すよ」


 そう言い返したリリィも、耐え切れずに笑った。僕も笑った。一気に場の雰囲気が和む。


「いや遠慮すんなよ。一緒に店行って選んでいいぞ」


「てめえ!」


 リリィがしゃがみこみ、素早く雪玉を作って源介の顔面に投げ付け、炸裂した。


「冷てぇ!ごめん!やめろ!あっ!痛い!」


 次々とリリィが雪玉を放り投げる。源介は大笑いして逃げ回った。


 源介の説得で、今回は僕もリリィも我慢することで、この件は終わったのだ。僕達は事務所へと歩いた。途中、リリィはコンビニで男性用のボクサーパンツを購入した。雪が次第に強くなっていった。

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