襲来!
今になって思えばこれと言って何かがあったわけではないものの、俺達は俺たちなりの立ち位置というか関係性というかそういうものは大体のところ落ち着いてきた。
しかし、普段はそこまで意識しないが俺たちの関係というのは特殊だ。婚約者という建前があって、それがなければそもそも出会うことすら無かった。愛希も愛希で実の所、そういった変化がなければ良くも悪くも何もなかったのではないかな、と思う。
若い時分には是非も無く反抗したくなるような外圧とか押し付けだとかそういうものではあるが、俺たちとしてはそれに対する不満は大して抱いていない。要は俺たちがどう受け止めるかというだけの話であり、今、それなりに幸せならばとりあえずそれでいいというのが、恐らく俺たちの共通認識だ。
そう、それはきっと言葉にするまでもないことなのだと…いや、違う。これは恐らく言い訳になるのだろう。深く考えてしまうと、それはきっといつか来る破綻を、終焉を、どうしようもなく突き付ける。
これは、その一端を覗くそんな話である。
「…最近誰かに見られているような気がするんだ」
「なるほどその話であったか」
とある日の放課後、そういうわけで俺は明日香と友助を俺の部屋に誘い、作戦会議を開いていた。
さて、二人ともやはり、という反応からして勘違いということはなかったようだが。
「創生氏ということはないだろうな」
そうだろうな。俺たちと既に顔見知りとなってるしそんなことをする理由もない。となると、
「橘の家、か…」
明日香は苦い顔をする。
「まあ霞嬢とそれなりに親交はあるものの、明日香嬢は激しい気性だからな。本来、反りが合わぬのだろう」
「お主がそれを言うか…」
真一の言葉に明日香は溜息を吐く。まあ薄々感じてはいたがこの二人は相性がそんなによくないらしい。
「さて、で方針としてどう動けばいいか。とりあえず動かねば話にならぬと考えるが」
「相手が橘となると、隙を見せたところでどうにもならぬだろうな。無駄に我慢強いというか意気地がないというか…いやらしいというか」
陰口というわけではないのだろうが色々溜まるものがあるらしい。
「とは言っても、例の如くやっぱり親として心配だったとかそういう感じだろう?」
「さてあの愚父がそんな殊勝に父親をしているとは思わなんだが…」
いや明日香よ。気持ちは分からんでもないがあれはあれで……まあどうでもいいから一旦おいておこう。
「だったら直接話をすればいいんじゃないか?」
「また随分と簡単に言う。であれば覚悟はあるだろうな」
分かってる。身の危険は承知の…
「俗に言う『娘さんを僕にください』というやつだ」
ハードルたけええええ!!!
「よもやと思うがその程度の想いもないとは言うまい? であれば我も見損なったと言わざるを得ないが」
「…いや、大丈夫だ。さすがに面喰らいはしたがそれ位どんと来いだ」
鑑みると、つまりはそういうことなのだ。俺は、三人とそういう仲になっていてだからこそ、こうしてここにいる。それは突如降って湧いたものだとしても、そうであり続けることを望んでいて、
『…だいすき』
『われは…がんばったぞ』
『真一さんのことを…大切だと、そう思って…いいですか?』
そしてそう望んでくれているのだ。俺一人であれば消えてしまったようなちっぽけなものでも、こうして火が点いてしまっているのだから、それを大切にすることくらいしか思いつかない。
というわけで、俺は、俺たちは、恐らく霞さんの実家からの刺客と対峙することとしたのだった。…が、後の話になるが、この時は、色々なものの見通しが甘く、舐めていたと言わざるを得ない。
そう、その夜のことである。さて、とりあえず明日にしよう、と決意を新たに床に就こうとした瞬間のことである。
「あぁいいタイミングですね。それではそちらのお望みどおり話をしましょう」
ぞくりと水滴が垂れる様に、その声は冷たく降り注いだ。
「静かに」
短く、命令する。無駄も無く口を塞ぐ細い指に戦慄しながらも、こくこくと肯定の返事をし、やがて解放される。
「度重なる無礼、誠に申し訳ありません」
後ろを振り返ると、ポニーテールの背広姿の女性が正座でお辞儀をしていた。
「私の名は原田静香。橘の家に仕える者です」
「…頭を上げてください」
「恐縮です」
にこりと笑顔を上げる静香さん。切れ長の鋭い目をしているものの、その人格というか大人びた余裕に裏打ちされた清廉な空気を纏う人だった。
「それで、霞さんのこと、ですか」
「はい。霞様はご健勝であられる様子。ですがあの方は調和を乱すことを良しとせず、自らの心の内すら意のままにしてしまうお方」
あぁこの人は霞さんのことを想っている人だ、というのが分かった。であるからこそ、霞さんが無理をしているのではないか? 無理をさせている心当たりはないか? と聞いてきている。そして恐らく、その意図にすら気づかないようでは話にならない、と試している。
「俺は霞さんのことを全て知るわけではないけれど、それでも霞さんの幸せを願っているしそれなりに自信もある。静香さんから見てどうでしょうか?」
俺は結構、独占欲というかそういうのはそれなりに強いんだと思う。霞さんの力になれている、と自惚れかもしれなくても思う。他の誰よりも、他の誰かじゃきっとダメな何かがあるって思っている。
だからもっと踏み出したいと思う。それは、愛希や明日香に対しても同じだ。自分で何とかしたいという欲求はある。けれど、欲張りだから自分で分からないことでもどうにかしたいと、力を貸してほしいと思うのだ。
「なるほど…霞様のことを本当に大事にしてくださっているようで…ですが」
柔らかい笑みを浮かべたが、一瞬にして、竦みあがるほどの視線で以て睨みつける。
「調べたところによるとどうやら帝崎明日香、秋月愛希…それと、士道華凜、ですか。の三名とはどのような関係か。果たして霞様の前で胸を張れるのか、お尋ねしたい」
息を呑む。それは、きっといつか避けられない破綻。俺たちの異常だ。けれど、
「大切な存在だ」
ぐっと、力強く胸元を掴まされ、壁に叩きつけられる。間違えるな。そして誤魔化すな、と。言うまでも無く訴えてくる。けれど、俺は胸を張らなければならない。
「たとえどう言われようと、これが俺たちの関係だ」
「そのような浮ついた気持ちで何を愛するのですか? 愛さないと、愛することが出来ないというのであれば、それはお互いにとって不幸でしかありません」
そうだな。そうかもしれない。どこかそんな痛みを引きずっている部分もあるのかもしれない。それに気付かない振りをしているだけかもしれない。それは、秋月真一には分からないものかもしれない。
けれど、霞さんは、愛希は、明日香は、華凜ちゃんは…楽しそうだったんだ。俺が都合よく解釈して、溺れて、甘えているだけかもしれないが。それでも今は…
「…そうですか」
失望したのか、ゆっくりと力を緩め、背中を向ける。
何か、弁明すべきなのだろうか。けれど、それは俺にとって言葉を偽ることでしかない。それこそ礼を失しているというものだろう。
「そんな顔をしないでください。自身が無いように思われますよ。精々胸を張りなさい」
にこりと、今までの態度が嘘のように穏やかな笑みを浮かべた。
「えっと…」
さすがに困惑する。いい、のだろうか
「いいわけはないでしょう。ただ、あなたはそういう人間である。ということが分かったに過ぎません。あなたの人格に関して私がとやかく言う権利はないでしょう…もっとも、道を定めたというのであれば話は別ですがね」
にやりと笑う。そう、霞さんを選ぶというのであれば話は簡単なのに、と。
「実を言うと、こうして話をしてみた感想としては、私はあなたのことをさほど嫌いではないのですよ」
さほど、ということはそういう感情が無いわけではない、ということか。
「当然でしょう。敬愛するお嬢様を誑かし、爛れた関係に巻きこんでいる、と。そういうものだと思っていましたし」
言い訳のしようがないな。
「けれど…霞様は私の目から見ても幸せそうに過ごしておられました。それは事実です。真一君の人柄も…何でしょうね。どうしようもない部分もあるとは思いますがそれでも信頼できると思います。後は一途さがあれば、と」
「いや本当にすみません」
「だからそこで謝るものではありません。ですが…そうですね。あなたが選んだ道がどのようなものか。私も、見定めさせてもらいます」
そう言い残し、静香さんは去っていった。
ここに来て新キャラ。はい完全に趣味に走っています。
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